30 高一初夏-4

 家が近所なので、そのまま美代子みよこと一緒に歩いて帰ることにした。


 正直いうと、期待していた展開とは異なるのだけど、それについては、美代子に何の罪もない。


「なんかさ、意外と会わないよね、別の高校だと」

「うん」


 美代子の言う通り、同じ駅を使って電車通学をしているのだから、もっと頻繁ひんぱんに中学時代の同級生と、顔を合わせるものだと思っていた。でも実際は、思いのほか出会うことが少ないと、僕も同じことを感じていた。


「私たちなんか、家が近いんだから、もっと普通に会うと思ってたけど、高校に入ってから初めてだよね」

「そういえば、そうだね」


 美代子と並んで歩くのは、久し振りな気がする。小学校以来だろうか。


「ねえ祐樹ゆうき、学校、楽しい?」

「んーまあ、普通」

「あは、何それ。てか、何でテニス部? っていうか何で運動部なの? 絶対無いと思ってたのに。祐樹が運動部なんて、本気でどうかしてるよ」


 やっぱりそれ、気になるか……。


「なんというか、流されたというか、そんな感じ」

 僕は、はっきりとした理由は答えずに、お茶をにごす。

「ふーん、どれどれ?」

 美代子は、それ以上理由については触れてこなかったが、突然僕の二の腕をガシッとつかんできたので、僕は思わずその場に立ち止まる。


「な、なに?」

「うーん、まだプニプニだね。もう少し筋肉が付いてるかと思ったけど。まあでも、もう半年もすれば、ムキムキになれるかな?」

「そういうことか、びっくりした」

「でも、背、伸びたよねー」


 美代子は背伸びをしながら、僕の頭の上に手をかざそうとしている。


「173cmだったかな? 今、そのくらいだと思う。この四ヶ月くらいで、急に伸びた」

「あはは、寝てる間に誰かに引っ張られてるんじゃないの? 枕元でビヨーンって」

「やめてよ、怖いこと言うの。でも、バレー部とか、バスケ部だったら、ヤバかったかも。180超えとか、それはそれで少し嫌だな」

「何それ、どんな心配? あはは」


 裏表の無い、屈託くったくのない笑顔に、少しだけいやされる気分だった。


 ゆっくりと、帰り道をまた歩き始める。程なくして、美代子の家にたどり着いた。

 美代子は、タタっと玄関扉まで走ると、クルッと扉を背に、こちらに向き直る。


「じゃね。送ってくれて、ありがと」

 カバンを両手で後ろに持って、はにかむような笑顔を見せてくれる。

「いや、送ったっていうか、家すぐそこだし」

「まあ、いいからいいから。じゃあーね」

「う、うん」


 歩き出そうとすると、


「あー、そうだそうだ。いつも、どのくらいの時間に帰るの?」

 美代子に呼び止められる。

「えーっと、今、テスト期間中だから、多分ここ二週間は、今くらいかな? 部活再開したら、六時半か七時頃駅に着く感じだと思う」

「ふーん、そっか。うふふ。じゃ、

「ん、ああ」


 美代子は手を振って、家の中に入っていった。僕はそこから少しだけ歩いて、自宅にたどり着いた。


 小学校の頃は、僕が弱音を吐いたり、弱気な態度を見せたりすると、ケリを飛ばして来るような勝ち気な美代子が、あのころと比較すれば、随分と物腰ものごしが柔らかくなっていて、少しだけ戸惑った。


 あれはあれで、少しは大人になったんだなと、そんな高飛車な気持ちを抱いていた。

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