10日目(水曜日)

「2年A組の向井翔平、おはようだぜゴルアァ!」


 今日も今日とてリーゼント頭。

 この人はホント、いつも元気だなぁ。


「元気だったか? お? コラ」


 そして例の如く学級委員長にメンチを切っている。

 はあ、もういいよ。

 学級委員長が向井翔平でいいよ。


「元気だったかって聞いてんだろうが、ゴルアァッ!」

「ひいい、今にも死にそうですうぅー!」


 でもやっぱり可哀想なので手をあげた。


「あの……」


 手をあげると、リーゼント頭は「おおん?」とメンチを切った。


「向井翔平は僕です」

「………」


 リーゼント頭は僕と学級委員長を交互に見比べたあと、「チッ」と舌打ちをして言った。


「んなの見りゃわかるんだよ、ボケがぁッ!」


 いや、見てもわからなかったから言ったんですけど……。

 リーゼント頭は何事もなかったかのように廊下にいるであろう特攻服女に声をかけた。


「姐さん、いやしたぜ!」

「そうかい」


 例によって特攻服女が入ってくる。


「こいつ! こいつが翔平ですぜ!」


 さも自分が見つけたと言わんばかりに指をさすリーゼント頭。

 この人のこのメンタル、見習いたいわぁ。


「ふん。翔平の顔くらい知ってるよ」

「さすが姐さん!」


 さすがなのか?


 特攻服女は僕を見るなり

「ふふ。会いたかったよ、翔平」

 と言ってずかずか近寄ってきた。



 するとその前に一人の女子が立ちふさがった。

 教室中が瞬時にざわつく。

 そりゃそうだ。

 彼女の前に立ちふさがったのは、クラスでも一番おとなしくて目立たない図書委員の矢島さんだったからだ。


「あ、あ、あ、あ、あの……!」


 矢島さんは小さな身体を震わせながら特攻服女を通せんぼしている。

 そんな矢島さんに特攻服女はものすごい形相で睨みつけた。


「ああ? なんだい、あんた」


 クラス中の気温が一気に下がった(気がする)。

 矢島さんは震える声で言った。


「ししし、失礼ですが、こここ、ここは学校です! ででで、出て行ってはいただけないでしょうか!」

「ああん?」


 ザワ、と教室中がさらにざわついた。

 そりゃそうだ。

 こんないかにもTHE・不良! という感じの人に出て行けだなんて。

 殺されてしまうぞ。


「んだ、テメエは! ゴルアァ!」


 案の定、リーゼント頭が矢島さんに凄んで見せていた。

 矢島さんは「ひっ!」と身体を縮こまらせながらも、特攻服女の前からどこうとしない。


「ししし、正直迷惑なんです! 部外者が毎朝こうやって教室にやって来られると!」


 おおー。

 僕は思わず感心してしまった。

 普段は引っ込み思案でおどおどしてるイメージしかない矢島さんだったけど、なかなかどうして、度胸の塊じゃないか。


 ざわついていたクラスのみんなも矢島さんの勇気ある一言に一瞬で静まり返った。

 特攻服女も矢島さんの言葉にぽかんとした表情になっている。


 変わらないのはリーゼント頭だった。


「んだとゴルアァ! うちらが部外者だっていうのか、おうコラ!?」


 部外者だよ。

 誰がどう見ても部外者だよ。


「てめえ、うちらが鷲尾わしお連合の者と知って言ってるんだろうな!」


 いや、絶対知らないでしょ。

 鷲尾連合ってなんだよ。

 しかし、凄むリーゼント頭にもひるまず矢島さんは両手を広げて特攻服女の行く手を遮っていた。


 すると、それまで黙っていた特攻服女が口を開いた。


「嬢ちゃん、名前は?」

「や、矢島です……。矢島たかえ……」

「たかえちゃんか。気に入ったよ、このあたいの前に立ちふさがるなんてね」


 そう言ってくるりときびすを返す。


「弥吉、帰るよ」

「あ、姐さん?」

「悪かったねえ。今後はこうやって乗り込まないから安心おし」


 特攻服女はそう言って教室から出て行ってしまった。



 ホッという安堵のため息と、「おおー」という感心の声が入り乱れる。

 矢島さんは緊張から解放されたのか、そのまま気を失ってしまった。


 その日から彼女には影のクラス委員長というあだ名がついたのだった。



~告白されるまであと20日~

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