第90話 大事だからこそ、壊せ


「クッソ速いわね! 相変わらず!」


 空中に向けて水弾を放ってみれば、空を駆けるアリスは平然と回避してみせる。

 駄目だ、単純な攻撃じゃアイツには当たらない。

 まさに空を駆ける獣。

 私の反応速度じゃ、相手を捕えられない。

 だったら!


「ホラッ! 来なさいよ!」


 敢えて隙を見せ、アリスに攻めさせる。

 そうすれば間違いなく相手は近づいてくるし、単体攻撃ではなく全体攻撃に切り替えれば当たる事には当たる。

 と言う事で、隙を見せた後すぐさま周囲全体に攻撃を放ってみれば。


「うぐぁっ!」


 私の背後から、そんな声が聞こえた。

 あっぶな! いつの間にか真後ろまで迫っていたらしい。

 でも、周囲に吹雪を発生させ押し出した影響で何とかなった。


「“スプラッシュ!”」


 すぐさま追撃して、相手に良い勢いの水をぶっ掛けた。

 鬱陶しそうに顔を拭いながら、再びアリスは此方から距離を置いた。

 向こうからも、此方にとっても射程外と言って良いだろう。

 とはいえ本気で攻め込まれたら、こんな距離アリスにとっては何でもないんだろうけど。


「ほら、どうしたの? 早い所決めないと、どんどん不利になるわよ?」


「……」


 随分と遠くに佇む彼女から、笑みが消えた。

 吐き出す息は白く染まり、身体はカタカタと震えているのが分かる。

 この周囲一帯の温度を、急激に下げているのだ。

 だからこそ私は相手に水をぶっ掛け、持久戦に持ち込むだけで良い。

 そうすれば相手は勝手に力尽き、私は防いでいるだけで勝ちが拾える。


「うがぁっ!」


「だから、いざという時の行動が単純だって言ってんの」


 アリスが地面を走り出してみれば、地表を泥沼に変える。

 次の瞬間には彼女はスッ転び、全身泥まみれになりながらも此方に牙を剥いて来た。


「アリス、来なさい。アンタが全部吐き出せる存在に、私は成ってみせるから。全部使って、私に牙を剥きなさい。それくらい出来ないと、生きていけないわよ? アンタは戦士に成りたいんでしょ? だったら……」


 絶対に言ってはいけない台詞を、私は言おうとしている。

 コレが彼女の為になるのか、正直分からないが。

 それでも。


「殺す事をビビるな! アンタが手にも持っているのは、命を奪う為の武器なのよ! 玩具じゃないのよ! だったら、私を殺すつもりで掛かって来い! ソレが出来ないのなら、そんなもの今すぐ捨ててしまいなさい!」


 アリスは、歪だ。

 あんな凶器を掴みながらも、殺す事を恐れる。

 本来は正しい精神状態なのかもしれない、普通だったらこうなってしまうかもしれない。

 でも。


「綺麗事だけじゃ生きていけないのよ! 時には相手を殺す決断だって必要になる、その度にアンタは立ち止まるの!? いい加減甘ったれるのは止めなさい! アリス! アンタはこの先も生きて行きたいんでしょう!? だったら、自分の力で掴み取りなさい! 自らの判断に責任を負いなさい! そんなんじゃ、ずっと守られるだけの存在になるわよ!」


 思い切り怒鳴り散らして二本の杖を構えてみれば、どうやら相手の逆鱗に触れてしまったらしく。


「うがぁぁぁ!」


 アリスは二本のチェーンソーを合体させ、更には口に咥えて四足で走って来た。

 足元が沼だからね、そっちの方が安定するのかも。

 でも、バカタレ。

 そんな大剣を顎だけで支えるとか、馬鹿のする事よ。

 歯は砕け、口からダラダラと血を流しながら迫って来る。


「いいわよ、来なさい。正面から受け止めてあげる」


 聖霊よ、応えろ。

 今この瞬間だけ、全力で。

 例え今後精霊術が使えなくなっても構わない。

 だから、お願い。

 アリスの一撃に耐えられるだけの力を、私に頂戴。


「勝負よ! アリス!」


「あぁぁぁぁぁ!」


 泥沼を抜けた彼女は大剣を掴み取り、思い切り振り上げた。

 ギュンギュンと唸るチェーンソーを、私に向かって構えている。

 ったくもう……そんな凶器を仲間に向けるんじゃないわよ。


「“プロテクション”!」


「だぁぁぁぁ!」


 私の作り出した防壁と、アリスが振り下ろしたチェーンソーがぶつかり合った。

 ギャリギャリと凄い音を立てながら、徐々に侵攻してくる刃。

 不味いコレ、押し負けてる。

 そもそも魔術を斬り裂く刃なのだ、こういう防御魔法だって大して役に立たないかも。


「ハハッ……暴走が収まる兆しなし。こりゃ、参ったな」


 正直、攻撃に転じてしまえば勝機はある。

 でも、それでは駄目なのだ。

 私が戦っているのはアリスで、殺して良い相手ではない。

 だからこそ、小さく笑ってから視線を逸らした。

 多分、もう数秒も保たずに私の防壁を貫通して――


「勝手に諦めてるんじゃありませんわよ! 貴女は、私達のリーダーでしょうが!」


 地に伏していた筈のエターニアの声と共に、ブラックローダーの腹に魔弾が直撃し太刀筋を逸らした。

 結果、チェーンソーは横に逸れ私の隣の地面に叩きつけられる。


「任せ……ろ!」


 私とアリスの間に入り込んで来たが鎧が、盾を使って無理矢理チェーンソーの刃を逸らし、追撃を許さない。

 あぁもう、本当に。

 問題児だらけだよ、ウチのパーティは。


「精霊よ、応えて。さっきのが最後なんて言ったけど、ごめんね。もう一回だけ、全力で応えて」


 出現させるのは、水。

 ひたすら水を作り上げ、空気を圧縮して押し出す圧力を上げていく。

 そして、ブラックワンドを構え。


「ごめんね、アリス。こうするしか無いっぽいからさ」


 謝ってから、狙いを定めた。


「「ミリア!」」


「分かってるっつぅの」


 ニッと口元を吊り上げてから、トリガーを引き絞ってみれば。


「ミリ、ア……」


「ん、大丈夫。一緒に居てあげるわ。だから、砕かせてもらうわね? “ウォーターカッター”!」


 私の魔法は、再び振り上げたアリスの大剣に直撃した。

 勢いよく回る回転刃に斬り裂かれた雰囲気はあったが、それでも押し負ける事無く突き進む水分。

 あのふざけた武器もこの水圧には耐えられなかったのか、金属が壊れる甲高い音を立てて、ジャラジャラと砕かれたチェーンをぶちまける。

 そして刃が付いていない本体に関しては、私の魔法の直撃を受け徐々に崩壊していく。


「ごめんね、アリス。アンタの大事なモノ、壊しちゃった」


 謝ってから、出力を更に上げた。

 とてつもなく固い金属で出来ているであろうソレを、私の魔法は易々と切断していく。

 コレが、私の最高火力。

 魔女の孫に対抗する為の、奥の手。

 とはいっても、仲間に守られながらじゃないと当てる事すら叶わなかっただろうが。

 それでも。


「ぶち抜け! ウォーターカッター!」


 私はもう一度、ブラックワンドのトリガーを引き絞るのであった。

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