第79話 傷跡


「凄かったねぇ」


「だな」


 会場に残った私とガウルで、そんな話を何回も繰り返していた。

 ミリアとエターニアはそのまま医務室に運ばれてしまったが、身体に異常はないから安心しろとエルフ先生に言われてしまった。

 なのでこっちはもう解散して良い状態なのだが。

 でも先程の二人の様子が、未だに瞳に残っている様だった。

 それくらに、興奮した。


「二人共、凄く強くなってた」


「あぁ、俺達も強くならなくてはな。それに……多分俺では、あの二人の一撃を耐える事が出来ない。もっと防御魔法も、筋肉も鍛えなくては」


 ガウルはいつも通りの様子で、更に上を目指す姿勢を崩さない。

 後衛同士の戦闘を見て、また何か目標が出来たのだろう。

 それに比べて、最近の私は……どうなんだろう。

 あの二人の試合を見て、とても興奮した。

 凄いモノを見たって、今でも手に汗を握っている程だ。

 でもそれは、まるで凄い人達の活躍を見ている様な感覚だった。

 有名な人の戦いを見たり、物語の英雄譚を読んだ時の様な。

 まるで、自分とは関係ない所で起こっている出来事の様な感覚で興奮していたのだ。

 これじゃ、駄目なはずだった。

 だというのに、私は“そういう気持ち”で彼女達の試合を見てしまった。

 だって、二人共本当に凄かったし。

 思わず「おぉ!」と声を出してしまう程、白熱した戦いだったと思う。

 でも私は、いつから見る側に回ってしまったのだろう?

 本来は皆と共に、隣に立たなければいけない筈の存在なのに。

 何故私は、こんなにも他人事の様に観戦していたのだろう。

 なんか……最近変だ。

 何故か妙にボウッとしたり、以前の様に気持ちが前を向かない。

 ガウルの言葉に、今更ながらそんな事を自覚してしまった。


「俺はこれから、また先輩達と訓練してくる。アリスもどうだ?」


「え、えぇと……私はいいや。もう部屋に戻るね」


「そうか? なら、真っすぐ部屋に帰るんだぞ。俺はミリアからお前を頼まれているが……まぁ学園内なら問題ないだろう。結局女子寮には入れないしな。外には出るなよ? では、また明日な」


 それだけ言って、彼は試合会場から去って行った。

 きっとこれから、また強くなる為の訓練をするのだろう。

 私は……今、何をしているのだろうか?

 皆それぞれ、強くなる為の努力をしている。

 そんな人達とパーティを組んでいるのだから、私だって頑張らなきゃいけない。

 だというのに、私は。


「皆から……守られてばっかりだ」


 グッと拳に力を入れてみるが。

 何故だろう、やっぱり最近上手く行かない。

 ちゃんと力は入っているのに、感覚的には全力じゃないって言うか。

 もしかして、気が抜けているのだろうか?


「駄目だなぁ、本当に駄目だ。私、このままじゃ皆の脚を引っ張っちゃう……いつだって道具に頼ってただけだ」


 呟きながら、広い試合会場の端っこで膝を抱えた。

 そう、いつだって道具に頼って来ただけ。

 お婆ちゃんがくれる道具を使って、戦って来ただけ。

 今ではそれすら、上手く使えなくなってしまった。

 未だにブラックローダーを掴むと、身体が震えるのだ。


「もっと強くならないと、せめて前くらい戦える様に。そしたら、またもう一度――」


『本当に、そう思っていますか?』


 今聞える筈のない声が、聞こえた気がした。

 本当に耳の近くから。


『貴女が頑張れば、皆は認めてくれるのですか? 貴女は、皆様に見合った存在なのですか?』


 その声は徐々に大きくなり、この会場には誰も居ない筈なのに、肩を抱かれた気がした。

 ミリアに治してもらった筈の首の傷がジクジクと痛み始め、手で押さえてみれば掌には血液が残る。

 傷が開いた? そんな馬鹿な。

 医療を担当する先生に診てもらっても、確かに治っていると言葉を貰ったのに。


『まだまだ、足りませんよ? ホラ、もっと大きな存在になりませんと。貴女は、“魔女の孫”なんでしょう?』


 そんな声と共に、ズルリと。

 身体の中に、何かが入って来た気がした。

 なんだろう、コレ。

 何か、凄く気持ち悪い。

 だというのに、妙に気持ちが落ち着いていくというか。


『貴女が特別な存在になれば、私達は救われます。さぁ早く、“特別”になりましょう? 貴女は、その権利を手にしているのですから』


「特別……権利?」


『そう、だって貴女は。魔女の魔導回路をその身に宿しているのですから』


 全然分からない、相手の言っている事が。

 でも私は目指すべきなんだ、“特別”という存在を。

 それだけは、何となく理解した。

 そんでもって、そうならないと多分私は皆の足枷になってしまう。

 だからこそ、もっと。

 もっともっともっともっと――


「猫娘、何をしている?」


 会場に戻って来たらしいエルフ先生が、訝し気な瞳を此方に向けていた。

 そんな彼に対し、私はぼんやりと視線を向けてから。


「私は、もっと強く……そうじゃないと、皆が――」


「アリス!」


 強い声を放たれ、思わずビクッと身体が震えた。

 あ、あれ? 私今まで、何を考えていたっけ?

 思わず周囲を見回しながら、ひたすらに混乱していれば。


「誰かと話していたのか?」


「い、いやえっと……すみません、良く分からないです」


「……そうか、ならば部屋に戻れ。そろそろ消灯の時間だ」


「えっと、すみません。わかりまし……え、消灯!? だってミリア達の試合が終わってからまだ全然経ってな――」


「三時間以上、経っているぞ」


「え?」


 何か、変だ。

 だって先生、試合が終わってから三時間も経ってるって言った。

 でも私には、そんな長時間ここに居た記憶はない。


「その間……私は何をしてましたか?」


「知らん、私は今この場に戻って来たからな」


 エルフ先生の言葉を聞いてから、私は思考を止めて歩き出した。

 もう、ベッドに入ってしまおう。

 考えても分からないのなら、考えるのを止めてしまおう。

 ここ最近辛い事が多かったから、きっと心が参っているだけだ。

 そう思いながら、先生の隣を通り過ぎてみれば。


「アリス、その首はどうした? 傷が開いたのか?」


 はて、と首を傾げてしまう様なお言葉であったが。

 触れてみれば、ドロッと私の血液が掌に感触を残した。

 あぁそう言えば、また出血したんだっけ。


「えと、大丈夫です。これくらいなら、包帯でも巻いておけば止まるので」


「……そうか。何か問題があれば、私に報告しろ」


「はい、失礼します」


 ペコッと頭を下げてから、私は早足に部屋へと戻った。

 怖い、なんか怖い。

 今の状況が、これからの事が。

 カタカタと全身は震え、この良く分からない事態を忘れようと心掛けてみるが。


「……ミリアぁ」


 泣きごとを言った所で、今彼女は医務室に居る筈だ。

 彼女の部屋に向かっても、助けてくれる人は居ない。

 だからこそ、涙を堪えながら自室へと足を向ける。

 駄目だ、本当に駄目だ。

 最近何かあるとミリアに頼る癖が付いている。

 ここは学園だから、お母さんもお婆ちゃんも居ないから。

 困った時には、一番信用できる人の元に逃げる癖がついてしまった。

 これでは駄目だと分かっている、私だって学生なのだ。

 少しくらい自立しないと駄目だと分かっているのだが。

 どうしても。


「痛い……痛いよぉ。治してよ……私、自分じゃ治せないよぉ」


 自室に戻った瞬間座り込み、無駄に大きい治療箱から包帯を取り出して首に巻いた。

 ギュッて縛っておけば、血も止まる筈。

 別に怪我したとか言う訳でもないのに、血が出て来たのだ。

 だったら、古傷が開いただけ。

 だからこそ、今回で治すように。

 皆に心配掛けない様にきつく縛っておこう。


「ケホッ。上手く出来ない……なんでだろう、いつもだったらこんな事無いのに。そうだ、何かに括りつけて強く締めれば……血も止まるかな」


 手に持った包帯を扉の取っ手に括りつけ、改めて首に包帯を巻き直す。

 そして。


『さぁ、後は身を任せるだけですよ。これで貴女も、皆様にとって“特別”になれます。その後は、私の指示に従えば良いだけ。私の所に来てくれれば良いだけです』


「うん、これできっと。止血も出来る筈――」


 ドアノブに巻き付いた包帯を絞める為に、体重を掛けてみれば。


「アリス、ちょっと良い? なんかエルフ先生がアンタの所に行ってこいって。もう寝ちゃった? って流石にソレは無いか……おーい、アリスー?」


 入口の方から、ミリアの声が聞こえた。

 あぁ、返事をしなきゃ。

 お出迎えする為に、扉を開けなきゃ。

 そんな事を思うのに、身体が言う事を聞かなかった。

 キュッと締まる首元に、酸欠の身体が付いて来ない。

 あ、あれ? これ結構ヤバいんじゃ……。


「あれ? 開いてるし……アイツの防犯意識どうなってるのよ。おーい、留守かぁ? アリ……アリス!? なにやってるの!?」


 部屋に入って来たミリアが、慌てた表情を浮かべながら此方へと走り寄って来た。

 もう身体は大丈夫なのって、そう聞こうと思ったのに。

 さっきの試合、凄かったねって言ってあげようと思ったのに。

 喉の奥からは、乾いた音が響いて来た。

 あれ、おかしいな。

 ミリアが来たなら、ちゃんと……声を。


「アリス、アリス! 息はある……けど、これヤバイでしょ! アリス、今から先生の所に行くからね!? あの人なら、絶対何とかしてくれるから! 死ぬんじゃないわよ!?」


 何やら慌ただしい様子のミリアが、私を抱えて部屋を飛び出すのであった。

 おかしいな、私はただ……止血をしていた筈なのに。

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