第69話 あの頃が、懐かしい


「えぇと……つまり?」


 ちょっと情報量が多過ぎて、結局先生が何を言いたいのか分からなくなってしまった。

 異世界人なんて呼ばれていた人が、実はずっと過去の人間でしたとか。

 今言われても全然分からない上に、関係性がさっぱりなんだが。


「簡単に言えば、医療技術もその時かなり発展したと言って良いだろう。しかし現代には治癒魔法がある、だからこそ医薬品に関してはあまり表立って活躍しない。今回の人間は、その類ではないのかと言う事だ」


「神父は真面目に魔素中毒者の子供に向き合っており、彼等の為の薬を作っていた。って事で良いんですかね?」


 だとすれば、私がやった事はただの暴動でしかないのだけれど。


「その可能性もあるな、しかし“今の感覚”で言えばそう思ってしまうのも仕方がない。相手がどれ程の人物か、という話によるとしか言えん。そして貴様が魔女に対して聞いた問答、生物そのものの形を変化させられるか? というモノに対しての答えでもある」


「ローズさんからは、“不可能ではない”と聞いていますけど」


「もしもこれらの知識を有している人間だった場合、不可能ではないどころの話ではない。私なら“可能だと”断言しよう」


 はい?

 ローズさんからは過去の魔術であれば、“願いを叶える”という意味で不可能ではないというお話だったが。

 エルフ先生の発言は、また違う様に聞える。


「魔導回路、相手はコレを研究している。それは一体何か、そもそも魔法が無かった世界でコレが発見された場合何が起こるか。簡単だ、コレが人体の設計図に近しい物であるというのなら……大きく弄ってみるんだよ。それにより適性魔法は変わり、得意分野も変わった。だからこそ更なる進化を求めた結果……今度は身体にも直接的な影響を及ぼし始めた」


「身体に影響、ですか? さっきの薬の話とは逆ですね」


「そうだ、生命体は状況によって形を変える。本来生きられない環境に身を置き続ければ、身体の方が適応するのと同意。本来あり得ない魔導回路に改造すれば、ソレは人とは別の形に進化していく。この世界には、様々な人種が存在するな? どこから来たと思う? 昔は人族しか居なかったのに、エルフやドワーフ、獣人や……それこそ、魔物は。いったいどこから生まれて来たんだろうな?」


 その言葉に、思わず口を押えた。

 本当に想像でしかない、というか先生の話を全て信じるのであれば。

 そう言った存在は、魔導回路を弄る事により進化した存在。

 つまり、元々は人族だったものが時間を掛けて変わっていった存在。

 更に、魔獣さえも人がいじくり回した過去の産物となる訳だ。

 正直……狂っているとしか言えない。

 それらが長い時を掛けて、今では“普通”と思えるこの世界が出来上がっている。

 だがソレが本来あり得ない“人によって作られた存在”ばかりだとすれば……この世界は、何処まで“特別で”狂った普通の世界なのだろうか。


「それらの意味を含めて、人体の情報を書き換え物質を意図的に変化させる事は可能だ。そして肉体を変化させる上で調整する為の薬がコレだとすれば、なお疑わしさは増す訳だ。だからこそ、出現した特殊個体のワーウルフが孤児院の子供という線も強くなる。が、しかし……」


 ふむ、と考え込み。

 先生は更にお酒を注文した。

 もうこのくだりは見ない事にした方が良いのだろう。

 話の内容と本人の行動が食い違い過ぎて、見ているだけでも疲れて来るし。


「一つ、分からん。猫娘が見たシスターだ」


「と、言いますと?」


 なんて質問を返してみるが、私にも一番謎な存在と言えるのかもしれない。

 私が会っている時は、とにかく普通と言うか。

 何処までも献身的なシスターに見えて仕方ない。

 でも、アリスの前に出現したあの人は。

 どう考えても、特殊個体の魔物と繋がっていそうな言動を呟いているのだ。


「ソイツ等は本当に、同一人物か?」


 先生の言葉に、私は答えが返せなかった。

 だって、確証が一つもない。

 でもアリスは、同一人物だと言ったのだ。

 しかしあのシスターが、私如きに杖を向けられて震えていた彼女が。

 “魔女の孫”に、本当に手を出すか?

 しかも、直接的に。

 自らの姿を見せて。


「わ、わかりません……でもアリスは、彼女だったと断言しました。しかし私が見て来たシスターは、まるで今回の件にまるで関わっていないかの様子で……それに、私にさえ怯えていたので。小物だと、勝手に判断して思考から外していました」


 何故気が付かなかったのだろう。

 あの教会で出会った怪しげな人物、それは神父とシスターの二人。

 だからこそ、あの二人が主犯だと考えて行動に移した。

 でも、失敗した。

 もしかしたら、先生の言う様に他の“第三者”が関わっている可能性だってあったのに。

 そう思えば、今度は私の身体が震え始めた。

 私は、全く関係ない人物に牙を剥いたのかもしれない。

 そんな事を考え始めれば、アリスが怖がっていた理由も理解出来る。

 勝手な思い込みだけで、無関係な人間を私が傷つけた事になるのだから。


「まだ、分からない事が多過ぎる。実際神父が研究しているのは確かだが、法外な事例にまで踏み込んでいるのかも不明。そのシスターもお前に真の姿を見せていない可能性や、もしかしたら多重人格の可能性すらある。だからこそ、今判断すべき内容では無い。だがしかし、間違いなく私からお前に言える事がある」


「何でしょうか……」


 もはや落ち込むとかそういうレベルじゃない所まで打ちのめされた気持ちで、エルフ先生に向かって視線を上げてみれば。

 彼は真っすぐ上空に腕を上げ、指先までピンと伸ばしてから。


「歯を食いしばれ、馬鹿弟子」


「……へ?」


 そのまま、勢いよくチョップを脳天に叩き込んで来た。

 いったぁぁ……ガツンッて言った。

 とは言え、耐えられる程度。

 つまり、ただの折檻だったのだろうが。


「理解出来ない状況、確証がない状況で勝手に動くな。貴様の行いは、下手をすればお前が兵に捕らえられるだけだ。相手が悪事を働いているという証拠を掴む前に動けば、お前が悪とされる。ソレが法というモノだ、よく覚えておけ」


「で、でも……これだけ環境証拠が残っていたら、誰だって教会の人間がって……」


「それは証拠になるのか? 猫娘が見たと言うシスター、ソレをどう証明する。ではその時間、シスターは教会に居なかったのか? 魔素中毒者の孤児が魔物に変えられている可能性があるという現象。実際にあの教会に孤児は何名居て、ワーウルフが発生した時点で居なくなった孤児は居たのか? そういう詳細な状況が掴めていないのなら、法の下捌かれるのはお前になる。今私が言っている事は、理解出来るな?」


「す、すみません……先生。でも……」


 私は、どうすればよかった?

 これだけ状況が揃っているのだ、だからこそ行動を起こした。

 でも確かに、彼の言う通り証拠は押さえられなかった。

 こういう時、私みたいな存在は何をすれば良い?

 ただ指を咥えて、黙って見ていろとでも言うのか?

 なんて事を思いながら、チョップされた頭を押さえてエルフ先生に視線を向けてみれば。


「弟子が困っているのに、手を貸さない師匠は居ない」


「え?」


「確かに貴様個人の内容かもしれない。お前が相棒とし、アイツを助けたいと願った結果だ。しかしながらお前の行動は、その失態は、私が責任を取る必要がある。つまり、だ。良く聞けミリア」


「……はい」


 今回の件に関して大いにお説教を受けるのだろう。

 そう考えながら、姿勢を正し相手の言葉を待ってみれば。


「まずは、私を頼れ。せめてこれから何をするつもりなのか、報告しろ。過保護に思えるかもしれないが、そうしてくれれば助言が出来る。止める止めないの前に、私の知識も合わせて話し合う事が出来る。その後行動を起こすのであれば、ソレは私が指示した事だと胸を張って国に訴えよう。それが、師弟というものだ。だからお前はもっと、“大人”を頼れ。お前が思っている程、周りは敵だらけではない」


 その言葉を聞いた瞬間、ポカンと間抜けな表情を浮かべてしまった。

 ずっと私は、強くなる為に努力して来た。

 周りに負けない為、どんな理不尽にも屈しない様に。

 甘えるなと、自分に言い聞かせて来た。

 でも、この人は。

 親でも無ければ、故郷の仲間でも無いのに。

 私に、逃げ道をくれるのか?

 この人には、必要以上に頼っても良いのか?


「もう一度言う、頼れ。私を利用するつもりで、私を使ってみせろ。それくらい出来て初めて、私の弟子だと胸を張って名乗れ。使えるモノは、全て使え。ソレが人生というものだ」


「ご迷惑では……ないでしょうか。私が勝手にやって、空回りしているだけかもしれません」


「むしろ勝手に動かれた方が迷惑だ、私を巻き込め。少しでも迷う要素があるのなら、言葉にしろ。今では私も、お前が“頼って良い存在”だ。それをまずは、自覚して理解しろ」


「はい……カリム先生」


 こんな台詞を真正面からは言ってくれる大人が、どれ程周りに居た事だろう。

 たった一人大きな街に出て来て、一人でも生きていくのだと覚悟していた私に。

 友達が出来て、仲間が出来て。

 師匠と言葉にする事を許してくれた大人が居る。

 私は、恵まれている。


「ただ、そうだな……気に入らん。あまりにも気に入らん」


「先生?」


「そのエルフは大人に頼れと、そう言ったんだよな? 普通そう言う事は、事態が起こる前に伝えるモノだ。あまりにも、杜撰だ。ソイツはいくつだ? あまりにも思考が稚拙だ」


「せ、せんせー?」


 何やら空気が変わってしまい、此方としては戸惑う他無かったが。

 彼は更に度数の高いお酒を頼み始め。


「次にその教会に赴く時、私も連れていけ。相手も言葉にした以上、文句は無いだろう。いい加減、周りからチマチマ調べる事には疲れて来ていたんだ。直接乗り込んで真意を聞き出す」


「先生、酔ってます? 思考がだいぶ攻撃的というか、私みたいになってますけど」


「この程度では酔わん、俺は酒に強いからな」


 あ、今自分の事“俺”って言った。

 珍しー、そっかー酔ってないのかー。


「とにかく、次は俺も同伴する。良いな? 状況が状況なら、俺がその教会を更地に変えてやるから安心しろ」


「せんせー、もどってきてー」


 その後数杯お酒を嗜んだ先生は、フラフラしながらも遼へと帰っていった。

 凄い、コレがお酒の力か。

 酔っぱらった先生は、一つ聞けば十くらい答えてくれた。

 昔の事とか、あまり教えてくれる人では無かったのだが。

 どうやら私が考えていた以上に、物凄い人物の様だ。

 称号も、栄光も。

 そして実績さえもぶっ飛んだ人物だと言う事が分かった。

 普通なら酔っ払いの世迷言と流す所なのだろうが、彼の場合は多分全部事実。

 “賢者”の称号を得て、国から認められる程の召喚士。

 ソレを証明する程の職場を自ら蹴って教師をしている事、更には戦場に立つと召喚獣を呼びまくって一人で状況を支配してしまう事。

 “混沌の軍勢”なんて二つ名が付くほど、とんでもない人物だそうだ。

 それらも全て、私が聞きまくって本人が渋々話していた内容な訳だが。

 今日の先生は、とても口が軽かった。

 つまり。


「次に教会に行く時は……脅しつけるレベルじゃなく事実が分かるって事よね」


 そんな人から教えを受けていると言うのも凄いが、それ以上に。

 この問題に終止符を打ってくれるであろう人物に、協力を取り付けてしまった。

 これは、凄い事だ。

 何かもう何でも出来そうな最強の切り札を手に入れた気分。

 とはいえ、調子に乗るな。

 彼の教えは、常に自らを高める事にしか意識を向けていなかったのだから。

 他者を使って強くなった気になるな、それだけは……心に留めておこう。


「アリス……アンタの問題、決着が着くかもしれないわ。そしたらまた、前みたいに……」


 空に向かって、そんな言葉を残すのであった。

 あぁ、本当に。

 あんな特殊個体の狼男が出て来る前は……平和だったなぁ。

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