43 高校一年生 初夏-7

 土曜日、午前11時に駅前で待ち合わせという電話が、みよっちから届いていた。


 みよっちは、

「たまにはオシャレなお店でランチでもしない? おめかししてさ」

 と電話口で言っていたので、お気に入りの服を着て、駅へと向かっていた。


 おおよそ時間通りに駅前に到着したので、周りを見渡してみる。

 みよっちの姿はまだ見えない。もう一度腕時計を確認しつつ、その場で待つことにした。


潤瞳ひとみー!」


 待とうと思った矢先、すぐさまみよっちの声がしたのでその方向を向くと、どうやら駅前のパン屋さんから出てきたようだ。


 道路を渡って私のところに駆け寄ると、いつもの笑顔を見せてくれた。


「潤瞳、可愛い! イイね、その服。とっても似合ってる!」

「あ、ありがとう。みよっちも素敵だよ、とっても可愛い!」


 お互いに、えへへーと照れ笑いを浮かべあう。


「でも、みよっち? 今日はランチに行くんじゃなかったの? 今、パン屋さんから出てきたけど」


 私がパン屋さんの方を指差すと、

「あー、それね。寝坊助が朝ごはん食べ損ねたから、付き合ってあげてたのよ。まったく、世話の焼ける……」


 みよっちは、パン屋さんの方向に向かって、手招きをするような仕草を始める。


「え? み、みよっち? ……他に誰かいるの?」

「あ、出てきた。祐樹ゆうきー、早くおいでー!」


「……え? た、立花くん!?」


 みよっち越しにパン屋さんの方向を見ると、確かに立花君がうつむきがちに私達のところへ向かってくる姿が見える。


 背が伸びて、中学生の頃とはそのシルエットは大きく違っているけれど、つい先日、傘をさして、この駅から私の家まで一緒に帰ったばかりなので、見間違えではなさそうだ。


「みよっち、これって……」

「ん? 傘のお礼」


「お礼って、……立花くんがそう言ったの?」

 不安げにそう尋ねると、

「あー、祐樹? 言わないよ。っていうかアイツ、今日潤瞳がここに来ることも知らないし」


 みよっちは、さも当たり前のように、平然と言い放った。


「えーー、そんな、突然そんなことしたら立花君に悪いよ……」

「あ、いいからいいから」


「良くないよ……」


 私は不安な気持ちで、みよっちの影に隠れるように、立花君が合流するのを待った。


 立花君は私達のところにたどり着くと、ポリポリと頭をかきながら、

「こ、こんにちは」

 と挨拶をしてくれた。


「こんにちは……」

 私も、何となくそれにならって、挨拶を返す。


「え? 何この空気……ってか祐樹、『こんにちは』って、普通かっつーの。それに……なんか……キモい」


 みよっちは、おぞましいモノでも見るような顔で立花君を一瞥いちべつすると、ポケットから何かを取り出した。


「はい、これ」


 みよっちはそれを立花君に手渡した。

「水族館のチケット、今朝もらったんだ。これはホントに偶然、ちょうど二枚あるから行ってきなよ」

 そう言って、私と立花君に笑顔を向けてくる。


「え? 行ってきなよって、みよっちは?」

 私が聞き返すと

「私? 私はこう見えても、色々と忙しいのよ。というわけで、私はこれにて失礼致します」


 深々とお辞儀をするように頭を下げると、みよっちは

「潤瞳、感想は来週、学校で聞かせてね! じゃあーね、バイバイ!」

 私に向かって手を振ると、


「気合い入れろよーっ!」


 と言いながら、立花君のお尻をおもいっきり蹴り上げた。


 みよっちはきびすを返すと、両方の手を左右に大きく振って、背中を向けて走り去っていった。


 見る間に小さくなるその後ろ姿を、私と立花君は呆然と見送……ってはいなかった。


 私は、お尻を押さえながらその場に倒れこんで、悶絶もんぜつする立花君に駆け寄っていた。


「だ、大丈夫? 立花君……?」


 私は不安げな気持ちでそっと尋ねると、苦しそうに、絞り出すような声でこう答えた。


「せ、せめて……デコピンに、して…く……れ……」


 ガクッ。


「た、立花くぅーーーーーーん!!」

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