第80話 限界を知る
「不味いな、コレは私の専門外だ。治療は出来ても、原因を探れない」
アリスの治療を終えた先生がそんな事を呟いた瞬間、私はソイツに飛びついた。
「アリス、聞こえる!? アリス!」
「今は放っておけ、気を失っている。もう大丈夫だ」
「でも……」
ベッドに横になった彼女は、真っ青な顔をしていた。
意味が分からない、何故こうなった?
だって、私とエターニアの試合を見ている時は随分興奮している様子だった。
最後に見た時は、ちゃんと笑っていたのだ。
だというのに、彼女が“首を吊る”理由が分からない。
今思い出しただけでもゾッとする。
私がこの子の部屋に訪れた時に見えた光景。
それは、ドアノブに包帯を巻きつけて死のうとしているアリスの姿だったのだ。
「なんで……なんでこんな事に……」
「相手は死霊術師、魂を専門とする。そして呪いなども、な。そして死体さえ手に入れば結果は手に入るのかもしれん。だからこそ、お前が気負い過ぎる事ではない」
「だとしても! アリスは!」
思わず師に叫び声を上げてしまったが、先生に怒鳴っても仕方ない事だ。
分かっている、分かっているのだ。
相手がアリスを狙っている以上、普通以上の状況に巻き込まれる事も。
私が討伐隊として外に出れば、当然アリスから目を放す事になる。
しかしこの子ばかりを気にして私が残れば、周りの者が解決してくれるのを待つばかりになってしまう。
分かっているのだ、分かっているからこそ。
「こんな事態にまでは……なって欲しくなかった」
「確かにな……」
そう言って先生は視線を逸らすが。
本当に酷かったのだ。
あと数分、数秒遅ければ。
もしかしたらアリスは助からなかったかもしれない。
それ程までに、切羽詰まった状況まで追い込まれていた。
本当に自ら命を投げ出そうとする何かがあったのかもしれない。
それだったら、私達がちゃんと彼女の話を聞くべきだ。
なんて事も思ったが。
『邪魔が入った』
間違いなく、アリスの口からその声が聞こえたのだ。
あの声だけは、絶対に彼女の言葉じゃない。
アリスの声ではあったが、アリスの本心じゃない。
アレは絶対“アルテミス”の声だ。
そう思えば思う程、腸が煮えくり返る。
まだ会った事も無い、魔女を目指す老人。
だというのに私は、ソイツを殺す事に絶対躊躇しないだろうという決心がついてしまう程に。
私は、“アルテミス”が憎い。
お前は何人の人生を食いつぶせば満足するんだ? 魔女に進化出来れば、満足なのか?
過程で、何人もの命を奪って。
その彼等彼女等に向かって、どんな言葉を紡ぐ気でいるんだ?
そう考えると、もはや怒りしか湧いてこなかった。
シスターのアルテミシアは、人生そのものを奪われた様なモノだ。
アリスに関しては、妬む魔女の孫であったというだけ。
そして教会の子供達は、何の関係もない。
それら全て犠牲にして、相手は何をしようとしている?
ただ魔女に成りたいがために愚行を繰り返しているというのなら、もはや許されない領域まで踏み込んでいると何故理解出来ない?
私は、アイツが憎い。
まだ見た事もないソイツが、憎くて仕方ない。
そんな事を思ってアリスの掌を掴んでいれば。
「ミリ……ミリ、アだ。もう大丈夫なの? エターニアは? 二人共無事だった?」
フニャッと笑うソイツが、意識を取り戻し私に微笑み掛けるのであった。
あぁ、あぁもう……私は、こんな時どんな表情を浮かべれば良いのだろう。
「大丈夫、大丈夫よ。私達は、別に大怪我する様な戦場に立った訳じゃないんだから。二人共全然平気、むしろアンタこそ何やってんのよ」
「えっと? 私、また何かした?」
「覚えて……ないの?」
「ごめんね……ミリア。迷惑ばっかり掛けて、ろくに役に立たなくて。でもでも、もう大丈夫だから。次からはちゃんとブラックローダーを使って、皆の役に立つから。だから――」
お願いだから、そんな言葉を吐かないでくれ。
そんなに必死に、縋る様な瞳を向けないくれ。
私は、その役目をアリスに押し付けたい訳じゃない。
以前のアンタなら、任せられると思ったから指示していただけ。
でも今のアンタには……絶対無理。
だというのに、アリスは。
これからは上手くやる、次はちゃんと出来ると異常な程アピールしてきた。
もう過去の事は吹っ切れたと言わんばかりに。
でも、その瞳は。
どう見ても、怯えているのだ。
「止めなさい、アリス。しばらく戦闘には参加しなくて良いわ」
「なんで……どうして!? だって私、前みたいに攻められるよ!? だから私を使ってよミリア! 私達、パーティの仲間でしょ!? 指示をくれれば、ちゃんと動くから! 言われた通り、ちゃんとこなすから!」
本当に、何が起こったのか。
まるで“捨てないで”と言っている様な言葉を紡いでくるアリス。
でも。
「私は、“仲間を動かす”という意識はあっても……仲間を駒の様に思った事はないわ。アンタの思考は、とても危険よ。ソレが分からない内は、戦闘には参加させない。そんな考えじゃ、誰かが死ぬわよ?」
誰か、としか言葉に出来なかった。
だってこのまま戦闘を続ければ、間違いなくアリスが最初に死ぬ。
今の彼女の意志は、私の指示に絶対服従。
此方が死ねと命じれば、笑いながら首を斬りそうな雰囲気さえ感じ取れるのだ。
私が求めた仲間は、そういうのじゃない。
暴れ回るアタッカーに、堅苦しい程真面目なブロッカー。
口煩い後衛アタッカーと、結局は色々補助しなければいけないサポーターの私。
こういう形だからこそ、私達のパーティは成り立っていた筈なのだ。
だからこそ。
「今は休みなさい、アリス。今のアンタじゃ、絶対戦えない。だからこそ、しばらく休んで心を癒して。先生、後はお願いしても良いですか?」
「あぁ、お前はもう部屋に戻れ」
それだけ言って、席を立った。
もうこれ以上、アリスの顔を見ていられなくて。
だってコイツ、私の言葉を聞く度に泣きそうになっているのだ。
目に涙を溜めて、嗚咽を溢すまいと耐えているのが分かるのだ。
だからこそ、退席した。
この先を見ていたら、彼女の願いを叶えてあげたくなってしまうから。
また無理をさせて、更にアリスが壊れてしまう気がして。
「ざけんな、本気でふざけんな。何が魔女だよ、年寄りになってまで夢見てんじゃないわよ……」
ボロボロと零れて来る涙を無視しながら、私は先生の部屋から足を遠ざけるのであった。
だって背後からは……アリスが大泣きする声が聞こえてくるのだから。
お前は必要無いって言った様なモンだもんね、そうだよね。
でも私は、アンタの相棒を止めるつもりとかないから。
この件を終わらせたら、落ち着ける環境を作ってから。
また改めてアンタを誘いに行くから。
だから、待ってて。
すぐ、終わらせるから。
「あぁぁぁぁ! ごめん、ごめんなさい! ミリアァ! 私もっと強くなるから! 賢くなるから! 見捨てないで! ミリアァ!」
彼女の嘆きが、グサグサと心に刺さってくる様だった。
見捨てる訳無いでしょ、バカタレ。
そんな事を思いながらも、それ以上聞いていられなくなって部屋に向かって駆け出した。
駄目なんだ、今のままじゃ。
甘やかしてばかりでは、彼女は私に付いて来ようとする。
私の期待に答えようと、無理矢理にでも闘おうとしてしまう。
今だけは、それではダメだ。
ローズさんにお願いして、しばらく付きっ切りでアリスの事を守って貰おう。
この件が終わるまでは、休学届けも出して貰って。
全部終わった後、改めて戻ってくれば良い。
そしたらきっと、前みたいに――
「ぅ、グスッ……何で、どうしてこうなんのよぉ……」
部屋に戻った瞬間、嗚咽が零れてしまった。
私だって、少しは強くなったつもりでいたのだ。
この状況を、どうにかしてやるって意気込んでいたのだ。
だというのに……私は、こんなにも無力だ。
偉そうな事ばかり言っておいて、友人一人さえ守り切れない自分の弱さに腹が立った。
「どうして……どうして、アイツがいつも巻き込まれんのよ。何で私は……アイツを守れないの。もう、どうしたら良いのよ……」
止めどなく溢れる涙を拭いながら、弱音を吐く事しか出来なかった。
私は、自分が嫌いだ。
弱いし、偉そうな事ばかり言っちゃうし、友達だって傷付けた。
もっと言い方があっただろうに、こうなる前に出来る事だってあっただろうに。
状況を楽観視していた訳ではないのに、まるで隙を突く様に不幸が襲って来る。
いつだって後になってから、こうすれば良かった、あぁすれば良かったと後悔ばかりが残る。
警戒しているつもりで、先を予想する力が全然足りてない。
これでは格好ばかり付けている子供と一緒ではないか。
「ローズさんに、手紙出さないと……もうあの人に頼るしかない。きっと本物の魔女だったら、どうにかしてくれる……」
結局最後は、他人頼り。
こんなんじゃ私は……やっぱり特別な存在になど成れないのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます