41 高校一年生 初夏-5

 私が自転車の荷台から降りると、みよっちは道路脇に自転車を止めて、階段へと腰掛ける。私もその隣に並んで座った。


 夕焼けに染まる河川敷を眺めると、一組の子供達が遊びを終えたのか、手をつないで歩く姿が目に映る。その子供達が歩く先には、母親とおぼしき女性が、子犬を連れてたたずんでいる。


 お姉ちゃんと、弟だろうか。歌を歌いながら、とても仲がよさそうに歩く姿が微笑ましい。

 みよっちも、そんな風景を目にしながら、自然と柔らかな表情に変わっていた。


「……アイツ、家が近所だから小さい頃はよく一緒に遊んだんだ。ほんとトロ臭くて、ぐ泣くし、世話の焼けるヤツだった」


 フフッと、昔を思い出すように笑うと、みよっちは話を続けた。


「それがさ、中学に入ったら急に背伸びし出したっていうか、色気づいたっていうのか知らないけど、なんか変わったんだよね」


 そう言って、私の目をジトーっと見つめてくる。

「……そ、そうなんだ。え? なに?」

 意味ありげなその眼差しが、私に突き刺さる。

 みよっちは、口元をほころばせて笑顔を見せると、また遠くを見つめた。


「何かイイことでもあったのかね、授業中に鼻歌はうたい出すし、なんか目立とうとするし、ほんと、らしくないったらないよね。でも、なんかそれが、すごく嬉しかったんだ、私」


 中学に入って直ぐの席替えで、みよっち、彼、私の席順で授業を受けていた頃を思い出す。もう、あれから三年の月日が流れていた。


「トロ臭いとか言って、ホント失礼しちゃうよね、私」

 そう言って、苦笑いを見せるみよっち。

「アイツ、本当はそんなのとは全然違って、めちゃめちゃ頑張っちゃうんだもん。マジかって思った。あんな風になれるんだなーって、正直ちょっとビビった。アイツはアイツなりに、不器用だけど自分に正直に、真っ直ぐに生きてるんだなって知ったら、何か、悪くないじゃんって思っちゃったんだよね」


 両ひざをかかえて、顔をうずめている。頬も耳も、ほんのり赤く染まっている。そんな様子のみよっちを見るのは、初めてだった。


「それにひきかえ、なーにやってんだろ」


 そう言いながら顔を上げると、前髪をまんで、じっと髪の毛を見つめている。

「こんな上辺うわべだけ取り繕ったって、なんにも伝わる訳ないのに、情けないったらないね」


 パラパラと、摘まんだ髪の毛を、少しずつ指先から解いていった。


「しょうがないじゃん、こんなことくらいしか思い付かないし、ちょっとでも寄せていけば、見かた、変えてくれるかもしれないなって……」


 みよっちは、階段に転がる小さな石ころを拾い上げると、座ったままその石を放り投げる。階段に沿って、コロコロと転がり落ちていった。


「でも、そのおかげで、見つけてくれたとは思う。ちょっとズルいけどね。だから、それについては、ありがとうだし、ごめんなさい」


 両手を顔の前に合わせて、私に申し訳なさそうな顔を向けてくる。


 なんでそんな風にされたのか、わからずに戸惑ったけれど、みよっちはそのまま話を続ける。

「でも、中身全然違うからさ、私は。がさつだし、口だって悪いし、潤瞳ひとみはもっとこう……」


 ハッとなにかに気付いたように私の方を向くと、みよっちは驚いたような顔をしている。ポカンと口をあけて、うなずきを繰り返している。


「み、みよっち? どうかしたの?」


 みよっちは、何かブツブツと小さな声でつぶやいている。

「……アイツ……直ぐ泣く……潤瞳……泣き虫」

「……アイツ……急に背伸びしだす……潤瞳……普段から頑張りすぎる」

「……アイツ……世話が焼ける……潤瞳……世話が焼ける……」


 何か、ブツブツと念仏のようなものを唱えたかと思うと、こめかみを押さえてハァーっと大きくため息をついた。


「み、みよっち?」


 目の前でコロコロと表情を変えるみよっちに翻弄されていた。


「あー、そうか。そういうことか! ってことは、あれ? 私、バカみたいじゃん。初めっからそうなってんじゃん。こんなの、お似合いに決まってんじゃん。あーもう、こんなの完全に出来レースじゃん。うわーーん」


 そう言って、泣きだしてしまった。どう見ても泣き真似のようだけれど。


 泣き真似を終えると、みよっちは左右の手それぞれで髪の毛をつかんで、二つ結びのようなスタイルを作って私に見せてきた。


「これ、どうかな?」

「え? どうって」


「似合う?」

「うん、似合ってる」


 本当に、みよっちにお似合いのヘアースタイルだと思った。

 みよっちは、にぱっと笑顔になって、目を輝かせる。


「ホント!?」

「ほんとだよ、みよっちらしくてイイと思う」


「可愛い!?」

「か、可愛い」


「よっしゃ、キタァーーーーーー!」

 私は、どうにかなってしまったみよっちのテンションに付いていけず、ただただ唖然とするしかなかった。

「潤瞳、帰ろう!」

「う、うん」


 みよっちは、スタッとその場へ立ち上がると、私に手を差し伸べてきた。

 その手をそっと掴むと、グイッと引っ張り上げるように、私を立ち上がらせる。


「じゃあ、今度は私が後ろね!」


 みよっちは、止めてあった自転車に駆け寄り、そのまま荷台に飛び乗った。両足をぶらぶらとさせて、私が前に座るのを待っている。


 急に元気を取り戻したみよっちを前に、やれやれという思いで、私も自転車のところまで歩み寄る。ハンドルを握ってスタンドを降ろそうと、少しだけ自転車を前に押した。

 ドンっと後輪が地面に着地すると同時に、みよっちを乗せた荷台もガクンと縦に揺れた。


「うぅっ、痛ったー、ケツ打った」

「あ……みよっち、ご、ごめんねっ。わざとじゃないからね」


 そう言いながら、私も自転車にまたがる。ペダルを踏み込むと、みよっちが後ろから腕をまわしてきた。


「ちょ、みよっち、どこ触ってるの!?」


 みよっちは、私の腰ではなく随分と上の方、つまりは胸のあたりに腕をまわしている。

「あ……潤瞳、ご、ごめんねっ。わざとじゃないからね!」

 白々しく、私のモノマネをしてくる。


「もーう、みよっちのアホ!」

「はい、しゅっぱつしんこーう!」


 元気いっぱいのみよっちの掛け声が、夕暮れの川沿いにこだました。

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