第86話 討伐隊
「先生!」
「貴様は住人の避難を優先しろ、魔物の対処は此方でやる」
その場に居たのは、ワーウルフが五体。
まとまった戦力を一気に送り込んで来た訳だ。
つまり、これまでの様子見とは違い本気で攻めてきている証拠。
そして流石に、私ではワーウルフ五体を相手にするのはキツイ。
と言う事で戦闘は先生に任せ、私は周囲にまだ残っている人達の元まで走ると。
「大丈夫ですか!? 早く避難を!」
「待ってくれ! この下に一人残ってるんだ!」
倒壊した建物。
その近くに数名が集まっていると思ったら、こう言う事か。
確かに、ソレは残ってくれていて助かった。
「下に居る方! 聞えますか!? 今から助けます! どこか身体に異常があったり、建物に潰された箇所は有りますか!?」
瓦礫の下を覗き込みながら叫び声を上げてみれば、確かに人の腕が見える。
「た、助けてくれ! いてぇ、いてぇよぉ……」
「瓦礫を退かす前に答えて下さい! 潰されたり、押さえつけられている個所はありますか!? もしも負傷していた場合、このまま退かすと大量出血の恐れがあります!」
物体により四肢などを押しつぶされた、そしてソレの影響で怪我をしていた場合はすぐに撤去してはいけない。
これは普通の授業で先生に教わった事。
押しつぶされている影響で現状は止血されているが、ソレを退かしてしまえば一気に血が噴き出す。
まずは一度潰されている部分の根元を縛って血を止めておくか、解放した瞬間に即効性のある回復魔術で完全回復させるくらいしないと、逆に相手を殺してしまう事になると言われたのだ。
「あ、脚だ! 右足が潰されてる! 足首が千切れそうなくらいに痛い!」
「了解です! すぐそちらに行きますから、ちょっと待っていて下さい!」
それだけ言って、倒壊した瓦礫を動かさないように固定していく。
下手に弄ると崩れ落ちて来そうなので、本当にギリギリの保険程度に防壁で包み込んだだけだが。
「おいおいおい嬢ちゃん! まさか中に潜るつもりか!?」
「私なら入れる程度に隙間があります、大丈夫です」
自らと潰されている相手に保護魔法を掛けてから、杖を投げ捨て匍匐して瓦礫の中に潜り込んだ。
入ってみれば、意外とスペースがある。
多分屋根なんかの、しっかり固定された部分の一部が落ちて来たのだろう。
明かりを灯してみれば、足首を押しつぶされた男性が此方に向かって手を伸ばしているのが見えた。
よし、これなら動ける。
「もう大丈夫です、一度足を縛りますから我慢して下さいね」
「すまねぇ……ありがとう、ありがとなぁ……もう駄目だって、そう思ってて……」
「大丈夫ですから、ちょっと待って下さいね」
ズリズリと前進し、相手に身体を押し付ける程の距離で移動しながら脚まで移動していく。
医療用のベルトを引っ張り出して、相手の脚に巻きつけから。
「痛いですけど、暴れないで下さいね」
「わ、分かった! 意地でも暴れねぇから、早くしてくれ……」
「では」
思い切り、ベルトを引っ張って止血した。
これで大丈夫、とは言い切れないが。
でもそのまま引っ張り出すよりマシだ。
「ガァァァ……っ! いってぇぇ!」
「頑張りましたね、もう大丈夫です。では、瓦礫を退かしますから」
「いやいや、待て待て待て! この状態で、アンタ魔法使えるのか!? 絶対崩れて来るぞ! それに杖だって持ってない!」
「大丈夫ですよ、任せて下さい」
相手に顔が見える所までズリズリ後退してから、ちゃんと顔を見せて言葉にした。
こういう状況に陥った時、相手はどこまでも心が弱っていると思った方が良いらしい。
だからこそ「大丈夫」としっかり言葉にして、相手の目を見る事。
そうする事で、驚く程パニックに陥る事が少なくなるのだとか。
「聖霊よ、応えて」
そう言ってから、周囲の瓦礫に触れた。
今は杖を置いて来てしまっているから、いつも通りの威力も出せないし制御も難しいが。
その分、精霊に頼る。
「私達を守る防壁、周りにも人が居るから二次被害が出ないように、ゆっくり。半重力、瓦礫全てに浮遊魔法を掛けて、一度持ち上げる。崩さない様に、気を付けて」
「あ、アンタ……いったい何を……」
要救助者からは随分な瞳を向けられてしまったが、それでも術は行使された。
少しだけ瓦礫が揺れ動いたかと思えば、そのまま段々と浮上していく。
「あがっ! がぁぁぁ!」
「すぐ足を引きぬきます! 我慢して! 外の人達! 私達を引っ張り出して下さい!」
徐々に周囲の光が入って来て、崩れていた建物そのものが浮かび始めた頃。
私は彼の身体に腕を回し、入って来た方向へと脚を伸ばした。
「何がどうなって……お嬢ちゃん! 引っ張れば良いのか!?」
「お願いします! もう固定されてはいませんので、思い切り脚を引っ張っちゃって下さい!」
そんな訳で、私と一緒に引っ張り出される男性。
彼に向かって治癒魔法を施すが……生憎と、私はそっちの専門家ではないのだ。
「とりあえずの止血は済ませました。とはいえ完全に治った訳ではないので、脚の拘束は外さないで下さい。この人を担いで、治療術師が居る所まで避難してくれますか?」
「お、おう! 任せておけ!」
「ありがとな! 嬢ちゃん!」
それだけ言って、残った人たちは彼を即席の担架に乗せて走り出した。
かなり荒っぽい治療をした訳だから、本職の方から見たら相当怒られる様な事態かも知れないが。
それでも、あのまま引っ張り出すよりマシな筈だ。
ひとまず事態は終結したと言う事で、少しだけ浮かせた建物を地面に落としてみれば。
ズドンという凄い音と共に、周囲に土埃が舞い。
「う、うわぁ……悪い事しちゃったかな。でも、もう崩れてたし」
小さな居酒屋、みたいな大きさだったソレは完全に瓦礫の山と化した。
私が見た時には、まだ屋根とか残っていたけど。
今では完全に壊れた木材の山だ。
はぁとため息を溢してから、杖を拾い上げ戦場へと視線を戻すと。
「そっちは終わったか、ミリア」
「えぇと、はい……そっちも、問題無さそうで何よりです」
此方を振り返った先生の向こう側では、地獄が広がっていた。
数多くの魔物、多種類の魔獣。
そんなモノが、数が居た筈のワーウルフをまとめてミンチにしていた。
言葉通り、圧倒的な数の暴力。
コレが先生の戦い方、混沌の軍勢の支配者。
正直、見ているだけでも肝が冷える。
「さて、次だ。相手は今回で決めるつもりでいるらしいぞ」
先生が視線を向けた先には、新たなワーウルフが数匹。
ほんと、今日で終わらせるつもりでいるみたいだ。
でも残念、アンタが求めてるアリスはローズさんに預けている。
だとすれば、いくら暴れようと無駄な行い。
アルテミスの願いは、絶対に叶わない。
なら全て殲滅して本人を探し出せば今日で終わる。
その、筈だったのだが。
「……え?」
視線の先、ワーウルフの群れのその先に。
一瞬だけ赤い外套が見えた。
「アリ、ス?」
「どうした」
「先生! ワーウルフの向こう! 今アリスが居ました!」
「お前は何を言っているんだ?」
どうやら先生には見えなかったらしいが、それでも間違いなく見た。
あの赤い外套は、やけに目立つデカいフードは。
見間違う筈もない。
いつもアイツが着ていた、あの赤い外套だったのだ。
「先生、独断行動の許可を下さい」
「駄目だ。我々の仕事はまず、このワーウルフの対処だ」
「先生! でもアリスが居たんですよ!? 相手が狙っていると思われる人物が、今目の前に!」
「お前の見間違いだろう。流石に魔女の目を盗んで仕掛けられる程の相手とは――」
なんて会話をしている内に、ブラックローダーの騒音が聞えて来た。
遠くから、まるで存在を知らせるかの様に。
「……先生、許可を下さい」
「チッ、私もすぐに向かう。浮遊魔法は習得していたな? 行け、戦闘は極力控える様に。敵に遭遇した場合は迷わず空に逃げろ」
「了解です」
それだけ言って杖に腰掛け、一気に上空へと飛び立った。
眼下では早くも戦闘が始まり、数多くの獣達が潰し合っている。
こっちはもう、心配する必要などないのだろう。
だって先生が相手をしているのだ、まず負ける事はない。
だからこそ、私はあのチェーンソーの音を頼りに空からアリスを探すのであった。
「なんで、なんでここに居るのよ。アリス」
今だけは、絶対に見たくない姿だったのに。
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