29 高一初夏-3

 鼓動こどうが少しずつ早くなっていく。落ち着け、落ち着け。


 階段を降りてくる女生徒の姿が、目に入る。こちら側のホームで降りた乗客は、すでに改札を抜け、残っているのは僕一人だけである。おそらく、彼女も僕のことに気付くだろう。


 女生徒がこちらのホームに降り立ち、改札に向かって歩いてくるのが見える。僕の存在に気付いたようで、あれ? といった仕草をしたのがわかった。

 小走りで、こちらへと近付いてくる。僕を認識すると、笑顔を見せてくれた。


「あれ? 祐樹ゆうき? 祐樹だよね、え、マジ、せた? 別人?」

 昨日も同じようなことを言われた気がする。

「そう言うってことは、そうなんじゃないの?」

 僕は、随分と投げやりな言い方になっていた。


「なになに? その言い方。久しぶりに会った幼馴染おさななじみに対して、その言い方は無いんじゃない?」

 美代子みよこは、僕をからかうようにそう言い放ちつつも、偶然の出会いに気を良くしたのか、とても嬉しそうに見える。

「ねえ、それよりこの髪どうよ、良くない?」

「何が?」

「何って、色よ、色。少し明るくしたんだー。いいでしょ」


 美代子は、肩口まで伸ばしたブラウン掛かったその髪を、手の甲でサラっとなびかせて、僕に自慢してきた。

「どうだろ、そういうのよくわからないから。それに、学校で注意されたりしないの?」

「うちの学校は、成績悪いと怒られるけど、それ以外は全然言われないのよ。まあ、私、成績はそこそこいい方だから、問題無いってわけ」

 そう言って、満面の笑みを浮かべている。


 幼馴染みの美代子みよこは、昔からこんな感じだ。ずっと変わらない。家が近所だったこともあり、物心ついたころから、見知った間柄だ。


 中学時代は、「みよっち」の愛称で親しまれていた。

 小柄ですばしっこい、小型犬を思わせる無邪気な女の子が、そのまま高校生になった感じである。


 いつも元気で明るくて、面倒見も良い。少し離れた弟の世話をしているところを、何度も見たことがある。中二の時も、彼女の推薦人として生徒会選挙活動を、彼女以上に積極的に行っていたのを思い出す。


 僕に対しても、物言ものいいはハッキリしていて、時々グサリとくる事を言われる場面もあるけど、それも美代子の良さというか、腹を割った付き合いをしてくれる数少ない存在だ。


「ていうか、マジせたよね、どうしたの? やせ我慢?」

「やせ我慢って……それって意味違くない?」

「あはは、いや冗談、冗談」

「高校で運動部入ったから」

「え? 祐樹ゆうきが運動部? シンジラレナーイ」

 カタコトの日本語みたいな言い方だ。その言い方についてはサラっと受け流す。

「テニス部に入った。やめとけばよかったかも。キツい」

「何それ、ウケるー。へー、でも……悪くないと思うよ」


 美代子みよこはそう言って、僕の目を見て微笑ほほえんでいる。


「おーい、そこのお二人さん、もう改札閉めるよー」

 改札に立つ駅員さんが、僕たち二人にそう呼びかける。気付けばホームには、僕と美代子の二人だけになっていた。

「あー待って待って、今出るから! 祐樹行くよー」

「う、うん」


 僕たちは、小走りで定期券を見せながら、改札を抜けた。美代子は駅員さんに、おどけたような仕草を見せて、小さく「ごめーん」と言って手を振った。駅員さんはその微笑ましい仕草に、にっこりと笑顔をみせている。


 待たせてしまったので、僕も会釈えしゃくをすると、なぜか駅員さんは右手の親指を上げて、僕に向けてくる。僕も困惑しつつ首を傾げながら、中途半端に親指を上げ返していた。

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