6日目(土曜日)~side.轟沢弥吉~

 あっしの名前は轟沢とどろきざわ弥吉やきちだぜ、ゴルアァッ!

 姐さんに仕えて5年──いや、6年か。4年だったか? ん? 7年か? 8年……。


 年数を覚えてなくて悪かったなゴルアァッ!

 年月なんてどうだっていいんだよコラ。

 あっしと姐さんは固い絆で結ばれてるんだからな!



 そんな姐さんだが、ここ最近機嫌がいい。

 ヤベエくらい機嫌がいい。

 毎朝、ありえねえくらいの笑顔で弁当引っ提げて、なんたら高校に向かっている。

 こんなにウキウキしてる姐さんを見るのは初めてだぜ。


『鬼の不機嫌女総長』と呼ばれた姐さんが笑うなんざ、恐怖しか感じねえ。(ちなみにこのあだ名を付けたのはあっしじゃねえ。言ったら殺される)


 え? 表情が変わってねえじゃねえかって?

 無表情のまんまじゃねえかって?


 5年だか6年だか7年だか8年だか仕えてるあっしにはわかるんだよ、ゴルアァッ!

 醸し出す雰囲気でわかるだろうが!

 気づかねえのかボケカスコラ!


「弥吉」

「へい、姐さん」

「さっきからひとりで何ぶつぶつ言ってんだい?」

「へ? いや、あっしは何も……」

「気が散るんだよ。黙っててくれないかねえ」

「へ、へい……」


 怒られちまったじゃねえかコラ!

 どうしてくれんだコラ!

 おおコラ!

 われコラ!

 責任とれコラ!


「弥吉ぃッ!」

「へい、姐さん!?」

「うるさいんだよ!」

「す、すんません……」


 ………。


 また怒られちまったじゃねえか。

 ああ。

 でも怒った顔もイカスぜ姐さん。

 さすが関東圏を手中におさめる鷲尾わしお連合の女総長。

 言葉の節々に強烈なパンチを感じるぜ。

 あっしの心も鷲掴みさぁ。


「……ついたね」


 今日も今日とてやってきたなんたら高校。

 県立……なんとか東なんとか高校。


 ………。


 漢字もまともに読めなくて悪かったなコラ!

『県立神奈川東第一高校』なんて東大レベルの漢字だろうがコラ!

 いてこますぞワレ!


「弥吉」

「へい、姐さん」

「今日もよろしく頼むよ」

「任せて下せえ」


 姐さんはなぜだか自分から最初に教室に入ろうとしない。

 なんでも2年A組の向井翔平ってやつといきなり顔を合わせると思考が停止するらしい。

 あっしがワンクッション置いて、「いた」と報告することで覚悟を決めて中に入れるんだとか。



 何を言ってるかわからねーと思うが、あっしもよくわからねえ。

 ただ、2年A組の向井翔平は姐さんにとって「特別」な存在だということだけはわかる。


 もしかしたら、あっしにもわからねえ「秘めた力」ってのを感じてるのかもしれねえ。

 姐さん、こう見えてマンガ好きだし。

 強敵が現れるとワクワクするタイプだし。


 へへ、もしそうならあっしも一度手合わせ願いてえぜ。

 鷲尾連合の切り込み隊長と呼ばれたあっしとどれだけタメはれるか、試してみてえな。




「2年A組の向井翔平、おはようだぜゴルアァッ!」


 今日も勢いよく教室の扉を開けた。

 しかし開けてビックリ。中はもぬけの殻だった。


「……だ、誰もいませんぜ、姐さん!」


 思わず廊下で待機している姐さんに報告する。


「なんだって?」


 眉を寄せる姐さん。

 ひいっ! なんか一気に不機嫌になってやがる!

 どうなってんだ、コラ!


「ま、まさか敵対する他校にカチコミ(ヤクザ用語で殴り込みのこと)にでも行ったんでしょうか?」

「あたいらと一緒にすんじゃないよ」

「で、でも誰もいないなんておかしくありやせんか?」

「あ……」

「なんですかい、姐さん」

「そういや今日は土曜日だったね」


 土曜日?

 そういえばあったな、そんな曜日。


 ………。


 曜日も覚えてなくてわるかったなゴルァッ!


「そうか、今日は学校が休みだったかい」


 さ、寂しがってる!

 姐さんが寂しがってる!

 2年A組の向井翔平の野郎、姐さんを寂しがらせやがって。

 許せねえ、今度会ったらボッコボコにしてやりてぇぜ!


「弥吉」

「へい」

「帰るよ」

「いいんで?」

「ここに残ってどうしようってんだい」

「そっすね」


 あっしらは誰もいない教室をあとにした。


「弥吉」

「へい」

「弁当、食べるかい?」

「いただきやす」



~告白されるまであと24日~

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る