第81話 初めての喧嘩
「先生放して! ミリアの所に行かないと!」
「落ち着け、猫娘」
「ヤダ! ヤダヤダ!」
エルフ先生に拘束魔法を使われてしまい、芋虫みたいにモゾモゾ動く事しか出来なかった。
早くしないと、ミリアに謝らないと。
いつもと違う顔してた、凄く悲しそうな顔で怒ってた。
だからもう一回謝って、また一緒に居てってお願いしなきゃ。
そうじゃないと、私は――
「落ち着けと言っている。大丈夫だ、アイツはお前を見捨てたりはしない。それに……しばらく一人にしてやれ。今回の件はアイツにとっても、相当応えただろうからな」
「でもっ!」
「話にならんな……」
とにかく暴れ回り、どうにか拘束を解こうと試みるが全然上手く行かない。
何でミリアはあんな顔をしていたのか、何故私は先生の部屋で目を覚ましたのか。
全然分からない、だって私は自室に戻って治療していただけだった筈なのに。
どうしてこんな事になったのか、全然心当たりが――
「あ、あれ……?」
「今度はどうした」
「先生……私、ここに来る前何してた? どうして治療を受けてたの?」
「……」
エルフ先生は苦い顔をしながら、スッと視線を逸らした。
だって私は、自分で治療を……そうだ、首。
首からまた出血したから、包帯を巻こうとして。
何故か今日は全然上手く出来なくて、どうにかしようって考えた後……それから。
その瞬間、ゾッと全身に怖気が走った。
「わ、わた……し。どうして、あんな……」
そしてその姿を、あんな状態の私を。
ミリアに見られてしまっている事を思い出した。
あぁそうか、だからか。
そりゃ見限るよね、気持ち悪いもんね。
あんな事する奴の近くに居たくないよね。
「ぅ、うぐっ……うぅぅ……」
それでもやっぱり悲しくて、寂しくて。
ミリアにあんな顔をさせてしまった自分が嫌いで。
両目から流れる涙は全然止まってくれなかった。
「はぁ……全く、忙しい奴だなお前は。ほら、迎えが来たぞ」
「むか、え?」
涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながらも、拘束を解いてくれた先生の方へ視線を向けてみれば。
開いた窓の向こうに、杖に腰掛けたお婆ちゃんが手を振っていた。
え、なんでお婆ちゃんがココに?
だって学園には、関係者以外入れない筈なんじゃ……。
「アリス、帰るわよ? こっちにいらっしゃい」
「かえ……る? え? あの、でもまだお休みに入ってない……よ?」
「魔女と共に居ろ、猫娘。その方が安全だ」
先生までそんな事を言い始め、ひたすらに混乱してしまった。
だって、家に戻っちゃったら明日の授業は?
それに、私。
ミリアとも、もう一度ちゃんと話したい。
せめて、変な所を見せてしまった事だけでも謝りたいのに。
「しばらくの間頼むぞ。コレが最近の報告だ、今夜の件も綴ってある」
「えぇ、ありがと。こっちでも何か分かったら使い魔を寄越すわ」
なんだか二人の中では既に決まっている事みたいに、話がどんどん進んで行く。
ちょっと、ちょっと待って。
なんだか、私……これじゃまるで。
「お婆ちゃん……これ、どういうこと? 私、学園を辞めないといけないの? 先生、私何か規則違反しましたか……? 退学になる程の事を、しちゃいましたか?」
もはや唖然としてしまい、真っ白い思考のまま二人の事を眺めていれば。
先生はもう一度大きな溜息を溢してから。
「今貴様は危険な状態にある。だからこそ魔女に預ける、ソレだけだ。そしてお前のパーティリーダーにも言われただろうが。休め、今はとにかく心身共に休めろ」
「帰りましょう、アリス。もう大丈夫よ? お婆ちゃんと一緒に居れば、何も心配する事はないから」
全然意味が分からないけど、全く理解出来ないけど。
それでもこの二人がこう言っているのだ、従う他ないのだろう。
でも、私は……。
「あ、あの……荷物まとめたり、それに……ミリアにも……」
「貴様の荷物は此方の方でまとめておく、至急必要なモノがあれば魔女に伝えろ。こちらから送ってやる」
「今はそれよりも、アリスの身が最優先って事。さ、早く行きましょう?」
そんな訳で、私はミリアに会う事は出来ず。
そのままお婆ちゃんと一緒に学園を後にするのであった。
本当に、なんでこうなってしまったのだろう……。
※※※
「ねぇお婆ちゃん」
「どうしたの? アリス」
お婆ちゃんの家に到着してから、ソファーの上で膝を抱いたまま静かにしていた。
そして先生に貰った紙束に目を通しているお婆ちゃん。
結局何がどうなっているのか、私は聞いても良いのだろうか?
でもそんな事より、今はミリアと話がしたかった。
今何をしているのだろう? 今どんな気持ちでいるんだろう?
なんて事ばかりを考えながら、膝に額をくっ付けて。
「ミリアと、喧嘩しちゃった……」
「あら、それは良い事ね」
「良い事な訳、ないよ」
あまり真剣に聞いてくれていないらしいお婆ちゃんに対し、ジトッとした瞳を向けてみれば。
お婆ちゃんは紙束を机に戻し、クスクスと笑ってみせた。
「アリス、喧嘩ってね。友達としか出来ないのよ? 全く知らない人とは争いって言うの。怒り怒られ、互いの意見がぶつかり合うのは両者に関心があるからこそ出来る事なのよ? アリスは、喧嘩した後ミリアさんの事を嫌いになったかしら?」
その言葉に対しブンブンと首を左右に振ってみれば、お婆ちゃんは更に微笑みを深め。
「きっと相手だってそう。アリスの事が好きだから、アリスの事が心配だから強い言葉を使ったんでしょうね。忘れちゃ駄目よ? 相手だって、貴女と同い年の女の子なのよ? 間違った事をしてしまって、後で後悔するような事だってあるでしょうね」
「ミリアが……そんな事、あるのかな」
「あるわよ、だってまだまだ子供だもの。正しく見せようとする子ほど、責任感が強い。そう言う意味で、自分のせいだと思い込むものよ。だからアリスがまずするべき事は、相手の言っていた事の意味をしっかりと理解する事。ただ謝るだけじゃ、なんの解決にもならないのよ?」
それだけ言って、お婆ちゃんは私の隣に腰を下ろして来た。
そのまま身を寄せ、私を抱き寄せてから。
「貴女は、どうしたいの?」
私が、どうしたいか。
そんなの決まってる、前みたいに仲良く一緒に過ごしたい。
いつも心配そうな顔をさせる事無く、友達なんだ、仲間なんだって思える距離を歩きたい。
私の望んだ“普通”を、彼女は全部くれたのだ。
ずっとずっと、一緒に居てくれたのだ。
そしてこれからも、一緒に居たいと思わせてくれた。
「ミリアさんから、何て言われたの?」
「休めって、それまで戦うなって」
「ほらやっぱり。彼女はアリスの為に怒ったのよ? だったらちゃんと休んで、元気になってからもう一度お願いすれば良いじゃない。一緒に居て下さいって、ありがとうって言えば良いのよ。相手はきっと、“ごめんなさい”は求めてないわ」
そう、なのかな。
ミリアはまだ、私と一緒にいてくれるのかな。
これまで友達と呼べる存在が居なかったから、全然分からないけど。
「不安?」
「……うん」
「そうね、初めての事は誰だって怖い。でもソレが誰かと関わると言う事。どんなに怖くても向き合う勇気を持って、共に生きて行かないといけないの。友達と一緒に居たいのなら、相手の事もちゃんと考えてあげないとね」
「……ん、次に会ったら、ちゃんとお礼言う」
それだけ言って、祖母の膝の上に頭を乗せるのであった。
分からない事だらけだけど、明日から学園にいけないのも不満だけど。
今は、ミリアの言う通りにしよう。
次に顔を合わせる時、もう心配させないくらい強い私になる為に。
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