第88話 私の牙


「……」


 ブラックローダーが上げる音が止み、アリスの姿は見失ってしまったが。

 空に上がった照明弾に気付き、その場へと急行した。

 そこには、私が思い描いた以上に最悪の光景が広がっていた。

 地に伏せているのは、エターニアとガウル。

 何故この二人が居るのかと言う疑問は残るが、息はあるみたいで呻きながら倒れている。

 そして戦地に未だ立っているのは。


「……アリス」


「くふっ、カカカ!」


 おかしな笑い声を上げる魔女の孫と、その後ろには今では牢獄に居る筈のシスター。

 いや、見た目はそっくりと言う程に似てはいるが。


「アンタが、アルテミスか」


『嫌ですね、本当に。今の時代、調べようと思えば個人の情報さえ簡単に漏れてしまう』


 クスクスと笑うシスターが、アリスの肩に手を伸ばした。

 その瞬間に、氷柱を勢いよく発射する。


「ソイツに触るな」


『あら、この子は貴女の“特別”だったのかしら?』


 未だ笑い顔を浮かべるソイツは気に入らないが、とりあえずアリスだ。

 広い庭のど真ん中でブラックローダーを掴み、此方に壊れた様な笑みを浮かべている彼女。

 でも。


「怖いの? アリス」


 歩み寄ってみれば、相手は姿勢を落として武器を構えた。


「休んでろって言ったじゃない。何で出て来たのよ」


 更に歩み寄ってみれば彼女から笑みは消え、グルルッと唸って此方を威嚇して来る。

 ホント、獣みたいだ。

 そして獣は、“怖がっている”時ほど牙を剥く。


「来なさい、アリス。アンタの半分は背負ってやるって言っちゃったからね、私に向かって来なさい。相手になってあげるわ、勝負しましょう……“喧嘩”しましょう、アリス」


「がぁぁぁっ!」


 二本の杖を構えた私に対し、二本のチェーンソーを持った魔女の孫が迫って来る。

 まるで初めてコイツの暴走を目撃した時を思い出すが、明らかに状況が違う。

 私は敵意を向けていないし、此方から攻撃した訳でもない。

 でもアリスは私を敵として、行動に移した。

 だが。


「うぐっ!?」


 此方の眼前に迫った刃は、ビタリと停止してしまう。

 絶対こうなると思っていた。

 だってコイツ、ブラックローダーのトリガーを引いていないのだもの。

 回転する筈の刃は停止したまま、これまで位置を知らせるみたいに鳴り響かせていた爆音は完全に停止している。

 つまりコイツは、私自身の事は認識している。

 アルテミスに、完全に操られている訳じゃないって事だ。


「どうしたの、アリス。それじゃ私は排除出来ないわよ」


「ミ、リ……ア」


「えぇ、ここに居るわ」


 それだけ言って、周囲に魔術防壁を張ってから破裂させるみたいにしてまき散らした。

 結果、不可視の防壁に押し返されアリスは後退する事になったが。


「来なさいアリス、全力で。相手になってあげる、アンタの発散に付き合ってあげる。だから、アンタに混じった余分な物まで全部吐き出しちゃいなさい。もはや後ろに居る若く見せているだけの年増とか、どうでも良いわ。私は、アンタだけを見て全力を出してあげる」


 こんな台詞、格好付けにしかならないかもしれないが。

 それでも今は黒幕がどうとか、アルテミスとアルテミシアがどうとか、全部後回しだ。

 目の前のアリスを取り戻す、そこに全力を注ぐべきだ。

 私に出来るかもしれない事で、私がやらなければいけない事。

 天命というモノがあるのなら、間違いなく私の役目はコッチなのだ。

 私にとっての優先順位の頂点は、ココにある。

 だからこそ、全力で“敵意”を向けた。


「怖いんでしょ? 排除したいんでしょ? なら、私を殺してみなさい。殺せるものならね。アンタが一番嫌っていた殺人という行為を、その殺意の刃を。私に向けなさい、そして……その全てを叩き折ってあげるから」


「がぁぁぁっ!」


 敵意を向けた事により、暴走状態の一線を越えたのか。

 彼女は、ブラックローダーのトリガーを引き絞った。

 でも、未だ踏み込めないでいる。

 全部吐き出しなさい。

 怖い気持ちも、嫌な気持ちも。

 全部全部全部、全て吐き出してお前を見せろ。

 私は、その全てを受け入れて、飲み込んで。

 それでもお前を抱きしめてやるから。


「精霊よ、応えろ! 私の願いを叶えろ! 私の想像する一番良い未来を実現しろ! 不可能を可能に、私に……アイツの隣を歩かせて! アリスを助けて、私を助けて! 二人で歩ける未来を、実現して!」


 虚空に叫べば、私の周囲に青い光の粒が輝いた。

 以前ローズさんの所で見た様な、美しい輝き。

 間違い無い、精霊たちは私の声に答えてくれている。

 しかも、これまで以上に。

 ならやる事は一つだ。


「さぁ、来なさいアリス。正真正銘、私とアンタの一騎討よ。全力をぶつけなさい、全力で掛かって来なさい! その全力に、必ず応えてみせるから!」


 それだけ叫べば、私達を猛吹雪が飲み込んだ。

 私の得意分野は、水と土。

 だからこそ、そこに賭ける。

 得意な魔法以外は使わない。

 コレは余分な事をしながら勝てる戦闘じゃないから、本来私が勝てるような相手じゃ無いから。

 だったら、全部のズルを使ってでも。

 例え泥仕合の様になっても。

 私はアイツを、取り返すんだ。

 私は、その結果を望んでいる。

 なら……自身の力で掴み取れ!


「何で、私の牙がこんなに大きいか……分かりますか?」


 いつか聞いた、アイツの決まり文句が聞えて来た。

 全く、この状況で。

 フッと口元を緩めて杖を構えてみれば。

 相手は私の作り出した吹雪を突き抜け、真正面から突っ込んで来た。

 そして。


「怖いから、だよ……助けて」


「最初からそう言えば良いのよ、バーカ。そんな状態で泣いてんじゃなわよ」


 飛び込んで来たアリスに向かって、ブラックワンドのトリガーを引き絞るのであった。

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