第83話 明日に繋げる為に
「来たか、体調はどうだ?」
「問題ありません」
短い会話だけで済ませ、私達は街中へと歩き出した。
支給された白いローブに身を包み、両手に杖を掴みながら。
本来街中で武装をチラつかせる行為は、あまり推奨されないと言うか。
私達の様な術師ならそこまで問題とされないが、戦士が鞘から剣を抜いた状態で歩き回っていれば流石に止められる。
と言う事で術師も杖を隠せるようなら隠せ、程度の認識はあるのだが……今回の制服を着ている以上、ソレが全て許されるらしい。
正直、この配慮には助かった。
私の杖、片方は物凄く物々しい見た目をしているし。
そんな訳で二人街中へと足を向けてみれば……いつもの光景が広がっていた。
魔女関連の情報が公表されたとは思えぬほど、本当にいつも通り。
「変わりないというか、なんというか」
「当然だ。彼らはお前等とは違い、自らの食い扶持を稼ぐ為に働いている。危機が迫っているからと言って店を閉めては、明日から食う事に困るだろう」
と、言う事らしい。
まぁ本格的に危機が迫れば行動は違うのだろうが。
警告が出た程度では、大人達は仕事を止めるという選択肢はないという事。
いつかは、私もこういう心境を味わう事になるのだろう。
世界や街の危機より、自らの明日を優先する。
ソレが自分の力で生きていくと言う事であり、誰かを守る為に働くと言う事。
そう言う意味を含めて、私はまだまだ子供と言う訳だ。
「先生は、この状況をどう思いますか? 警戒宣言が出ているのに、いつも通りという環境を」
「何も感想を残すべきではない、と思うな。国からすれば民の存在は無視できない、しかし民は明日を生きる為にいつも通りに仕事をする。絶対命令権でも使われない限り、こうなるだろうさ。我々の様な者からすれば“邪魔になる”という感想が出るが、それは我々の都合。周りの人々には、関係のない話だ」
ツカツカと歩いて行く先生からそんな言葉をもらいながら、周囲に視線を向けるが。
誰も彼も、楽しそうな表情を浮かべていた。
この人達は、魔女の恐怖というモノを知らない。
だからこそ、こんなにも呑気にしていられる。
それは平和的でもあり、短絡的な考えとも呼べる行動。
しかしコレが無くなってしまえば、彼等の明日が無くなってしまう。
であれば、飲み込むべき情景なのだろうとは思うが。
「平和ボケ……」
「致し方ないと思え。この光景が無い街とは、もっと悲惨な状態だ。ならば、我々の様な者が密かに対処する他無い」
なんて会話をしていれば、私の前を歩く先生に酔っ払いが絡んで来た。
片手に酒瓶、赤い顔を晒しながら楽しそうな笑い声を上げて。
「ようエルフのお兄さん! 何かえらく格好良い制服着てるな、新しい部隊の兵隊さんかい!?」
「おう、こっちで一杯どうだい? 奢るぜ!? 何でも魔女の成り掛けが暴れてるらしいじゃねぇか、頑張ってくれよぉ!?」
ゲラゲラと笑う彼等に取り囲まれ、思わず舌打ちを溢してしまったが。
「おぉ? こっちの女の子も一緒の部隊かい? 若いのに優秀だねぇ。よしっ! おっちゃんが奢るから、仕事前に旨いモン食っていきな!」
「随分と若いなぁ、お嬢ちゃん。酒は飲める歳か? いや、流石に違うか。マスター、ジュース! この子にも飲める物を用意してくれ!」
さらに盛り上がる彼等に、ブチッと来そうになってしまったが。
エルフ先生は此方に掌を向け。
「ご厚意に甘えよう」
「しかしっ!」
「前にも言った筈だ、全てに牙を剥くな。彼等は我々に対して友好的に接している。そんな者達にまで、牙を剥くな。それでは狂犬と変わらん」
「……はい、先生」
グッ気持ちを堪え、師に従ってテーブル席に着いてみれば。
私達の前には料理とお酒、そして私の為のジュースが並んだ。
「頑張ってくれよぉ!? なんたって俺等の明日が掛かってるんだからな!」
「ちげぇねぇ、ホラホラ食いな! 腹いっぱいにして、普段の二倍力を出してくんな!」
カッカッカと笑う彼等に冷たい視線を送りながら、目の前の料理を口に運んだ。
美味しい。
あぁ、これならアリスが喜びそうだ。
そんな事を考えてしまった瞬間、以前見た光景が蘇った。
アイツが首を吊ろうとしている光景、全てを投げ出そうとしている光景。
思わず口を押えて、ゲホゲホとむせ込んでしまえば。
「だ、大丈夫かい? お嬢ちゃん。ホレ、水飲みな。苦手な料理だったか? すまねぇな、適当に頼んじまって」
「もしかして緊張してんのか? その歳からすると、初陣って事もあるよな? わりぃ、俺等の配慮が足りなかったな。大丈夫だ、落ち着け。大丈夫、大丈夫だ」
絡んで来た酔っ払い二人が、やけに私の事を気にしてくれるではないか。
どうして? 何故こんなに親身になってくれる?
緊急事態宣言が出されても、こんな所で飲んでいる様な荒くれ者が。
「大丈夫だ、お嬢ちゃん。何かあっても、お嬢ちゃんがミスっちまっても。俺等冒険者も居るからよ、少し取り逃しても被害が出る事なんざねぇよ」
「そうそう、俺等みたいなのがそこら中にウヨウヨしてんだ。そんな気負わず、仕事してくんな。アンタ等は旗印、そして俺等はそこらに居る兵隊モドキ。でも安心しな? そこらの兵士よりずっと鍛えてるんだぜ?」
カッカッカと笑って見せる二人は、私に水の入ったグラスを差し出しながら背中を叩いて来た。
乱暴で、豪快で、自分勝手。
これこそ冒険者。
その証明とも言える様な二人だったが、どちらも……優しい人達の様だ。
緊張と責任感でガチガチになった私を、どうにかして解そうとしてくれているのだから。
「ありがとう、ございます」
未だにちょっとむせながら、二人に対して頭を下げてみれば。
「おぅ! 嫌いな物じゃ無ければ、いっぱい食え。そしたら力が出るってもんだ!」
「気負うな気負うな。戦えるのは騎士や兵士だけじゃねぇ、俺等だって居れば……下手したらココの店主だって包丁掴んで暴れるかもしれねぇぞ? おぉっと、地獄耳の店主に聞かれちまった! これ以上は言わねぇ方が良さそうだ!」
ダハハハハ! と豪快に笑う二人に、店の奥から顔を覗かせてニヤリと微笑む店主。
凄く、頼もしい。
私が思っていたより、ずっと街中は安全なのかもしれない。
唐突に発生した事態に巻き込まれでもしない限りは、こういう人達が駆け付けてくれるのかもしれない。
そんな希望を抱いてしまう程、目の前の二人は私の不安を打ち消してみせた。
最初はこんな状況で酔っぱらって……なんて思っていたけど。
もしかしたら、こういう人達は。
いざという時の為に街中に赴き、こういう人達の為に店は門を開いているのかもしれない。
そう考えると、不思議と納得がいく。
楽観的と言うか、あまり事態を重く捉えていない感じはあっても。
何かあった時は、自分達が対処する。
そんな気持ちで、各々防衛しているのだと思えば……これ程頼もしい事はないだろう。
私が思っている以上に、この世界は。
この街は、綺麗なのかもしれない。
「ありがとう、ございます。さっきはむせちゃましたけど、凄く美味しいです。今度友達を連れて来たいって思うくらいに」
「お? 気に入ったかい? いいねいいね、ココは俺のお気に入りの店なんだ」
「友達って事はアレかい? 若い女の子か? いいじゃねぇの! おい店主! また可愛い子連れて来てくれるってよ! サービスサービス!」
何やら騒がしくなって来た所で、周りからも色んな人が集まって来た。
誰も彼も、アレを食えコレを食えと差し出して来る。
その全てが、力を付けて戦える様にと。
多分、既にこの制服の意味が街中では知れ渡っているのだろう。
だからこそ、応援してくれる。
思わず目尻に涙を浮かべながら、差し出される料理をひたすらに口に運んでいると。
「ミリア、どうやら宴会はここまでの様だ。行くぞ、相手が動き出した」
隣で静かにお酒を飲んでいた先生が、スッと立ち上がりとある方角を睨んだ。
そして。
「微かに、悲鳴と何かが燃える匂いがしますね」
周りの人間もピタッと声を抑えた事により、確かに聞こえる。
何かが、起きた様だ。
「マスター、会計を頼む」
「いらねぇよ、さっさと行きな」
先生の言葉に対し、店主はシッシッと手を振って見せた。
更には、周りの人達も微笑み浮かべている。
「頼むぜ、討伐隊。こっちに流れて来た時は、俺等が対処すっから。頑張ってくれよ?」
「行ってこい嬢ちゃん、でも無理するんじゃねぇぞ? 今度はこの店に友達連れて来るんだろう?」
誰も彼も、私達に笑みを向けながら“行ってこい”と言ってくれた。
コレが冒険者、コレが街の人々。
それを改めて認識しながら、思い切り腰を追って頭を下げた。
「行ってきます! ありがとうございました!」
「すまないな、今度は俺が奢る。そして……行って来る」
先生と一緒に挨拶してみれば、店の中からは歓声が上がり。
「怪我すんなよ! ちゃんと帰って来い!」
「不味いと思ったら逃げるんだぞ! 国に尽くして命を捨てちゃ、旨いモンは食えねぇからなぁ!」
「嬢ちゃん! ちゃんとお友達連れてまた来いよ!? 約束だからな!」
皆に見送られながら、私達は走り出した。
これまでとは違い、本当に全力疾走。
先生は走りながら詠唱しているし、私は二本の杖を掴みながら体勢を低くしている。
これからが本番だ、私達の本当のお仕事だ。
だとしても。
「この街には、頼もしい人がいっぱい居ますね」
「そうだな。少しは見聞が広がったか?」
ニッと笑う先生は、その後詠唱の続きを口にするのであった。
新しい事を経験する度、新しい人々に出会う度に。
私の常識が崩れていく。
考えていた世界よりずっと、良い方向へと知見が広がっていく。
私は、本当に人に恵まれた。
だからこそ。
「とっとと終わらせて、アリスをこの街に連れ帰ります」
「その意気だ。いくぞ、馬鹿弟子。本当の戦場だ」
その一言と共に、私達は現場へと足を踏み入れるのであった。
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