31 高一初夏-5

 次の日も、同じ時刻の電車に乗って最寄り駅にたどり着くと、同じタイミングで美代子みよこが反対側のホームに降り立つのが見えた。電車が通り過ぎたあと、反対側のホームからこちら側のホームに向かって大袈裟に手を振っている。


 僕がゆっくりと改札に向かって歩いていくと、美代子は足早にこちら側のホームに渡り、ちょうど改札で合流する形となった。


「ふう。やあ、奇遇だね、祐樹ゆうきくん」


 相変わらず、せわしなく動き回る子犬のようなその仕草に、少し呆れつつも、駅から家まで世間話をしながら帰れるのは、丁度いい気晴らしになるし、悪い気はしない。


 特別示し合わせたわけではないのだが、テスト期間中は、何となく帰りは同じ時刻の電車に乗るようにして、駅から家まで一緒に帰るのが、日課となっていった。


 お互いの学校の話、勉強の話、僕の部活の話。中学時代、美代子はソフトボール部に入っていたので、その頃の話など、他愛のない会話をしながら帰宅するのは、楽しくもある。


 僕が小さい頃に転んで泣いた話とか、犬に吠えられて泣いた話とか、かくれんぼで見つけてもらえずに泣いた話とか、そんな話をする時、美代子はとても楽しそうだった……っておいおい。


 おそらく、美代子も同じ時刻の電車に乗るようにして、僕の帰る時間に合わせてくれているのだと思う。美代子と一緒に帰るのが、当たり前の日常になりつつあった。




 テスト期間も残すところあと二日、部活動停止期間も残り少なくなり、来週からは部活動再開となってしまう。また地獄のようなテニス漬けの日々が待ち受けているのかと思うと、少しだけ憂鬱な気持ちになる。


 そんな僕の心を読み取ったのか、空模様も下り坂のようで、学校から帰る頃には黒い雲が空を覆っていて、今にも雨が降り出しそうだった。


 僕はその日、傘を持っていなかったので、学校から駅まで走って帰ることにした。駅にたどり着く頃には、小雨が降り始めていたが、何とか濡れずに済んだ。


 いつもより、一本早い電車がちょうど発車するタイミングだ。少しだけ迷ったが、空模様も気になっていたので、その電車に乗ることにした。


 最寄り駅に着くと、この時間は反対側のホームに電車は来ないので、もちろん美代子の姿も見えない。小雨ならこのまま走って家まで帰ろうと思っていたのだが、それなりに雨足は強くなっている。


 あと三分待てば、反対行きの電車が到着するので、その電車に美代子が乗って来るかもしれないと期待して、待つことにした。

 いずれにしても、更にもう一本待てば、いつもの時刻に到着すると思う。


 昨日、美代子は用事でもあったのか、その電車に乗って来なかったのだが、いつも通りであれば、大丈夫だと思う。

 少し恥ずかしい気持ちも無くはないが、傘を持っていたら入れてもらえないかなと、そんなことを考えていた。幼馴染みだし、変に意識するということも無い。お願いしてみよう。



 反対行きの電車が、改札側のホームに到着した。この時刻は、こちらの改札側のホームに止まるらしい。


 僕は改札の隙間から、美代子が降りてくる姿を探すと、それらしき姿が目に入った。いつもより早い電車に乗って帰って来たようだ。


 いやまて、美代子が普段より早い電車に乗って帰って来たということは、僕と同じように、学校から駅まで走った可能性が考えられる。学校から駅まで走るということは、雨に濡れたくないということだ。つまり、美代子も傘を持っていない可能性が高いということになる。美代子も僕と全く同じ考えで、僕の傘に入れてもらうつもりかもしれない。


 勉強も、これくらい頭が回転してくれればいいのに、こういうときだけ、妙に頭脳が働いてしまう。どうかこの予測が外れますように。そう思いつつ、美代子が傘を持って改札から出てくるのを、祈る気持ちで待ち受けた。


 改札から出てきた。僕は真っ先に美代子の手元を確認する。傘を持っていない。終わった。ずぶ濡れが確定した。二人そろってずぶ濡れなら、まあいいか? いやいや、そうもいかない。そうだ、折り畳み傘を持っているという可能性もある。


 改札を抜けた美代子に僕は、

「傘持ってる? 持ってたら入れて欲しいんだけど……」

 そう言って美代子を見上げると、

「え……? た、立花たちばなくん……だ、よね?」

 戸惑うように、そう呼ばれた。僕は完全に固まってしまった。

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