25 中学二年生 冬-3

 選挙演説会の前日。


 演説会に必要なものの締め切り日となっていたので、みよっちも含めてそれらを準備してくれた人たちにお礼を言って回っていた。


 彼は、休み時間に選挙用のポスター用紙を、わざわざ私のところまで持ってきてくれていた。受け取りにいくつもりだったので、少しだけ申し訳ない気持ちになりつつも、それを受け取った。


「あんまり上手く書けなかったから、もっといいのがあったらそっちを使って」


 謙遜からくる言葉だとわかったが、それがとても彼らしい言葉だったので、嬉しい気持ちになった。


 失礼にならないように、両手でしっかりと受け取って、そんな心配はしなくていいという気持ちが届いてくれるといいなと思いながら、

「ううん、ありがとう」

 と返事をした。


 一通りの準備が整った段階で、みよっちと一緒に選挙管理委員会へ出向いた。選挙演説会で使用するものに、承認をもらう必要があるからだ。候補者の胸につけるバッジや、ポスター類には、承認印を押してもらうことになっている。


 私は、封筒に入れられたポスター用紙を丁寧に取り出すと、委員へ手渡した。私のフルネームが、漢字四文字の明朝体で書かれているのが目に入る。


 文字の仕上がりを、じっくりと見つめたいという気持ちをおさえ、ひとまず裏面に印鑑を押してもらう。ふと、印鑑の文字が不自然にかすれた状態で押されたので、何だろうと思い印影を確認した後、そっと封筒にそのポスター用紙をしまった。



 明日は選挙演説会当日である。私は、彼が書いたポスター用紙を家へ持ち帰っていた。自分の部屋へ入り、机に座った。


 もう一度封筒からポスター用紙を取り出して、印影を確認する。ポスター用紙の裏面には、無数の凹んだ細い溝があり、そのせいで印鑑の朱色がそこに届かず、印影がかすれたように見えているのだということがわかった。


 私は、ポスター用紙の裏面にそっと指先を当て、なぞるように右から左、左から右へ、その凹凸を指先で確認していく。


 言葉が出なかった。


 いったい彼は、この四文字にどれだけの時間を費やしたのだろう。

 ポスター用紙を裏返し、丁寧に書かれた私の名前を読んでみた。


 月城潤瞳


 白地に黒い明朝体。本当にシンプルな仕上がりだ。全くといっていいほど飾り気のないその文字から、彼の人柄が見て取れるようだった。


 裏面と同様に、目を凝らすと表側にも無数の細い溝が刻まれている。


 ふと目頭が熱くなり、目の前の文字がにじんだ。私は、ゆっくりと首をもたげて天井を見上げ、そっと瞳を閉じると、一筋の涙が首筋を伝って肩口まで流れ込んでいった。


 まったくそんな素振りを見せることは無かったのに。彼は、彼の本気をこのポスター用紙に込めてくれたのではないかと、そう感じていた。


 みよっちも彼も、私を応援してくれている。メグだって、応援してくれているに違いない。


 明日の演説会、私は、私なりに精一杯頑張ろうと心に誓った。

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