26 生徒会候補者演説会

 演説会の会場となる体育館の準備を、私は手伝っていた。


 候補者は、壇上の設営補助ということで、現生徒会役員の指示を仰ぎながら、テーブルや椅子の配置を行っていた。

 一般の生徒たちも、各々おのおのが座る位置に折り畳み椅子を設置して、少しずつ演説会の準備が完了に近づいている。


 おおよその壇上の設営が完了すると、私たち候補者は、自分の名前が書かれたポスター用紙を一度壇上から降りて取りに行き、再び壇上に戻ってきた。私も、自分の座るテーブルの前面に、自分の名前が書かれたポスター用紙を、しゃがみこんで貼り付ける。


 これから行われる演説を前に、少しずつ鼓動が早まるのを感じていた。両足が小刻みに震えている。指先や耳が、氷のように冷たくなっている。


 不意に、不安だったあの頃の思い出が、よみがえった。得体の知れない恐怖が、押し寄せてくる。ドクン、ドクンとした心音が、より不安をかき立てる。

 私は、ギューっと目をつむって、うずくまるようにひざを抱え込んだ。


 緊張していた。


 ふるふると首を振って、不安を払いのける。ふうっと息を吐いて、気持ちを整える。

 勇気を出して、そっと目を開けると、私の名前がそこにあった。

 私は、自分の名前が書かれたポスター用紙を、正面から、まっすぐに見つめ直した。


 私を、応援してくれている人がいる。弱虫な私の背中を、押してくれる人達がいる。泣き虫だった私を、温かく受け入れてくれた、みんながいる。


 自分自身にそう言い聞かせて、勇気を振り絞った。なおも鼓動は高鳴り続ける。


 私は、そっとポスター用紙に右手を添えて、その表面を、指先でなぞるように感触を確かめた。

 刻まれた溝一本一本が、私の心に浸み込んでくる。さざ波のように、指先から腕を伝って全身を駆け巡る。


 春の息吹のような、優しくて暖かい温もりに包み込まれるような、そんな……不思議な感覚。


 スッとその場を立ち上がり、しっかりとした足取りでテーブルを回り込むと、私は自分の名前が掲げられたその席に、着席した。



 現生徒会による司会進行の後、演説が開始される。


 私の番だ。


 席を立ち、演説台へ向かう。

 演説台を前に、全校生徒を見渡す。


 大丈夫、鼓動は落ち着きを取り戻している。


 すぅっと深呼吸のように息を吸い込むと、私は演説を開始した。




 生徒会役員候補 二年一組


 月城つきしろ潤瞳ひとみ


 私は、小学校六年生の夏に、この町へ引っ越してきました。


 この町の人たちはとてもやさしく、親切で、温かみがあり、不安だった私を快く迎え入れてくれました。


 私は、とある出来事をきっかけに、自分に対する自信を失っていました。


 しかし、この町に越してきて、この学校の先生や生徒たちと生活を共にしていくうちに、知らず知らずのうちに失っていたはずの自信を取り戻すことができていました。


 そうでなければ、今、私がここで、こうして皆さんの前で演説をするなどということは、絶対にありえなかったことだと思います。


 私は、この町が好きです。


 この学校が好きです。


 この学校の先生や生徒たちが大好きです。


 もしかしたら、この先、私の間違った行いのせいで、誰かを傷つけてしまうことがあるのかもしれません。


 いたらない私のせいで、悲しい思いをさせてしまうことが、あるのかもしれません。


 そんなときは、そういった自分を受け入れて、そのことをしっかりと受け止めて、その先へ進んで行きたいと思います。


 私は、この演説会に向けて、とても大きな勇気をもらいました。


 たくさんの人たちから、たくさんの勇気をもらいました。

 私に自信を取り戻させてくれたこの町や、学校や、先生や、生徒である皆さんに、今度は私から勇気を与えられるような、そんなことができたらうれしいと思います。


 今、ここで、こうして演説をする私が、誰かに勇気を与えることができているとしたら、それは本当に幸せなことだと思います。


 私は、皆さんへ、恩返しができるようになりたい。


 そう思っています。


 御清聴、ありがとうございました。




 中学三年生、春。


 私は無事、生徒会役員となり、私と彼は、それぞれ別々のクラスへ進級した。


第二章 了

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