38 高校一年生 初夏-2

「……来てくれたんだね、ありがとう」


「ずっと気になってたんだ。今、付き合ってる人とかいるのかな?」


「じゃ、もしよかったら、考えてみてくれない?」


「いきなりで戸惑うよね、すぐじゃなくていいんだ。また今度、返事、聞かせてくれるとうれしい」



 全く知らない、面識のない先輩だった。


 だから、素直な気持ちを伝えるしかなかった。それが、自分にできる精一杯の誠意だと思った。間違った行動では無かったと思う。


 なのに涙が出てくる。自分でもわからない。涙が後から後から溢れだして止まらない。


 しばらくじっとうずくまって落ち着くのを待つと、トイレに駆け込んで、洗面台で顔を洗った。



 もう誰もいない教室に戻ると、

「……お帰り、お疲れ様……だね」

 やさしく、ささやくような声が私に届いた。


 高校に入って、また同じクラスになることができた「みよっち」が、笑顔でたたずんでいる。

 もう誰もいないと思っていた教室に、みよっちがいてくれたとわかると、ほっと心が安らぐ思いだった。


「みよっち……まだ帰ってなかったんだ……もしかして、待っててくれたの?」


 赤くなった目元を見られるのが嫌で、うつむいたままそう答える。


「いやー、数学の青木? アイツに捕まっちゃってさ、私が明るい色にしたのが羨ましいのかな? 『コラ、その色、校則違反だぞ!』って言い出して。危うく私、先生は明るくしようにも、無理ですもんねって、もうちょっとで言いそうだったよ、危ない危ない」


 そう言いながら、近くにある机の上にピョンと飛び乗るように腰掛けると、髪の毛を手の甲でサラッとなびかせて、にっこりと笑顔を見せる。


 その、全てを見透かしたような優しい笑顔が、私の胸に突き刺さる。


「……みよっち」

 せっかく顔を洗ってきたばかりなのに、またポロポロと涙が溢れ出してしまった。


「あらあら、相変わらず泣き虫さんだね、潤瞳ひとみってば。世話の焼ける……」

 そう言って、ゆっくりと私のそばへ歩み寄る。


「……ありがとう」

「おー、よしよし。がんばった、がんばった。よくできました」


 みよっちは、幼い子供をあやすように、私の頭を優しくなでてくれた。


「私、これでよかったのかな?」

「当たり前じゃん! 百点満点! でも、潤瞳がこんなに泣き虫なんて、皆が知ったらびっくりするだろうね」

「私、そんなに泣き虫?」

「そりゃもう!」


 何を当たり前のこと聞いているの、と言わんばかりに、大きくうなずく。


「潤瞳はさ、普段頑張り過ぎなとこあるから、もっと甘えちゃってもいいんだよ!」

「そう……かな?」

「そうだよ」

 私のおでこを、ツンと突つかれた。


 手紙のことを相談した時、みよっちは一緒に行くと言って聞かなかった。


 そう言ってくれるみよっちの気持ちは嬉しかったけれど、自分自身の問題は、自分自身で解決しなければならない気がして、一人で行くと説得していた。


 渋々承諾しょうだくしたみよっちではあったけれど、もしかしたら、こっそりと私の様子を見守ってくれていたのかもしれない。


「さ、帰ろっか!」


「……うん」

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