第93話 未来へ
「お招きどうも、アルテミシア」
「いらっしゃい、ミリアさん」
以前の教会へとやって来てみれば、シスターが柔らかい笑みを向けて来た。
件の事件で、一時期は人っ子一人居なくなってしまった教会だったが。
今では、数名の子供達が表の庭を走り回っていた。
その中には、白い髪色の子供達も混じっている。
「再開、出来たのね」
「えぇ、無実なのにも関わらず牢に入れてしまった償いだと言って。それなりの金額を頂いてしまいましたし、貴女のお師匠様から頂いたお金も残っていましたから」
アルテミスの孫であり、彼女の疑似転生先として扱われたシスター。
当初は既にアルテミスが乗り移っているのでは? という疑念も出たらしいが、事情聴取の結果問題無しと判断されたのだとか。
だからこそ、彼女はこの場に戻って来た。
そして成果は見ての通り。
今回は“魔素中毒者”の子供ばかり集めているという訳では無さそうだが。
「白い髪を持つ彼等も、普通の子供です。それを周囲に知らしめる活動に、変えてみました」
私の視線に気が付いたのか、彼女はそんな言葉を紡いで来た。
「……そう。とても、良いと思うわ。私が知っている魔素中毒者も、本当に普通の女の子だから」
彼女の表情を見れば分かる。
本当に心機一転、新しい活動を始めたのだろう。
その行いに後悔はなく、先を見据えている人の目だ。
もう大丈夫だと思わせてくれる、自信を持った人の顔をしていた。
「私は、貴女に謝らなければいけません」
「それを言うなら、こっちも一緒よ」
「しかし、謝らせては頂けませんか?」
「嫌よ、そしたら私達はお互いに頭を下げないといけなくなるでしょ? だったら、互いに諸々抱きながらもそのままで居た方が良いんじゃないかしら」
再び子供たちに視線を向けながら、シスターとそんな雑談を繰り広げていれば。
彼女は急にクスクスと笑い出し。
「ミリアさんは、意外と人をタラシ込むタイプなのですね」
「止めてよ本当に、シスターまで……最近仲間からそんな事ばかり言われてるんだから」
「でも、事実です」
「だぁかぁらぁ」
「フフッ、良いですね。仲間って」
やけに意味深な発言ばかりするシスターにジトッとした眼差しを向けてみたが、どうやら効かなかったらしく。
彼女は未だクスクスと笑い続け、微笑ましいモノでも見るかのような瞳を向けて来る。
あぁもう、どいつもこいつも。
「ミリアさんは、“魔女”になりたいと思いますか? 術師としては、最高峰とも言えるその場所に、辿り着きたいとお考えですか?」
急にシスターが、そんな事を言い始めた。
私なんかが、そんな境地に立てる筈がない。
笑ってそう返そうとしたが……止めた。
微笑んではいるが、この質問は真剣な問いなのだろう。
「ローズさん……今現存する魔女様には申し訳ないけど。とても、そういう存在になりたいとは思えないわ」
「それは、何故ですか?」
問いかけて来るシスターに対して、此方はニカッと微笑を返してから。
「ずっと一緒に居るって約束した相棒が居るのに、私だけ長生きしても意味無いでしょ? だったら、私は普通で良いわ。普通に生きて、普通に死ぬ。例え相棒に先立たれても、私だけが生き続けたらずっと寂しいままじゃない。だったら、死後の世界でまたバディを組むわ」
「プッ、フフッ。やはりミリアさんは、人タラシですね」
「流石に怒るわよ?」
そんな会話をしていれば、子供達が此方に走り寄って来た。
誰も彼も、私の事を物珍し気に見上げて来る訳だが。
彼等彼女等に対し、シスターは腰を折ってから。
「皆、御挨拶なさい? この教会を救ってくれた、とても強い魔術師様ですよ? そして、私のお友達です」
「……へぇ?」
「あら、駄目でしたか?」
「いいえ、良いわよ。貴女が認めてくれるなら、私は今後もこの場所に足を運ぶわ」
全く、人生とは不思議なモノだ。
ふとした瞬間に出会い、絡み合い。
そして一時は恨み合った仲だというのに。
今ではこうして、“友”として認めてくれるのだから。
「こんにちは、皆。私はミリア、よろしくね? なんと、“魔女の孫”の相棒をやっている魔術師です。すごいでしょー」
そんな挨拶をしてみれば、子供達はワーワーと声を上げて私の周りに更に集まって来る。
「魔女って怖くないの!?」
「怒らせると怖いかもねぇ。でも、普段は優しい人なんだよ?」
「その人も魔女なの!? 相棒って事は、お姉ちゃんも魔女!?」
「ざんねーん、私も相棒も普通の人間。皆と変わらない、本当に平凡な存在よ?」
その後も質問が飛び交い、私は一つ一つ答えていく。
魔素中毒者の子も居れば、そうではない子達も居る。
でも皆、興奮した様子で声を上げた。
本当に、変わらない。
例えその病気を持っていても、皆変わらないのだ。
「あぁそうだ、ミリアさんに一つお知らせが」
「何? 良い知らせなんでしょうね?」
子供達を抱っこしながら、シスターの声に答えてみれば。
彼女は、本当に幸せそうに微笑んでから。
「一人だけ、以前教会に居た子を見つけました。ナージャです、覚えていますか? 髪色が黒く染まった、あの子です。彼女だけは一般の家に養子として迎えられ、今でも元気に過ごしている様です。発作も、殆ど発生していないんだとか」
「……そう、良かった。アイツの研究も、少しは役に立ったって事かしらね。このまま研究が進めば、本当に魔素中毒の症状を完治させる薬が出来たりするのかもしれないわね」
「ですね。あの人は何処までも学者ですから、未だ研究を繰り返しているのでしょう。そして他の学者様も、数多く存在する。時代が進めば、この症状はいつか完治出来る病に変わるかもしれませんね」
それだけ言って、二人して緩い笑みを浮かべるのであった。
先の事なんて分からない、未来の事なんて誰にも分からない。
だからこそ、私達は今を生きるのだ。
明日を生きる為に、今日を生きる。
そんな事を繰り返しながら、人生を謳歌するのだ。
どうせ生きるなら、先を心配して下を向くより。
今日笑い合える仲間達と一緒に、上を向こうではないか。
少なくとも私には、そう教えてくれた仲間達が居るのだから。
「今度、アリスもココに連れて来るわ」
「えぇ、是非」
そんな訳で、本日は教会の子供達に一日時間を使う事になってしまったのであった。
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