第85話 特別であっても、万能ではない


「呪い……精霊と同様不可思議な力とされていたアレね」


 思わず、ため息を溢してしまった。

 本来こんな報告を受けても、ここまで考え込む事は無かっただろう。

 ただし、今回報告を上げたのが“あの”カリムだと言う事だ。

 私の精霊術を、いつまでも信じずに最後まで文句を言って来た召喚士。

 だからこそ、そう言った事例をあまりにも警戒している事に違和感を覚えた。

 技術として発展した魔術や錬金術。

 そういうモノ以外に興味を示すというか、あえて言葉にするのは彼らしくない。


「死霊術や呪いに関しては、私も専門外だから……なんとも言えないけど。まぁ実際、怪しげな気配はあるのよね」


 なんて言葉を吐きつつ、資料を投げ捨てた。

 でも、アイツがこれだけ警戒している内容。

 だったら此方も警戒して置く必要があるのだろう。

 相手は魔女になれなかった出来損ない、そう言葉にしてしまえば簡単なのだが。

 魔女に成れるか成れないか、その一点で相手の力量を計れる程世界は甘くは無いのだ。

 実際ミリアさんは私に傷を負わせた訳だし、“魔女を殺す”事自体は不可能ではない。

 つまり、魔女とは人類の進化系の一つではあるが完全ではない。

 私は精霊術に特化した人間として魔女に至ったが、万能ではないと言う事だ。

 もっと言うなら、別の意味で魔女に成った人物が居たとしてみよう。

 互いに得意分野が似通っているのなら、勝負くらいは出来るかもしれないが。

 もしも特出している部分が違えば、一瞬で決着が着く事が予想される。

 それくらいに、尖った存在と言って良いだろう。

 でも多分、魔女同士が出会ったとすれば初回は目を逸らしてしまうと思う。

 思いつく言葉は、“ご愁傷様”だ。

 永遠の命、見た目が一切変わらないと言うのは。

 良い事ばかりではないのだ。

 一時期だけ見れば、羨む人物はいるだろう。

 しかしながらソレが数十、数百年と続けば。

 自らは異物なのだと、嫌でも自覚してしまう。


「そこまで魔女に拘る理由は何? 死ぬのが怖い、それは生物として普通。それを回避したいの? それとも若い姿のまま保っていたいの? それとも単純に力が欲しいのか……何故貴方は、魔女に拘るの?」


 カリムの報告書を読んでも、アルテミスの考えが読めない。

 何のために、魔女に成りたいのか。

 何のために、血縁者さえ犠牲にしても生き残りたいのか。

 そこまでする程の理由が、全然見えてこないのだ。


「今回のテロ紛いの行動目的は何? 何故他を巻き込んでまで一気に行動に移したの? カリムの言う通り私を恨んでいるなら、私だけを攻撃すれば良い。魔女に成りたいのなら、私に再び協力を求めれば良い……だと言うのに、ここ最近で一気に行動を起こした理由は何?」


 どう考えても、効率が悪すぎる。

 私に対して何かしら圧力を掛けるにしても、国に訴えかけるにしても。

 あまりにも行動的過ぎる上に、自らの都合を優先し過ぎている。

 これでは素人が国家転覆を目論んだか、衝動的に動いた人間の行動に思えて仕方ない。

 でも相手は魔女を目指し、カリムにもそれなりに認められていた人物。

 そう考えると、突発的な行動とは考え辛い。

 でも相手は人族なのだ、ある程度はそういう感情が含まれていたと考えるべきだろう。

 だとすれば、何だ?

 私が警戒したワーウルフが全て関係しているのなら、アリスが最初にダンジョンで出会ったソイツも無関係ではない筈。

 であれば、ソイツを作る為に数年前から何かしら研究していた筈。

 そして教会に居た神父は、十年ほど前に依頼を受けて街にやって来たと言っていたらしい。

 では、どう言う事だ?

 相手は何をきっかけにこんな事を始めた?


「あ……」


 そこまで考えて、ふと思いついた。

 数年という年月は私達にとっては息をするほどに短いが……人族にとってはとても長い。

 準備を初めて、十年もあれば新しい術式を組み立てられる事だろう。

 そして十年前、つまりその頃アリスは五歳。

 彼女を連れて、私は街中を歩き回った記憶がある。

 それまではかなり周囲に気を使って、発作が起きない様にと家族ぐるみで気を配った訳だが。

 子供本来の安定期というか、外に連れ出して遊べる年齢として。

 娘から、初めて私一人で任された記憶がある。

 小さいアリスと手を繋ぎ、色んな所を歩き回った。

 遊びたい、コレが欲しいとせがむ物はみんな買ってあげて。

 そして疲れて眠ってしまったアリスを抱っこして、娘の元へと送り届けたり。

 また次の日にも一緒に出歩き、あっちもこっちもと遊び歩いて。

 私もアリスも笑っていて、二人でいつまでも楽しんでいた記憶。


「は、ははは……もしかして、その光景を見て。相手は計画を実行に移したの? だとしたら、相当性格が捻じ曲がってるわよ」


 でも、それ以外に思いつかない。

 相手は、私を知っている。

 でもアリスを知る機会は、関係者でもない限り少ない筈だ。

 魔女の孫という話が、彼女の耳に届いていれば話は別だが。

 それまでは、本当に隠れる様にして生活を送っていたのだ。

 国の関係者でもない限り、当時で孫娘の存在を知る機会など無かった筈。

 だが、相手は間違いなくアリスに狙いを定めている。


「魔女と言う存在に対しての嫉妬なのか、それとも環境に対しての嫉妬なのか。それは知らないけど……そう言う事で良いのかしらね? 間違いなく、アンタは“嫉妬の魔女”よ。なんたって、相手の幸せ奪う事で報復しようとしているのだから。貴女を認めなかった私に対しての、ただの復讐。もしくは魔女に成る事で私を見返そうとしているのか」


 顔面を押さえ、周囲に魔力を放ってしまった。

 耐えられる訳がない、抑えられる訳がない。

 私に恨みを抱いているのなら、私だけを攻撃対象にすれば良いモノを。

 相手は、私の愛する家族に牙を剥いた。

 あまりにも遠回りで、性格の悪い嫌がらせ。

 もっというなら、その上で自らの欲望を叶えようとしているのだ。

 ハハッ……本当の“魔女”が生れようとしているという訳だ。

 誰からも恨まれ悪逆非道な行いを繰り返す様な、怖い存在の魔女。

 物語に登場しそうな、そんな絶対悪がこの地に誕生しようとしている。


「死霊術師がどうとか言うつもりはないけど……やっぱり良いイメージは持てないわね。そして魔法が効きづらい魔物は、もしかして私に対する兵隊のつもりなのかしら。最初から狙いは私で、アリスはきっかけに過ぎない……」


 そんな事を呟きながら、ため息を溢して庭へと踏み出した。

 アリスが外で遊んでいる筈だ。

 そろそろ暗くなって来たから、ご飯にしようと呼び戻すつもりだった。

 だというのに。


「アリス?」


 声が届く範囲に、孫の気配が感じない。

 おかしい、だって使い魔や精霊にも見張らせていた筈なのに。

 それでも、この家の周囲にアリスの気配を感じないのだ。

 何故、気が付かなかったのか。

 それは間違いなく、外部からの影響。


「アリス……アリス! どこに居るの!?」


 必死に叫んでみるが、声が返って来る事はない。

 どこか森の奥へ踏み込んでしまったとか……いや、それはあり得ない。

 あの子は、そこら辺の人間より森の怖さを良く理解している。

 だとすれば……。

 チッと舌打ちを溢して周囲を見回してみれば。


「貴方達、何をそんなに怯えているの?」


 何種類かの精霊が、随分と怯えた様子で此方に近寄って来るではないか。

 間違いない、コレは何かあった。


「使い魔を使ってカリムに報告……それから娘にも……あぁもう!」


 バッグから取り出した杖に腰掛け、一気に上昇した。

 周囲に視線を向けてみるが、やはり孫娘の姿は無し。

 だとすると……これは。


「不味い事になったら、全部お婆ちゃんが戦ってあげるから……お願いだから、心に傷が残る様な事態にはならないでよね」


 周囲をしばらく探索した後、私は街に向かって一直線に飛行した。

 アリスが本気で街へと走った場合、多分此方と大して変わらない速度で到着しているのだろう。

 だとすれば、今頃。


「最悪の事態にはならないでよ……お願いだから。あの子の首の傷、多分呪いが掛かっているんだから……」


 精霊と同様、呪いとは一般人には理解出来ないものとして扱われている。

 当然私にも、理解出来ない魔法の使い方。

 所謂“呪術”。

 アレは元々存在する精霊云々と違い、人間の感情に左右されるモノらしい。

 我々“特別”とされる術師は、特別であって万能ではない。

 つまり、専門外の術を行使されると……てんで対処出来ないという弱点を持ち合わせている。

 今回の件なんて、まさにそうだ。

 私の専門は攻撃魔法と精霊術。

 呪術とか死霊術というモノは専門外なのだ。

 それこそ、強い魔力でも漂わせない限り気が付けない程に。


「アリス……アリス! どこに居るの!?」


 到着した街の上を飛び回り、必死に孫娘を探す魔女。

 ホント、情けないったらありゃしない。

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