7日目(日曜日)~side.鷲尾あかね~

「お嬢、朝餉あさげの準備が整いました」

「今行くよ」


 鷲尾わしお家の朝は早い。

 朝4時起床、そして稽古、それから朝食。

 雨の日も雪の日も土曜も日曜も祝日も関係なく続けられる。


 毎日毎日だ。


 もうすぐ17になろうってのにこの生活から抜け出せない。

 ひどいもんだよ。

 そもそもが、この鷲尾組の組長である父が自衛のためにと始めたのに、今やあたいを強くするためだけに行っている訓練みたいなもんだ。

 おかげで小さい頃から顔中傷だらけ、女友達はおろか男友達すらできなかった。


「お嬢、タオルです」

「あいよ」

「お嬢、着替えです」

「あいよ」

「お嬢、歯ブラシです」

「あいよ」

「お嬢、歯磨き粉です」

「……あいよ」


 代わりにあたいの周りにいる連中といったら、黒スーツの下に鉄砲チャカ小刀ドスを隠し持った強面のやつらばかり。

 ほんとうんざりだ。

 オヤジと喧嘩して家を飛び出した弟の気持ちもわかるってもんさ。


 あたいは組員からタオルと着替えと歯ブラシと歯磨き粉を持って、屋敷の離れの稽古場から洗面所へと向かった。


     ※


「あかね」


 朝食を食べていると、オヤジが珍しく声をかけてきた。

 いつもは気難しい顔をして黙々と食べてるだけなのに。

 あたいはチラリとオヤジに目を向けて返事をした。


「なんだい?」

「今日は弁当は作らんのか?」

「ぶーっ!」


 思わず飲んでいた味噌汁を吹き出してしまった。


 な、な、な、何言い出すんだい、このオヤジ!


「げほっ、げほっ。な、なんのことだかわからないね」

「別に隠さなくてもいいじゃないか。毎朝張り切って作ってるのを見ているぞ」


 ……どうしよう。

 殺意しか沸かない。

 誰か鉄砲チャカでも貸してくれないかね。喧嘩じゃこのオヤジには勝てないし。


「弥吉から聞いたぞ。2年A組の向井翔平くんという男の子に作ってあげてるんだってな」


 バラしたのは弥吉か。

 あとで100回くらい殺そう。


「別に翔平のためじゃないよ」

「ふふ、照れんでもいい。オレだって人の親だ。娘の心くらいは見抜ける」


 今のあたいの心はあんたへの殺意100%なんですけどねえ!


「翔平くんというと、あの夕太ゆうたを保護した青年だな」

「……そうだよ。言っておくけど、翔平に手ぇ出したらあたいが容赦しないよ!」

「おお、怖い怖い。よほど惚れてしまったんだなあ」


 ふふふ、と笑ってたくあんをコリコリと頬張るクソオヤジ。

 そのたくあんのようにコリコリにしてやろうか、ああん!?


「そうやって照れると鬼のような形相になるところ、お前の母に似ているな」

「おふくろに?」

「あいつも、オレとのデートの時はいつも般若のような顔をしていた」


 誉め言葉なのか、それは。


「おかげでどこへ行っても周りが空いててなあ。みんなが避けていくんだよ、怖くて。あれはおかしかった」

「笑う所なのかい?」

「今のあかねも、そんな顔をしている」

「あたいも?」

「ふっ。お前も似たんだな、あいつに」


 そう言って二切れ目のたくあんを口に運ぶ。

 おふくろに似ている。

 そう言われるとなんとも言えない感情になる。


 そうか、あたいはおふくろ似なのか。

 まあ、顔はお世辞にもオヤジに似ているとはいえないけど。


「それよりも」

「なんだ、あかね」

「おふくろ、後ろにいるよ」

「……」


 話しをしたからなのか、それともたまたまなのか。

 いつの間にかおふくろがオヤジの背後に立っていた。

 ……般若の形相で。


「あなた、般若のような顔がどうしたって?」

「み、美鈴みすずさん!? い、いや、これはちょっと……」

「私が怖くてみんな避けてくのがそんなにおかしかった?」

「い、いえ、その、あの……」

「このあとの稽古が楽しみだわあ」

「ひいぃ! ごごご、ごめんなさいーー!」


 鬼のように強いオヤジも、おふくろには弱かった。



~告白される(する)まであと23日~

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