第71話 エルフ対エルフ


「さて、では行こうか」


「あの、先生……完全臨戦態勢なんですけど」


 翌日、エルフ先生と共に教会まで赴いてみた訳だが。

 先生が見た事もない程豪華なローブと、ゴツイ杖を掴んでいるんですが。

 今日は話をするだけだと言っていたが、威圧感が凄い。

 完全に殺る気にしか見えない。


「あっ……ミリアさん。本日も……神父様にお話ですか?」


 建物内から、件のシスターが姿を見せた。

 先日の影響もあり、非常に気まずそうな表情を浮かべながら視線を逸らしているが。

 もしも先生の言う通り、此方の勘違いだとしたら。

 彼女から見て、私はただの暴君にしか見えていないのだろう。

 だからこそ、とりあえず謝罪の言葉を口にしようとしてみれば。


「ミリア、アレが件のシスターか?」


「え? あ、はい」


 まるで私を庇う様に前に出た先生が、スッと腕を出して此方の行動を阻害してくる。

 何かあったのだろうか? なんだかさっきより怖い顔をしている気がするんだが。


「初めまして、私はこの者の師を務めている。名をカリムという、以後見知りおきを」


「は、はい! ミリアさんのお師匠様ですか。初めまして、私は“アルテミシア”と申します」


「……」


 自己紹介を始めた先生に対し、シスターは慌てて頭を下げた。

 その彼女を先生はジッと見つめ……。


「シスター、少々お尋ねしたい。貴女の親族に、“アルテミス”という名の女性は居るか?」


「えっと……? いえ、多分居ないと思います。とはいえ、数年前より記憶はありませんので、詳しくは分からないのですが……」


「記憶が無い、と。それではどういう経緯でこの教会に?」


 それからしばらく先生とシスターの話は続き、これまた新しい情報が。

 何でもシスターには何も分からぬ状況で目を覚まし、この教会に保護されたという。

 その後この場で働き、日々苦しい生活を送っていたそうだが。

 次々と先輩シスター達や、当時ココを管理していた神父は病に倒れたそうな。

 そして最後に残った彼女だけで、必死に繋ぎ止めていれば。

 ある日突然、あのエルフの神父がやって来て助けてくれたという事らしい。

 ……あり得るのか? そんな事。

 あまりにも都合が良すぎて、彼女が虚言を吐いている様にしか思えなくなって来た頃。


「長々とすまなかった。では、私の弟子に魔導回路の事を教授してくれているという神父に挨拶したいのだが……入っても構わないだろうか?」


「はい、どうぞ。神父様は今聖堂にいらっしゃいますので、こちらです」


 長い自己紹介を終え、私達は聖堂へと通された。

 私はいつも個室というか、神父から授業を受ける為に別の場所に案内される事が多かったが。

 本日は、実に教会らしい場所。

 一般の人でも立ち寄り、祈りを捧げる様な場所へと案内された。

 とはいえ魔素中毒者を集める様な教会だ。

 私達の他に無関係な人間の姿は見られず。

 聖堂には神父が一人、こちらに背を向けて立っているだけ。


「では、私はコレで」


 そう言って席を外そうとするシスターに対し、エルフ先生はマジックバッグに手を突っ込んでから。


「少し騒がしくなるかもしれん。これは心ばかりだが、お布施として納めてくれ」


 彼女の掌に、大きめの麻袋を一つ手渡した。

 シスターも事態に付いて行けていないのか、首を傾げながら袋の口を開けてみれば。


「なっ!? こんなに頂けません!」


「とっておけ、必要になるかもしれない」


 中から見えた物に対して、彼女は悲鳴の様な声を上げる。

 その気持ちも分かる、だって袋の中身は全て金貨なのだから。

 思わず私も唖然としてしまった。

 だって、袋の大きさからして間違いなく大金。

 下手したら百に届く枚数が入っていそうな大きさなのだから。

 市民の平均月収が金貨三枚程度、つまり彼が渡した金額は……年収どころではない。

 だというのに先生は、その袋を押し付けてから「さっさと行け」とでも言わんばかりに手を振って見せた。

 あまりの事に動きが硬くなったシスターは、ブリキ人形にでもなったかの様子で聖堂から出ていく訳だが。


「先生、どういうつもりですか?」


「なに、聖堂を建て直すなら……アレくらいは必要だろう、もしかしたら足りないかもしれないが」


「えぇっと……?」


 不穏な言葉を放つ彼は、そのままツカツカと聖堂内を歩いて行き。


「話を聞かせて貰おう、“魔導回路”の学者。私の弟子を巻き込んだからには、高くつくぞ」


「おやおや……ミリアさんも行動的だとは思いましたが、師匠の方もなかなかどうして。そしてまさか、エルフ族から生まれた英雄様だったとは。こればかりは、驚きです」


「無駄話は良い、それに私は英雄などではない。貴様……神父などやっているが、誰かの依頼を受けてこの街で研究しているな? 依頼主の名と、目的を聞こうか」


 それだけ言って、先生は杖を構えた。

 待って待って、事態に付いていけない。

 だって私と話している時は、確証が持てるまでは動くなみたいな事を言っていたではないか。

 これでは私の取った行動と変わりない様に見えるが……先生は、何かしら確証を掴んだと言う事なのか?


「えっと、先生……もしかして、お知合いですか?」


 おずおずと声を掛けてみれば。


「知らん、こんな若造は」


 おい待て、だったら何で既に武器を向けているの。

 この前のお説教は何だったの。

 そんな事を思いながら、今度は神父へと視線を向けると。


「私の方はよく存じておりますよ? エルフ族から新たに生まれた英雄、生きた偉人。そして“賢者”の称号を持ち、“混沌の軍勢”と呼ばれる召喚士。私も貴方の様になりたいと、よく想像したものです」


「だからこそ、相手からの依頼を受けた。そう解釈して良いのか?」


「まるで依頼主を知っているかのような口ぶりですね? 流石は何百年も生きているエルフ、知り合いは多い様だ」


「まぁ、それなりにな。貴様が本当に無知なエルフであるのなら、今すぐ全て話してこの街を去る事を勧めよう。私の予想が正しければ、貴様は取り返しのつかない事例に片足を突っ込んでいる」


「ハハハッ、やはりエルフ同士では隠し事は出来ませんか」


 相手も相手で、ニッと口元を吊り上げてバッグから取り出した杖を構える。

 待ってくれ、コレは本当にどういう状況だ?

 私はどう言う行動をとれば良いのかと迷っている内に。


「ミリア、下がっていろ。巻き込まれるぞ」


「ミリアさん、怪我をしない様に避難していて下さいね? 流石に教会内で死人が出ては不味いので」


 二人揃って似た様な言葉を口にした次の瞬間。

 相手からは攻撃魔法が飛び交い、先生はそれを易々と防ぐ。

 それだけではなく、先生の周囲には何十体という多種多様の魔獣が出現したではないか。


「叩きのめしてから、話を聞くとしよう。それが我々の“礼儀”だ」


「一手、お手合わせ願います」


 今ここに、召喚士と魔導回路学者の戦闘が幕を上げた。

 いや、本当に待って? 何がどうなっているのか全然分からないんだけど。

 困惑している内にも魔獣は飛び掛かり、神父は攻撃魔法を使って順に撃退していく。

 でも、何か変だ。

 攻撃を受けた魔獣、数秒間停止した後に自壊するみたいにして倒れ伏している。


「魔導回路をかき乱しているのか、器用な真似をする」


「私にとっては、コレが最強の攻撃手段ですからね。例え人型であっても同じ事が出来ますが……お見せしましょうか?」


「出来るモノなら、やってみろ」


 そんな会話を終えてみれば、エルフ先生は更に多くの召喚獣を呼び出した。

 それはもう、獣の波かって程の量で。

 相手の魔法は一撃必殺の様に見えるが、それでも攻撃手段は非常に単調。

 杖を向け、魔弾の様なモノを放つ。

 攻撃を受けた生物は死に至る……という具合だが。

 流石に数が多過ぎたらしく、獣の波は止まることなく神父の姿を呑み込んでしまった。

 圧倒的な物量で、相手に対処させる暇を与えず。

 一瞬で勝負を決めて見せた。

 その結果、聖堂内はとんでもない惨状になってしまったが。

 というか……獣臭っ!


「私の勝ちだ、話を聞かせろ」


「ハッハッハ、久し振りに戦闘というモノに身を置きましたが。なかなかどうして、上手く行きませんねぇ。私は机に向かっている方が合っている様です」


 カラカラと笑う神父が、大人しくなった獣の群れから姿を現した。

 体中に傷を負い、服もボロボロになっているが。


「ふんっ、人の弟子に対し勝手に余分な知識を与えた罰だと思え」


「いやはや、参りました。コレは大人しく白状する他ありませんね」


 なんか、勝負が付いたら急に和やかな雰囲気になっているんだが。

 すみません、状況に付いて行けません。


「あ、あの……結局何なんですか? お二人の戦闘はコレで終わり、って事で良いんですか?」


 若干引き気味に訪ねてみれば、二人共。


「エルフ同士が出会って、対立したんだ。コレが普通だ」


「我々は寿命が長いですからねぇ。力比べをすれば、相手に勝てるか勝てないかの力量は図れます。だからこそ、死ぬまで戦う事などしませんよ。そんな事をしていたら、すぐに絶滅してしまいますから」


 エルフに出会う度、エルフのイメージが崩れるとはこれ如何に。

 要は喧嘩になったら全力で潰し合い、決着が着けば負けた方は大人しく従う。

 そういう事で良いのだろうか?

 なんだろう、この蛮族達。

 理性的な顔しながら、頭の中には筋肉が詰まっているらしい。

 思わず大きなため息を溢してから、二人の様子を伺っていれば。


「では、大人しく貴様のやっている事を話せ。依頼主は……大体予想が付いているが。しかし、明確に言葉にしろ」


「えぇ、仰せのままに。しかしまさかお知り合いだったとは、巡り合わせとは不思議なものですね」


「シスター“アルテミシア”、彼女を見れば嫌でも思い出すさ。どこかの魔女は、彼女の顔を見てもピンと来なかったようだがな」


「無情なものですね。まさか目指している本人には、記憶の片隅にさえ留めて置かれなかったとは」


 何かもう、全然分からない。

 二人はいったい、何の話をしているのだろうか?

 一人だけ状況に取り残され、アワアワと両者の間を視線が往復していると。


「順を追って、ご説明いたしましょう。あ、一応先に言っておきますね? 私がミリアさんに教授した事は、全て偽りのない私の研究成果です。そこだけは、ご安心下さい」


「あ、はい……」


 とりあえずこの神父様も、私の先生って事には間違いないらしい。


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