34 高一初夏-8

 家に帰ると、僕は自分の部屋の片づけを始めていた。といっても、それほど散らかっているわけではない。出しっぱなしのゲームソフトを引き出しに入れたり、マンガを本棚に戻したりする程度だ。


 一応、両親には美代子がうちに来ることを伝えておいた。小学生の頃は、お互いの家にしょっちゅう遊びに行っていたけれど、本当に数年ぶりなので、突然美代子がうちに来たら、びっくりすると思うので、予防線を張っておいた。


 しかも、あの様子で来られたら、誰だってびっくりするだろう。道場破りじゃあるまいし、美代子が不良になってしまったと思われる可能性もある。お願いだから、明日は機嫌を直していて欲しいと、そう願うのみである。


 そういえば、ちゃんと起きてろって言ってたけど、何時に来るつもりだろう。いくら何でも朝っぱらから来るわけでもあるまいし、まあいいや。とにかく今夜は早く寝ることにしよう。



 夜、僕は、ベッドに入り横になった。

 横になってはみたものの、やはり美代子の様子がおかしかったことが気になって、寝付くことができないでいた。美代子のヤツ、何であんなに不機嫌そうにしていたんだろう。


 昔から、気性の荒いところはあったけど、怒ったり、機嫌が悪かったりする理由は、とにかくわかりやすいのだ。

 駆けっこで負けたとか、お気に入りの服が汚れたとか、そんなことでよく腹を立てていたし、そのことをすぐに口にする。

 だから、今回のように理由をはっきり言わないのは、珍しい。初めてかもしれない。


 そういえば、二日続けて一緒に帰らなかったといえば、そうなるな。一昨日は、いつもの電車に美代子が乗って来なかったし、昨日は例の出来事があったし。


 テスト期間に入ってからというもの、毎日のように駅から家まで一緒に帰っていたから、いつもと違ったことといえば、それがある。

 けど、一緒に帰る約束をしていた訳でもないし、そのことと美代子の機嫌が悪くなる理由が全く結び付かない。


 とにかく、寝よう。明日になれば、何かわかるかもしれない。これ以上考えても答えは出なさそうだ。

 そう思い直して、考えるのをやめ、眠りにつくことにした。




 明け方、僕は夢を見ていた。夢の中で美代子がテレビゲームをやっている。

 ぷにょぷにょという、画面の上からグミみたいな物体が落ちてきて、それを積み上げていくヤツである。


 同じ色のグミみたいなのを一定数並べると消えていって、上手く連鎖させて消すと高得点になったり、対戦相手が大変なことになったりするというゲームだ。


 どうやら、コンピュータを相手に対戦しているようで、「あれ?」とか、「なに!」とか、「クソッ」とか言いながら、画面に向かって孤軍奮闘している。


 コンピュータの連鎖が決まったようで、美代子は「それないわー」と言いながらコントローラーを放り投げて、仰向けに寝転がった。


「あ、祐樹、おはよ。ようやく起きたみたいね」


 仰向けになった美代子と目が合う。


「ちょっとアンタそっちやりなさいよ。対戦。やっぱこういうのは、人間同士じゃないと楽しくないし。早くそっち座って」


 僕は仕方なく、言われるがままベッドからモゾモゾと這い出し、もう一方のコントローラーを手に取り、美代子のとなりに陣取った。


「久しぶりね。ぜったい負けないから」

 どうやら僕を負かす気満々のようだ。

「うん」


 夢の中とはいえ、ぷにょぷにょで負けるわけにはいかない。僕の得意なゲームだし、手加減するつもりもない。

「じゃ、いくよ、はい、スタート」

 美代子の掛け声と同時に、対戦が開始した。


 僕は順調にぷにょを消していく。その隣で美代子は、大きな連鎖を狙っているみたいで、結構上の方まで積み上げているようだ。

「ふふん、祐樹。私の実力を思い知るがいい」

 僕が画面の下の方で、地道にぷにょを消していると、美代子が

「こいこい、え、ウソ、だめだめ、わー!」

 と叫んで、自滅していった。あっけない。


 バチン! とデコピンを食らった。

「痛っ!」

 夢の中にしては、デコピンが痛い。どうなってるの? この夢。


「祐樹、こういう場合、普通は手加減するでしょ。何ゲームで本気になってるのよ。それより、早く顔洗ってきなさい。出かけるわよ」

「出かける? どこに? っていうか、今何時?」


 時計を探す。今何時なのか、よくわかっていなかった。


 よく見れば、美代子は初夏にふさわしい薄手の白いブラウスに短めのスカートをはいて、余所よそ行きの恰好かっこうをしている。

 昨日と同じで、夢の中の美代子も、髪は二つ結びにしていた。


「何時って、9時半過ぎ? ふん、寝坊助ねぼすけめ。いいから早く支度したくしなさい」

 考えてみれば、夢の中で時間を確認しても、意味ないな。

「わかった、わかった、もう起きるから。ちょっと待ってて」


 そもそも、誰のせいで寝るのが遅くなったと思ってるんだろう。もう目を覚まそう。こんな変な夢を見続けていたら、寝坊して、本当に美代子が勝手に僕の部屋に上がり込んでゲームを始めてしまうかもしれない。


「もう起きるって、なに寝ぼけてるのよ。とっくに起きてるじゃない。まったく」

 美代子は、両手のひらを上に向けて、やれやれといった表情だ。


 え? 何これ、夢だよね。そうそう、夢に決まってる。いくら何でも、幼馴染みとはいえ、勝手に人の部屋に上がり込んで、朝っぱらからテレビゲームする? ……するか? ……美代子ならやりかねない。そんな気もする。


「えっと、もう一回デコピン、お願いしていい?」


 僕は、美代子にそうお願いしてみた。


「なに気持ち悪いこと言ってんのよ。だから顔洗ってきなさいって言ってんの!」


 そう言って、僕を部屋から追い出そうと、背中をグイグイと押される。

 この感じ、この感覚、僕は観念した。夢じゃない、どう考えても現実だ。

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