第84話 逃げる事は許されない


「私は、どうすれば良いんだろう」


 その答えが未だ見つからず、庭に出て来た。

 現在はお婆ちゃんの家にいるから、何も心配ないって言われている。

 だからこそ、こうして一人で外に出られる訳だが。

 そもそも一人で外に出るだけで、周りに心配を掛けてしまうって何だ。

 この時点で、相当特殊な存在って事に他らない。


「精霊よ、答えて」


 そういって掌を正面に向けてみても、ミリアやお婆ちゃんが術を使っている時の様なキラキラは集まって来ない。

 やっぱり私には、才能がない。

 出来る事は、武器を振り回す事だけ。

 それさえも出来なくなってしまった私に、どれほどの存在価値があるのだろう。

 なんて事を思ってしまうと、気分が沈むのでなるべく考える事を止めるようにしたが。


「ねぇ……答えてよ。私には、ちゃんと君達が見えるんだよ? なんで答えてくれないの? どうして私には力を貸してくれないの? ソレがあれば、私は皆と同じ所に行けるかもしれないのに」


 そんな事を言いながら、周りに漂うキラキラした物体に手を伸ばす。

 まるで私の掌から逃れる様に、皆離れて行ってしまうが。

 駄目か、駄目だよね。

 昔からずっと試して来た事なのだ、今更私に力を貸してくれるはずがない。

 だから私は、私だけで強くなるしかない。

 ソレが分かっているからこそ、自らに出来る事をひたすら強化してきたのだ。


「ミリア、今頃どうしてるかなぁ……」


 ポツリと呟きながら、空を見上げた。

 エターニアも、ガウルも。

 皆どうしてるかな。

 急に居なくなった訳だし、心配してるかな?

 全然気にされなかったら、ちょっと傷付くなぁって思ったりするもするけど。

 でもその方が良いのかもしれない。

 皆はちゃんと未来があって、これからの人生が待っているのだから。

 でも、私にはソレが無い。

 いつまで保ってくれるか分からないに命に、その状況でもお婆ちゃんに付きっ切りで保護してもらうくらいだ。

 私は、何のために生まれて来たんだろう?

 こんなに短くて、なんにも残せない命なら。

 最初から生まれて来なければ良かったのかな。

 最近、そんな風に思ってしまうのだ。

 私が何かやる度に、周りを傷付ける。

 皆を心配させてしまう。

 だったら、最初から何もやらない方が良い。

 いつまでもこうして森の奥に引き籠って、最期の時を最低限の人数で過ごせば良い。

 そんな風にも、考えてしまうのだが。


「嫌だよ……そんなの、嫌だ。私は、友達と一緒にもっともっとやりたい事があるんだ」


 グッと胸元の服を掴み、呟いてみれば。

 少しだけ精霊が集まって来た……気がする。

 なんだろう、励ましてくれてるのかな。


「私は、もっと生きていたい。皆と一緒に居たい。それに……ミリアの役に立ちたい、隣に居たい。ミリアは冒険者になるって言ってたっけ、だったら私も一緒に登録して、ミリアの手伝いをするのも良いかも。そんな風にして、ずっと一緒に居たい」


 言葉にすればするほど、欲望が漏れて来る。

 嫌だなぁ……全部、諦めていた筈なのに。

 だというのに、しっかりと言葉にする程。

 私の“やりたい事”が溢れて来た。


「エターニアは、きっと卒業したら忙しくなっちゃうんだろうな……でも、たまに会ってお喋りしたい。私には分かんないかもしれないけど、愚痴を聞けるくらいには頭が良くなりたいな」


 赤い光が、私の元へと寄って来た。


「ガウルは……どうなるんだろう? でも貴族だし、多分忙しいよね。でもまた一緒に訓練したいなぁ……ガウルの一撃は、凄く重い。私なんかと違って、色々背負ってるんだって感じられるくらいに。私は、ガウルからいっぱい教わったから」


 緑色の光が、私の周りを飛び回った。


「ミリアは……ミリアは。どう、したいんだろうな。ミリアがしたい事を、やってほしいな。私は少しでも、その助けになりたい。ミリアの重荷になりたくない……分かってる、分かってるんだよ。でも、今の私じゃ足枷にしかならない。だから、変わりたい……そう、思ってたのに……」


 青い光が、私の周りに集まって来た。

 まるで慰めるみたいに、色とりどりの精霊が私の周りを飛び回っている。

 でも、私には精霊は扱えない。

 だからこそ、意味が無い。

 私は、出来損ないだから。


「あぁ……もう少しちゃんとした形だったら、私もマシだったのかな」


 そんな事を言いながら夜空を見上げていれば、目の前から。


『では、変われば良いではありませんか』


「え?」


 いつか聞いた声が、聞こえて来た。

 ゆっくりと視線を下げてみれば、ココに居る筈のないシスターの姿が視界に写り込んだ。

 本当に、シスター?

 こんな所に居る訳無いし、あのシスターは……ここまで不気味に表情を歪める人なのだろうか?


『貴女が変われば、全てが覆ります。“変化”を起こしましょう?』


「貴女は……誰なの?」


『私は、アルテミス。貴女を変えられるただ一人の人間。貴女によって変われるただ一人の存在』


「変わる……どんなふうに?」


『苦しまない様に、辛くない様に。そして私は、長年の願いを叶える事が出来る。協力して? 魔女の孫、貴女と言う鍵が、必要なの』


 周囲の精霊は離れて行き、目の前には以前見た時と同様。

 マッチに明かりを灯したシスターが、此方に向かって掌を差し伸べていた。

 この手を取れば、多分全部終わる。

 私の求めていた物とか、そういうの関係なしに全て終わる。

 それが分かっているのに、何故かゆっくりと掌を伸ばしてしまった。


『もう、良いのです。間違っているのは世界、貴女では無いのです。だから、もう楽になりましょう?』


 甘い言葉を洩らしながら、彼女は私の手を掴んで来た。

 選んだ訳じゃない、決断した訳じゃない。

 だというのに、相手から“引き込んで来た”。


「や、嫌だ! 私はそんな事望んでない!」


『望んでいるでしょう? 認められたい、誰かに一緒に居て欲しい。一人は辛い、だから他の何かを求めている。だったら、私が用意して差し上げます。良かったですね、もう貴女は一人ぼっちにならない』


 それだけ言って、彼女は自らの胸の中へと私を引き込んだ。

 彼女に抱かれた瞬間、身体全身から色んな物が入り込んで来た。

 私が、私じゃ無くなっていく。

 そんな感覚を覚えながら、彼女を見上げてみれば。


『やっと手に入れた。器にしても良いし、駒にしても良い。貴女はとっても便利な人間、私にとってすごく重要な人物なのよ?』


 ニィっと微笑むシスターが、私の事を更に強く抱きしめて来た。

 あぁ、違う。

 これは、仲間とか誰かを救うとか、そういう事を全然考えていない人の顔だ。

 だからこそ、私の望んでいるソレとは違う何か。

 ソレは分かるのに、感じ取れるのに。


「……ケヒッ!」


 私の口からは、おかしな笑い声が漏れる。

 そして先程まで集まってくれていた筈の精霊は、見事に皆離れて行ってしまったのであった。

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