第82話 仕事
「先生……アリスは」
「あぁ、魔女の元に預けた」
朝一でエルフ先生の所へ顔を出してみれば、そんなお返事を頂いてしまった。
今はローズさんの所が一番安全であり、休学届けは先生が受け取った事にするんだとか。
なんというか、コレが大人と子供の違いかと改めて実感してしまう。
私が考えていた事なんて既に先生は想定していて、此方が動く前に全て終わっている。
すごいなぁ、本当に。
これだったら私、全然いらないじゃん。
ローズさんへの手紙まで準備したけど、そっちは無駄になってしまった。
「寝てないのか」
「友達の自殺未遂を目にした後ですよ……寝られる訳無いじゃないですか」
余程酷い顔色だったのか、先生から珍しく心配そうな声を頂いてしまった。
あぁもう、本当に駄目だ。
こんなんじゃ……私は。
「なら、今日の昼間は休め。授業に出ても集中など出来ないだろう」
「でも、私は」
「黙れ、休めと言っている」
ピシャリと、叱られてしまった。
アリスに偉そうな事を言っておきながら、私自身がコレ。
本当に、ダメダメだ。
思わずため息が零れそうになってしまったが。
「お前は討伐隊に参加した身の上、ここから先は甘えが許されない世界だ。そして今夜から、アルテミスの捜索が始まる。だからこそ、準備しておけ。その為の休息だ」
「……っ! 了解しました」
覚悟していた筈だったのに、その言葉を聞いた瞬間意識が引き締まった。
例えエルフ先生のオマケだったとしても、私に正式に任された仕事。
だからこそ、失敗は許されない。
これは学園の授業と違って、結果を残す事を前提に“依頼”されたお仕事なのだから。
「猫娘にアレだけ大きな口を叩いたんだ、早急に終わらせるぞ。ならば今、お前のやる事は何だ? 物事の優先順位は間違えるな、ミリア」
「はい、先生。今日はお休みを頂きます。そして夜、仕事に影響が出ない様務めます」
「よろしい、十八の時を告げる鐘が鳴る頃に校門前に来い。そこからは、私と共に街の中を調査する」
「了解です」
それだけ言って、私は執務室を後にした。
その後は真っすぐ自室へと戻りベッドに入る。
流石に今の体調では全力では戦えないだろう、その時までに全快しておかなければ。
未だ訪れる事の無い眠気を待ちながら、それでも瞳を閉じてジッとしていれば。
「あ、あれ? 何か忘れてる気がする……」
呟きながらも、身体を休める事に集中するのであった。
※※※
「先生! ご説明下さい! 貴方なら何か知っていますわよね!?」
「……本日はミリアもアリスも休みだ。体調不良だな」
「それで納得すると思っているのですか!? ミリアに関しては昨日の試合で、という事なら納得出来ますが……アリスは!? アリスはどうして未だ教室に訪れないんですの!?」
「エターニア、落ち着け……」
教室に入った瞬間、針金お嬢が私に掴みかかって来た。
全く、変われば変わるものだと思ってしまうが。
如何せんこの様子は外聞が良くない。
「放せ、馬鹿者。今の状況が、周囲の目からどう見えるのか分からんのか?」
「それどころでは無いからこうして声を張り上げていますの! アリスの部屋へ迎えに行っても、本人が居ませんのよ!? また何かに巻き込まれていたとしたら――」
彼女は非常に激昂した様子を見せているが……焦りの方が大きいのだろう。
此方を睨みながらも視線は揺れ動き、普段の落ち着いた様子が一切見られない。
そして彼女を止めようとしているガウルも同様。
以前までの二人なら、これ程取り乱す事は無かっただろうに。
自らの立場というモノを、よく理解している者達だったから。
本当に、変わったものだ。
「アリスは少々特殊な状況に置かれてしまってな、魔女に預けた。ミリアに関しては私の指示で休ませている、そっちは部屋に居るから安心しろ」
「先生! ソレはもしかして、部屋に戻る前に何かあったと言う事ですか!? 俺はアリスを部屋までは送迎しなかった……女子寮には入れない為、学園内ならと理由を付けて。俺の責任だ……」
えらく慌てた様子のガウルまで、私を掴みかかって来たではないか。
更に。
「私が余分な詮索をしたからですの? それにあの試合ですわ。あんなの、本来なら彼女の余力を奪う様な行為に他ならない……何かに悩んで、何かに注力していたのは分かり切っていたのに。私の、責任ですわ」
もう一方も、何やら思いつめた顔をしながら俯いてしまった。
本当にコイツ等は……どいつもこいつも。
何故自分が悪いと、責任を取りたがるのか。
思い切り溜息を吐いてから、二人の頭にゲンコツを叩き込んだ。
「黙れ。貴様等の責任だろうが何だろうが、その尻拭いを出来る様になってから声を上げろ。未熟なお前達は、今は普通に生活を送る他無い。しかし……仲間達から助けてくれと頼まれた時に、それに全力で答えれば良いだけだ」
正直な話をすると、このまま討伐隊に編成しても戦力になる者達なのは確かだ。
学生にしては、という言葉も付いてしまうが。
とはいえ必要な事を教え、彼等が私の指示にしっかりと従うのなら、かなりの経験を積める事だろう。
しかし。
コイツ等は、やはり学生なのだ。
一人は巻き込んでしまったが、アイツは弟子だ。
更に本人も関わる気持ちが強いとなれば、秘密にして放置しておく方が危ない。
と言う事で、関わっているのは最低限の人数で構わない。
「席に戻れ、授業を始める。それから、この街全体に関わる知らせを伝えるので、よく聞いておくように」
「「はい……」」
その後二人は大人しく自らの席へと足を運び、静かに私の話を聞いていた。
この街に警戒すべき相手が出現した事、生徒達には行動制限が掛かる事。
そしていつもより早く戻って来る様に、寮の門限が早まる事等など。
色々伝えたが、やはり危機感を持っている生徒の方が少ない。
大抵のものは、“自らの行動が制限された”という程度に考えている様だ。
そこに不満を覚え、顔を顰めている者達も多い。
しかしながら、役二名。
顔を真っ青にしながら私を見つめている奴等が居た。
エターニアとガウル。
この二人だけは、真相に近い所まで気が付いた様だが。
それでも。
私は、一教師なのだ。
弟子のパーティだけ特別扱いする訳にもいかない。
「では、授業を始める。皆教材を開け」
そんな声と共に、いつも通りの授業を始めるのであった。
コレが私の、本来の仕事。
魔女モドキにかまけて、本職の方をいい加減には出来ない立場なのだから。
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