第87話 友人である為に


「エターニア……本気か?」


 私に続くガウルが、いつまでもしつこく声を上げて来るが。


「分かっています。こんな事をすれば減点どころではない上に、かなりの処罰を受ける事になりますわ。でも早まった筈の門限を過ぎてから、ミリアと先生が共にどこかへ行きましたのよ? 間違いなく今回の一件に関わりに行くと言っている様なモノではありませんか」


 多分、街中に足を進めたと思ったのだが。

 生憎と学園から抜け出す事に苦労して、最初から見失ってしまった。

 あぁもう、こういう時は斥候役のアリスの身軽さが羨ましい。

 ガウルは身体が大きいし、私は他の皆と比べれば身体能力が高い方ではない。

 ということで、探索と追跡が一番不得手な二人が残されてしまった訳だ。

 とはいえ、黙って学園に居ろと言われて納得出来るかと言われれば……当然無理。

 本日は体調不良とか言って授業を欠席した筈のミリアが、随分と覚悟を決めた表情で見慣れない軍服に身を包んでいたのだ。

 間違いなく、今回の“魔女狩り”に関わっている。

 そして、多分アリスも。

 結局決闘で勝てなかったからこそ、決定的な事は教えてもらえなかったが。

 それでも仲間の危機に、お部屋でお利口にしている程出来た人間ではないのだ。


「緊急事態宣言は、学園だけではなく街中にも発令されているようですわね。いつもよりずっと人が少ないですわ」


「まぁ、この時間に学生の俺達が出歩く事は出来ないがな。しかし、確かに少ない」


 しばらくミリア達を探し回ったのだが、結局見つからず。

 私達は当てもなく街中を探索している……が、あまりにも街中の雰囲気が違う。

 冒険者が通いそうな店は営業しているし、そこで楽しんでいる者達も多い。

 しかしながら他の店のほとんどが明かりを落とし、民間人がほぼ外出していないというのは異常だ。

 街中を歩く人々は、皆戦えるような見た目の装備に身を包む者だけ。

 まるで戦争でも控えているのかと言う程、ピリピリした雰囲気が伝わって来る。


「間違いなく、今回の一件は異常だって事だけは分かりましたわ」


「まぁ、魔女に近しい存在が関わって来る事例だからな。そして相手は、国に対して牙を剥こうとしている可能性がある」


「ガウル、もう鎧を着ておいた方が良いのではなくて? むしろその方が目立ちませんわ」


「だな、物陰で装備してくる」


 二人揃ってそんな感想を残し、ガウルの準備が終わってから再び暗い街中を歩き出してみれば。

 突如として、眼の前の建物が爆発でもしたのかと言う程に……弾けた。

 すぐさまガウルが盾を構えつつ私の前に立ってくれたから良かったものの、少し遅れていれば瓦礫の雨を正面から食らっていた事だろう。


「ワーウルフだ!」


「またですか!? コイツ等の繫殖期か何かですの!?」


 タンクの後ろから身を乗り出し、銃を構えてみるものの。

 やはり、前回と同じ様な個体。

 首からは魔石の付いたネックレスを下げており、手には武器を握っている。

 つまり、魔法攻撃はほぼ通用しないと言う事だ。


「あぁくそっ! 最悪ですわ! 私の攻撃じゃ大して通りませんわよ!?」


「此方でどうにかする! エターニアは下がって――」


 二人でどうにか相手を制圧しようと動き出した所で、周囲から集まって来る兵士達。

 そしてミリアが着ていたのと同じ制服を纏った者達も、すぐさまこの場に到着したではないか。


「そこの二人! 早く下がれ! コイツは我々で対処する!」


 一人の男が声を上げれば、周りの人々は連携しながら動き始め。

 ワーウルフの攻撃を防ぎつつ、確実に包囲していく。

 流石はプロ、学生とは全く動きが違う。

 そんな風に関心していられれば良かったのだが。


「……アリス?」


 暗い夜道でも目立つような赤い外套が、フラフラと裏道を歩いて行くではないか。


「ガウル! ここは皆様に任せて移動しますわよ!」


「なっ!? 良いのか!?」


「良いも何も、この人達はプロ! 私達が居ても邪魔になるだけですわ!」


 都合の良い言葉を並べて、先程見えた赤い外套を追って裏道に飛び込んだ。

 視線の先には、街角を曲がっていく赤い後姿が。


「アリス!」


「アリスが居たのか!? どこだ!」


 私達は二人して大声を上げながら、ひたすらに路地を走る。

 状況は分からないが、今ここに学生が出歩いている時点で異常。

 此方と同じ理由で彼女が出て来たというのなら分かるが、アリスは今魔女の元へ預けられている筈。

 そもそもココに居る事がおかしいのだ。


「これは、どういう状況だ!? 何故アリスがココにいる! 彼女は、かの魔女の元へ向かったのではないのか!?」


「私にだって分かりませんわよ! でも間違いなくアレはアリスですわ!」


 もっと言うなら、こんな大声を上げながら会話をしているのだ。

 彼女なら、私達の声を聴いて立ち止まってくれてもおかしくない筈なのに。

 それでも彼女は歩き続け、私達が追い付くころには。


「……教会?」


「しかも、この街で一番大きな場所だな」


 随分と御大層な門の向こう、聖堂前に広がる庭でアリスは佇んでいた。

 そして、ゆっくりと此方に振り返ってみれば。


「本当に、アリスですの?」


 彼女の灼眼が、闇夜の中で輝いていた。

 その瞳は、間違いなく私達の事を認識してない。

 それどころか、まるで敵を目の前にしたかの様な雰囲気。

 これは……どう言う状況? まさかまた、暴走しているとか……。


『余分なモノが紛れ込んだみたいですね』


 どこからともなく、そんな声が聞えて来た。

 声の主を探して視線を動かしてみると、その人物は聖堂前に立っていた。

 何故今まで気が付かなかったのか、ソレを不思議に思う程堂々と。

 若いシスター。

 その手にランタンを掲げ、此方に冷たい視線を投げかけて来ている。

 視覚情報だけなら、その筈なのだが……。


「エターニア、警戒しろ。あれは人間ではない」


「え?」


 隣に居たガウルが、随分と険しい雰囲気で前に出た。

 そして。


「貴様は何だ? 精霊……でも無いな。俺は、そういうモノが昔から見える質でな。しかし貴様は、あまりにも歪で“汚い”。精神に纏わりついてくる様な、実体の無い何かだ」


 そう言い放ったガウルが、大斧を構えた。

 もはや私の理解の範疇を超えてしまっているのだが、相手は楽しそうに微笑みを返し。


『意外と、才ある人物は居るものですね。こんな時代に、精霊が見えると言葉にしますか』


「あぁ、するさ。俺は回りくどい言葉を使うのが苦手だからな」


 それだけ言って、彼が武器を手に飛び出してみれば。

 彼の突進に対してアリスがいち早く反応し、正面から受け止めたではないか。

 手にしているのはブラックローダー。

 彼女が一番、人に向けるのを怖がっていたソレを。

 今は、ガウルに向けている。


「アリス、聞け! ソイツは普通の人間じゃない! お前が守るべき対象ではない!」


「ケヒヒッ!」


 暴走状態のアリスは、ガウルの声に耳を傾ける事なく蹴りを叩き込んで来た。

 あの小さい体で、どうやったらそんな威力が出せるのかと思う程の強打。

 攻め込んだガウルが押し返される程の一撃を、彼女は仲間である彼に対して放って来たのだ。


「最悪、ですわね」


「だが、アレはアリスだ」


「分かってますわ……だからこそ、見捨てません」


 此方も此方で、銃を用意してから狙撃式を装備した。

 これは、非常に不味い。


「ガウル、しばらくアリスを抑える事は可能ですか?」


「無理だ、俺の足では追い付かない。しかし、今の彼女なら……」


「敵意を向ければ、迫って来てくれる!」


「行くぞ! 後ろのヤツを頼んだ!」


 二人して一斉に飛び出し、ガウルはアリスへ。

 私は後ろに立っているシスターに向かって銃を構えてみたが。


『どうして、誰も彼もが邪魔をするのでしょうね? 私は救われたいだけなのに、才ある者程私を除け者にする。本当に、私はこの世界が嫌いです』


 そんな言葉を残しながら、彼女がフッと微笑みを溢せば。


「え?」


 お腹の方で、メリメリって音がした。

 視線を向けてみれば、急接近して来たアリスの膝が、私のお腹に叩き込まれているではないか。

 アリスには敵意を向けていない筈なのに、私に攻撃目標が移った?

 であれば、本来の暴走状態とは違う。

 今の彼女は、あのシスターに操られている様な状態なのか?


「エターニア!」


 走り寄って来るガウルを視線に納めながらも、身体が自由に動かない。

 前衛の攻撃って、こんなにも重い物だったのか。

 普段二人は、こんな攻撃をその身に受けているのか。

 でも。


「まだアリスは、そこに居ますわ! 今の一撃で私を殺さなかったのが証拠。ガウル! どうにか事態を引き延ばして下さいませ!」


 血を吐きながらも、叫んだ。

 そこに居る、間違いなくアリスはまだ意識を保っている。

 その上で、“暴走させられている”。

 だったら。


「私達に出来る事をしますわよ! まずはアリスを一時的にでも抑えます! 後ろの鬱陶しいのは、それからですわ!」


 空に向かって、照明弾を撃ち上げた。

 届け、届いてくれ。

 彼女も街中に出てきている筈なのだ。

 だったら、気が付いてくれ。

 私達のリーダーであり、アリスの隣を常に歩いていた彼女。

 あの子なら、きっとアリスを止められる。

 全てを理解し合っているのではないかと思う程に、二人は通じ合っていたのだから。

 魔女の孫、その相棒であるミリア。

 お願いですから、私の灯に気付いて下さいませ。


「行きますわよ!? 以前の殴り合いの続きですわ! アリス、こっちを見なさい!」


 彼女から貰った一撃により、腹部からはジンジンする痛みが伝わって来るが。

 それでも、銃を構えた。

 私は、彼女達と同じ場所に立つと決めたのだから。

 だからこそ、意地でも武器を構えた。


「お友達ですものね。こういう時は、私達が助ける義務がありますのよ!」


 引き金を引き絞ってみれば、発射される魔法を斬り裂きながら接近してくる魔女の孫の姿が。

 相変らず私のお友達は……出鱈目も良い所だ。

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