22日目(月曜日)
月曜日。
いつものように登校していると、交差点の向こうからあかねさんと弥吉さんが歩いて来るのが見えた。
「おや、翔平じゃないか」
ドキリとした。
まさかこんな場所で遭遇するなんて。
「おはよう、翔平」
にっこりと笑いかけるあかねさん。
対する弥吉さんは「おはようだぜ、ゴルアァッ!」といつものようにメンチを切ってくる。
いい加減慣れてはきたけど、やっぱり怖いものは怖い。
「お、おはようございます……」
恐る恐る挨拶を返すと、あかねさんは弥吉さんに蹴りを入れながら
「こら弥吉! もうちょっと控えめに言えないのかい、あんたは!」
と言っていた。
「さ、さーせん」
謝りながら蹴られた太ももを抑える弥吉さん。
痛そう……。
「でもまさか朝から翔平に会えるなんてねえ。今日はいい日だよ」
嬉しそうな顔をするあかねさんを見ると落ち着かなくなる。
そのニコニコした顔がいきなり豹変するから恐ろしい。
「せっかくここで会えたんだ。一緒に登校しようじゃないか」
「は、はい……」
無論、断れるわけもなく朝から一緒に登校することになってしまった。
ううう、怖いなあ。
また連行されてるように見られるんだろうなあ。
でも最近、気づいたことがある。
「あ! 姐さんだ! 姐さん、チャス!」
「姐さんだ! チャス!」
「姐さん、チャス!」
「姐チャス!」
学校の生徒に会うたびに発せられる「チャス」の嵐。
弥吉さんのようなTHE・不良と呼べる人はいないけれど、代わりに普通の生徒たちが「チャス」を連呼している。
そう。
何かと僕に絡んでくるあかねさんだけど、どうやらこの人、この学校の生徒たちからは爆発的大人気らしいのだ。
噂によると、隠し撮り写真まで売られてるとか。
すごい勇者もいたもんだ。
知られたら殺されるどころじゃすまないぞ。
「姐さん、チャス!」
「あいよ、おはよう」
あかねさんはあかねさんで、言われ慣れてるのか通学カバンを肩に引っ提げて颯爽と歩いてる。
その颯爽と歩く姿がカッコいいと、男子女子問わずさらに多くのファンを生んでいるという。
金髪ロングヘアとヤンチャな髪型をしてるのに、服装は清楚なセーラー服というギャップも、どうやら男子たちにはたまらないらしい。僕には理解できないが。
「ところで翔平、今日の一時間目はなんだい?」
あかねさんは生徒たちからの挨拶をやんわりと受け答えしながら僕に尋ねてきた。
「え? 一時間目ですか? 一時間目は……えーと、数学です」
「そうかい、数学かい」
ちょっぴり憂鬱そうな顔をするあかねさん。
あれ? もしかして苦手なのかな?
すると後ろで聞いてた弥吉さんが自慢げに言ってきた。
「あっしは数学、得意だぜ!」
「え? 弥吉さん、数学得意なんですか?」
「おう! 聞いて驚け。九九は二の段まで言えるぜコラ!」
「………」
聞いて驚いた。
っていうか、この人どうやってこの高校の編入試験に受かったんだろう。
僕が不思議そうな顔をしていたのに気づいたのか、あかねさんが「ふふ」と笑いながら言った。
「弥吉は本番に強いタイプだからねえ。こう見えて、頭はいい方なんだよ」
「そ、そうなんですか?」
「へへ。ににんがし!」
とてもそうは見えませんが……。
「それよりも、あかねさん……じゃなくて、姐さんはどうなんですか? 数学、得意なんですか?」
全校生徒たちの手前、姐さん呼びで問いかけると途端にあかねさんはブスッと不機嫌になった。
「……だから翔平、その姐さんっていうのはやめとくれって言ってるだろ?」
「え? でもみんな言ってるし……」
やっぱりこういう公衆の面前だと、僕だけ「あかねさん」と呼ぶのは抵抗がある。
ずっとそばにいる弥吉さんだって「姐さん」って言ってるのに。
「翔平はいいんだよ。名前呼びで」
「で、でも……」
「なんなら呼び捨てでも構わないさね」
「よ、呼び捨てですか?」
それはちょっと難易度が高い。
「“あかね”って呼んでくれてもいいんだよ?」
ふふ、と笑うあかねさん。
あかね……。
中学校時代の女子ですら苗字にさん付けなのに、あかねさん相手に呼び捨ては厳しい。
「い、いえ。普通にあかね“さん”で……」
「いいじゃないか。試しに呼んでみてよ」
「い、いえ。僕なんかがあかねさんを呼び捨てなんておこがましい……」
「いいじゃないのさ」
「いえいえ、とんでもない!」
するとやっぱり弥吉さんが「ゴルアァッ!」と吠えた。
「姐さんが試しに呼んでみろっつってんだから、試しに呼んでみればいいだろうがゴルアァッ!」
「ひいぃっ!」
この人はいつも唐突だから怖いわぁ。
あかねさんもあかねさんで「ほら、早く早くぅ」とワクワクした顔で催促してるし。
僕はコホンと咳払いして小さい声で言った。
「あ、あかね……」
「………」
「………」
「………」
「………」
ほらぁ! やっぱりやめときゃよかった。
この微妙な空気。
なんなの?
「……し、翔平」
「はい?」
「もう一回、言ってくれるかい?」
「もう一回?」
「呼び捨てで」
「あ、あかね……」
瞬間、あかねさんの口から「はうっ!」という謎の吐息がこだました。
「え? え? え?」
「翔平」
「はい?」
「もう一回」
「あかね……」
「はううっ!」
なにこれ?
なんのプレイ?
あかねさんは僕の「あかね」コールに胸を抑えて「ハァハァ」し出した。
「ち、ちょっと! 大丈夫ですか!?」
ヤバい。
なんかとてつもなく顔が赤くなってる。
病気じゃないよね?
「姐さん!」
さすがの弥吉さんも思わず駆け寄ってきた。
あかねさんはあかねさんで「大丈夫だよ、大丈夫」と手で制している。
いや、だいじょばないでしょ、これ。
「ね、熱でもあるんですか? 保健室行きます?」
問いかけるとあかねさんはやんわりと手を振った。
「大丈夫だよ、翔平。ちょっと……想像以上だっただけさ」
想像以上。
なにがだ。
「で、でも……。あかねさん……じゃなくて、あかねの身に何かあったら……」
「はううぅっ!」
「え? え? え? どうしました? あかね?」
「はううううっ!」
「あかね!? あかね!?」
「弥吉いいいぃぃぃッ!!」
「へい、姐さん!」
「やっぱり保健室に行くよッ!!!!!」
「へい!」
「………」
あかね改めあかねさんは弥吉さんに引きずられるように保健室へと連れていかれた。
なんだかよくわからないけど、やっぱりあかね呼びはやめようと思った。
~告白されるまであと8日~
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