15日目(月曜日)

「向井翔平! おはようございますだぜゴルアァッ!」


 今日も今日とて弥吉さん。

 一瞬、学級委員長に向かって歩くも、途中で僕に気付いて慌てて方向を変えていた。


 ……なんか急に方向を変えたもんだから、歩き方が欽ちゃん走りみたいになってる。


「向井翔平、おはようございますだぜゴルアァッ!」


 そして何事もなかったかのように僕の前にやってきた。


「お、おはようございます……」

「昨日はおつとめごくろうさんっした!」


 そう言ってガニ股で頭を下げる弥吉さん。

 そういうヤーさんみたいな頭の下げ方、やめてくれないかなあ。

 なんかムショ帰りっぽく聞こえる。


 現にヒソヒソと周りから声が聞こえてきた。


「やだー、向井くん。またなんかやらかしたの?」

「なんでもおととい、不良に絡まれてたらしいわよー」

「それで返り討ちにして警察に連行されたって」

「警察署でも暴れまわったんですってよ」

「怖いわー」


 ……尾ひれがついとるがな。

 ヤバい、このままじゃ僕のクラスでの立ち位置が微妙になってくる。

 今まで目立たないよう、ひっそりと生息していたのに。


「翔平、おはよう」


 そんな僕の想いとは裏腹に、クラスの中でもとびきり異色な姐さんがセーラー服のスカートをなびかせ颯爽と現れた。


「お、おはようございます……」

「昨日は楽しかったねえ」

「は、はは……。そうですね……」


 僕は死ぬほど怖かったけど。


「きちんと帰れたかい?」

「は、はい。大丈夫です」

「そうかい、そいつぁよかったよ。オヤジがまた来いってさ」

「う、嬉しいです」


 オヤジさん、生きてたんだ……。

 てっきり死んだかと思ってた。

 っていうか、「また来い」じゃなくて「二度と来るな」の間違いじゃない?

 明らかに僕のこと吟味してる目だったし。


「安心おし。今度は頭から血を流してるところなんて見せないからさ」

「は、はは……」


 もはや笑うしかない。

 そして案の定、クラスのみんなが引いていた。


「頭から血!?」

「やっぱり向井くん、ヤバい人なんだ」

「どうしよう、向井くんに歯向かったら殺されるかも」


 バビューン、と僕の「普通の人」というイメージが一気に遠ざかっていくのを感じる。

 もう勘弁して。


「ところで翔平」

「は、はい? なんでしょう」

「豚汁は好きかい?」

「と、豚汁?」


 いきなりなに?

 豚汁?

 なぜ豚汁? という顔をしていると、弥吉さんが気持ち悪いことを言ってきた。


「豚汁は豚汁だぜゴルアァッ! “ブタの汁”と書いて豚汁だ!」


 いや、それは知ってるけど。

 っていうか弥吉さん、もうちょっと言い方考えてくれないかなぁ。

 ちょっと表現が気持ち悪いんですけど。


「豚汁は好きですよ?」

「ああ、よかった! 好きかい!」


 パアッと姐さんの顔が明るくなる。

 ま、まぶしい。

 普段、怖い顔してるからよけいまぶしい。


「今日はね、豚汁にしてみたんだよ!」


 そう言ってお弁当と一緒にスープポットを渡してくる。

 なんかどんどん豪華になってません?


「これ豚汁ですか?」

「そうさ。あたいの力作だよ」

「へへ、よかったな翔平。姐さんの豚汁を食えるなんざ、相当だぜ」

「そうなんですか?」


 この豚汁、そんなに特別なのだろうか。


「姐さんの豚汁を食べたオジキたちは、3日間生死の境をさまよったらしいからな」

「………」


 ……これ、大丈夫なの?

 変なクスリとか入ってないよね?


「余計な事言うんじゃないよ、弥吉」

「へい、さーせん」


 いや、どんどん言って!

 そういう情報、どんどん言って!


「あの、姐さん」

「ん? なんだい?」

「この豚汁、明日でもいいですか?」

「なんで?」

「今日はもうお腹いっぱいで……」

「まだ朝だからね」

「いや、お昼ご飯いらないくらい、朝、食べてきたんで」

「昼飯は大事だよ。しっかり食べな」

「い、いやー。たぶんお昼もお腹いっぱいで食べれないと思うんですよ」

「しょうがないねえ。あたいがあーんして食べさせてあげるよ」


 あーんしてって……。

 根本的に対処法が間違ってますが。


 そして姐さんは自分で言っておいて「もう翔平! 何を言わすんだい!」って、一人で悶絶してるし。


「あのー、姐さん」

「あ゛?」


 弥吉さんの言葉に姐さんは不機嫌そうな顔を見せた。

 なんか、一人でいろいろ妄想してたらしい。

 寝起きの僕の妹みたいな不機嫌さを放っている。


「たぶん翔平こいつ、勘違いしてやすぜ」

「なにがだい?」

「姐さんの豚汁で死ぬかもしれないって思ってるんじゃないスか?」


 弥吉さん、ナイス!

 ナイスすぎるよ、弥吉さん!

 それそれ!

 それを危惧してました!


「死ぬってなにがだい?」

「ほら、オジキたちが生死の境をさまよったってあっしが言ったもんだから」

「チッ、たく。だから余計な事言うなって言ったろう?」

「さーせん」


 そう言って姐さんが改めて僕に顔を向けた。


「安心おし、翔平。オヤジたちが死にそうになったのは食べ過ぎたからだよ」

「た、食べ過ぎたから?」

「どうやらあたいの豚汁が美味しすぎたらしくてねえ。あれよあれよと何度もお代わりして、組員全員分の豚汁をオヤジとその幹部数人で全部食べちまったのさ。それで緊急搬送」

「へ?」


 美味しすぎて?

 食べ過ぎちゃって?

 それで緊急搬送?

 なにそれ。


「それ以来、あたいの豚汁作りは数人分、それに特別な時にしか作らなくなったのさ」

「だからあっしらも姐さんの豚汁、一度も食べたことないんだぜぇ。くううー、翔平うらやましい!」

「………」


 逆に怖いんですけど。

 そんな殺人級の豚汁。

 でも毒とか入ってないようで安心した。


「じ、じゃあ、お昼にありがたくいただきます……」

「ああ。たんと食べとくれ」



 この日。

 僕は姐さん特製の豚汁が美味しすぎて思わず涙したのだった。


 ……クスリとか入ってませんよね?



~告白されるまであと15日~

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