第92話 魔女の孫と、私
「あぁぁぁ! もう! なんでこうなりますの!?」
「こればかりは、致し方ないな……」
教室に残されたエターニアは叫び声を上げ、ガウルは渋い顔をしながら反省文を書いていた。
その隣では、今回の件に関して報告書を上げろと言われたアリスもずっと唸っているが。
「二人は学園の指示を思いっきり無視しちゃった訳だしね。諦めなさい」
「そうは言いますが! あの時私達が居なければどうなっていたと思いますの!?」
「ま、それは確かに。でもそれを踏まえて、この程度で済んだんじゃないの?」
「確かに……厳罰を受けた訳ではないしな」
と言う事で、唸る三人を眺めつつのんびりしている私。
あの後、アリスの武器を破壊した後。
武器を失ったアリスは大人しくなり、しばらく呆然としていたが時間が経てば元に戻った。
そしてパーティ二人に関しては、アリスを相手にした影響で立っていられない程に叩きのめされたみたいだが、それらは全て打撲のみ。
暴走状態のアリスに本気で敵意を向けなかった影響なのか、ブラックローダーによる攻撃は一度も貰っていなかった。
まぁアレを使われたら、間違いなく死体として転がっていた事だろう。
そしてあの場に居たはずのアルテミスの姿は……いつの間にか消えていた。
普通の人族、そして高齢だという話も聞いていたので、あれは恐らく分体か幻影の様なモノだったのだろう。
相手と遭遇したのに、結局逃げられてしまう結果に……なんて、思っていたのだが。
「ここに居たか、そして余分なのも居るな。貴様等はココで何をしている」
私を追って来た先生が合流し、ひとまず保護してもらう結果になった。
何でも私が離れた後は、街中を走り回り各地で無双していたそうな。
ウチの師匠、やっぱり怖いわ。
「しかしアリスの御婆様まで街中に現れる事態に発展するとは……兵士達、皆怯えていましたわね」
「彼女の事を断片的にしか知らない者達にとっては、まさに恐怖の対象だろうからな。仕方ないさ。しかも、登場と同時にあの魔法だからな……」
反省文作成中の二人が、そんな事をボヤき始めるが。
本当だよ、あの光景を見たら誰だってビビるよ。
あの人、街の上空に現れたと思ったら急に攻撃魔法をいくつも地上に降らせたのだ。
しかも私のウォーターカッターや、エターニアの最大火力みたいな……いいや、それ以上か。
そんな物を、街の各所に降らせた。
何をしたのかと聞かれれば、後片付けだそうで。
街中に残っていたワーウルフや、アルテミスの分体を一斉に駆除したそうで。
何でもアルテミス本人は狩ったから、その魔力残滓を追って攻撃を放ったんだとか。
半分以上言っている意味が分からなかったが。
だが、どうやら今回は本人的にも色々と後手に回ってしまったらしく。
とはいえこの説明を頂ける前には、これまた一悶着あったのだ。
「アリスゥゥ! ごめんねぇ、お婆ちゃんが一緒に居たのに危ない目に会わせちゃって……お婆ちゃんの事を嫌いにならないでぇぇ」
「お婆ちゃん……みんな見てるから、流石に恥ずかしいよ」
私達の元に登場した魔女は、完全に壊れていた。
ピーピー泣き叫びながら、アリスにくっ付いて離れなくなってしまったのだ。
間違い無い、アリスのくっ付き癖はローズさんから来てる。
先生は露骨に顔を顰めて引いていたし、私達はどう反応して良いのか分からず。
とりあえず落ち着いてからお話を伺った結果、アルテミス本体は彼女自身の手で潰して来たんだとか。
「街の外、南東の方角に隠れ家があってね? 吹っ飛ばして来たから、後で確認して。カリム、よろしくね」
「おい待て、まさか言葉通り消し飛ばしたのではないだろうな? 証拠も何も残して無いなどとふざけた事を言い出さないだろうな?」
「魔女が大魔法を使ったってだけで証拠になるでしょ、というかそういう報告をソレっぽくするのがカリムの仕事でしょ? よろしくね、クレーターが出来てるから場所はすぐ分かると思うわ」
「こ、このクソ魔女……貴様等のその適当な行動で、これまでどれだけ私が苦労したと――」
そんな訳で、世にも珍しいエルフ先生がブチギレている姿と。
物凄く適当に返事をしている魔女っていう、普段は見られないであろう状況を見せてもらった訳だが。
結局の所、事態は無事終了したという事で良いらしい。
私、討伐隊に入っておきながらアリスの相手しただけになっちゃったけど。
「ねーミリアー」
「んー? どしたー?」
問題に一番巻き込まれ、更には無事生還した当人は。
報告書を放り出し、のんびりとした声を上げながら私の袖を引っ張って来るのであった。
「二年生になったら、学生しながらでも働けるんだよね? 冒険者やるの?」
「あぁ~そうね。本格的に仕事をするって言うより、休みの間だけ日雇いの仕事って感じになりそうだけど。一応登録はしようと思ってるわよ? 討伐隊に参加した時に会った冒険者の人が推薦してくれたらしくて、ギルドからもお誘いの手紙が届いてるわ」
アリスの声に答えながら、今一度報告書を彼女の前に戻してみれば。
「……私も一緒にやって良い?」
さっさと書けと言わんばかりに戻された報告書が不満だったのか、唇を尖らせながらもそんな事を言って来た。
全く、相変わらず子供っぽい行動な事で。
「さて、どうしようかしらね。ちゃんと報告書も書けない奴を連れていると、苦労しそうだしなぁ」
「すぐそうやって意地悪言う! 酷いよ!」
ガウガウと吠える小動物は、今度ばかりは必死になって報告書を書き始めた。
その光景に微笑みを溢してから、アリスの頭に手を置いた。
「言ったでしょ、一緒に居てやるって。だから、良い子にするならそっちでもパーティ組んであげるわよ」
「する! だから一緒に登録しよ!」
「はいはい、でもまずは今回の報告書ね」
元気良く顔を上げた相棒に、呆れた笑みを溢しながらも。
表情は何処までも緩めてしまった。
駄目だなぁ、最近アリスに甘くなっているという自覚がある。
無事帰って来たし、その後は後遺症と呼べるようなモノもない。
そして本人の中でも何かの決着が着いたらしく、実習でも以前の様に動けている。
だからこそ、普段から甘やかしてしまう癖がついてしまったのかもしれない。
「二人だけズルいですわ、私達も混ぜて下さいませ」
「出来れば俺も、今の内に冒険者というモノを経験しておきたい……」
残る二人も、そんな事を言いながらジトッとした瞳を向けて来るではないか。
まったく、本当にウチのパーティは。
あっちこっちに個性が特出していると言うのに、仲が良いんだから。
「はいはい、それじゃ無事進級出来たら皆で登録に行きましょうかね。進級出来たら、だからね? 留年する様な奴が居たら、ソイツは仲間に入れないから。分かったらこれ以上減点貰わない様に、さっさと反省文やら報告書やら書いちゃいなさいな」
呆れたため息を溢しながら手をヒラヒラしてみれば、これまで以上に皆真剣に机に向かい始めた。
それで良い、まずは出来る事から。
私達は所詮学生で、出来る事は限られている。
更に言うなら、私達に解決出来る問題なんてたかが知れているのだ。
今回だって、私は足掻いただけ。
先生やローズさんが片を付けてくれたようなモノ。
それでも、良い経験になったのは確かだが。
「ねぇミリアー」
「今度は何? お腹でも空いた? ホレ、これでも食べなさい」
バッグから取り出した御菓子を相手の口に放り込めば、アリスは幸せそうな顔でもぐもぐしておられる。
「ちょっとミリア、最近私達とアリスの扱いに差が有り過ぎません? 贔屓ですわ、贔屓。私にも何か下さいな」
「そう? はいコレ、結構美味しいわよ?」
と言う事で、二人の前に菓子の袋を置いてみれば。
「ハハッ、ミリアは本当にアリスが大好きなんだな」
「急に変な事言わないでよガウル、アンタも“あ~ん”して欲しいとか言う訳?」
「いや、それは遠慮しておこう」
何やら妙な事を言い始めたガウルは、クククッと笑いながら私の出した菓子を摘まんでいる。
結局食べるんじゃないか、なら余計な事を言わなければ良いのに。
などと思いつつ、ぼうっと窓の外へと視線を向けていれば。
「ミリアミリア」
「何よ何よ。アンタは喋ってばっかいないで、早く書いちゃいなさいよ」
まぁたコイツは、すぐに気を散らすんだから。
何度目かのため息を溢して、アリスの方に視線を向けてみると。
「えへへ、何でもない」
魔女の孫が、幸せそうに微笑んでいた。
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