第68話 認識が揺らぐ


「先生、いらっしゃいますか?」


 学園の教師遼。

 普通なら生徒はあまり立ち寄る場所では無い訳だが、今だけはそんな事を言っていられる状況ではなく。

 学園に戻り次第、師匠の部屋を訪ねてしまった。

 しばらくするとエルフ先生が扉から顔を出し、随分と驚いた表情を浮かべていた。


「ミリアか、どうした? 珍しいな」


「休日なのにすみません、すぐにでもご相談したい事が出来まして……少し、お時間頂けないでしょうか」


「ほう……では、少し待て」


 それだけ言って彼は部屋に戻ってしまい、数分間廊下で待っていれば。


「では、行くか」


 普段の様に、ローブを羽織った姿で再び廊下に顔を出して来た。


「行く、とは?」


「落ち着いて話が出来る場所に、だ。流石に貴様を私の部屋に招待する訳にはいかないからな」


 そりゃそうか、女子生徒を部屋に連れ込んだなんて噂が出てしまったらえらい事になる。

 状況に呑まれ、冷静な思考が出来ていない事を改めて気が付かされた。

 結局あの教会は何なのか、あのワーウルフは何なのか。

 頭の中でグルグルと同じ事ばかり考えてしまい、さっきから何も答えが出せないでいる。


「本当に……すみません。勝手な事ばかりしていますね、私」


「若い頃などそういうモノだ。ホラ、行くぞ」


 いつも通りの落ち着いた声を掛けられてから、私達は学園の外へと足を向けるのであった。


 ※※※


「落ち着いて話が出来る場所……じゃ無かったんですか、先生」


「落ち着かないか? 私はこの空気が結構好きなんだがな。店主っ! 串の盛り合わせと、麦酒を頼む! ミリア、飲み物を選んでおけ」


「あ、はい……」


 連れて来られたのは、串焼きの居酒屋。

 確かに個室に通して貰ったが、周囲からはワイワイと騒がしい声が聞こえて来る。

 この人、この人さぁ……居酒屋、好きだよねぇ。

 しばらくすると店員が皿に乗った串焼きと先生のお酒を運び込み、私も飲み物を注文させて頂いていると。


「コイツの注文と一緒に、酒のおかわりを頼む」


「飲むの早っ!?」


 結構デカいジョッキだったと言うのに、串焼きを食べる前に飲み干してしまったよ。

 おいエルフ、それで良いのか。

 エルフってこうだっけ? お酒飲むにしても果実系とかさ。

 葡萄酒とかを優雅に飲んでいるイメージなんだけどさ。

 この人、麦酒一気飲みした上に泡で髭作ってるよ。

 思わず呆れた視線を向けていれば、彼は泡髭をグイッっと袖で拭ってから。


「さて、それでは順に話していけ。魔女から教わった事から、“あの教会”で何が起きたかも含めて」


「教会って……えと」


「今更隠しても無駄だ、私もある程度報告を受けている。それに、弟子が出入りしている施設くらいこちらでも調べているさ」


「ハ、ハハハ……」


 何かもう状況に置いて行かれてしまい、乾いた笑い声しか出てこなかった。

 でもまぁ、ある程度説明する手間が省けた……という事で納得して置こう。

 と言う訳で、休日の間にあった事を順に説明してみれば。


「エレメンタルマスターか……お前に一つ、大事な事を確認しておく」


「は、はいっ!」


 おかわりのお酒をチビチビ飲みながら、エルフ先生が此方に鋭い眼差しを向けて来た。

 思わず背筋を伸ばし、何を聞かれるのかとビクビクしていれば。


「その……そう名乗る事に羞恥心は無いのか? 今時、精霊だ何だと。事実存在はするのかもしれないが、アレは普通の人間には見えない、理解出来ないというのが当たり前だからな」


「気にする所そこなんですかっ!?」


 違う、そういうのが相談したい訳じゃないんだよ。

 咄嗟に突っ込みを入れてしまったが、確かに言われてみると……その、恥ずかしいかも。

 お伽噺に出て来る存在を、自ら名乗っている様なモノだし。

 いやでも、ローズさんから認められた訳だから……恥ずかしがるのも失礼な気がするんだが。


「まぁ、良いか。真面目な話に戻そう。弟子が、多少メルヘンな趣味を持っていると思われるだけだしな」


「最初から真面目でお願いします! あとメルヘンとか言わないで下さい!」


 ウガァッ! と吠えてみる訳だが、彼は再びお酒のおかわりを頼み……だから飲むの早いって。


「教会の神父から貰ったと言う薬を、私に預けろ。間違っても使おうとするな、こっちで調べておいてやる」


「正直、助かります。こんな訳の分からないモノを、アリスに注射する訳にもいきませんし……」


 最初から、こればかりはエルフ先生に頼る他無いと思っていた。

 なので預かってくれるというのなら、非常に助かる事態な訳だが。

 私が差し出した薬を手にして、彼は視線を鋭くする。


「だが、薬か……確かに魔素中毒者に対して用意したものではあるのだろうな。しかし、根本的な解決には繋がらないと見た」


「どういうことですか?」


 コレを見ただけで、何かわかるのだろうか?

 思わず先生の言葉に食いついて、身を乗り出してみれば。


「魔導回路とは、直接体に刻まれている訳ではない。だからこそ、ソレを確認するなら魔術的な観測が必要になる。“鑑定”などがそうだな。つまり実体が存在しないモノ、と言う訳だ。だというのに、何故薬で治せる? これ等は体内に入り、身体が吸収する物だ。もしも魔力的何かを実体化させ、薬に混ぜ込ませていたとしたら……コレを体内に入れて、魔素中毒者が無事で居られるか?」


「あっ……そっか。ポーションの類でも、下手したら中毒症状が起きる。つまり……薬で治せるのは根本的な何かではなく、身体の方」


「その通り、そして相手は魔導回路を研究している人間だ。つまり対象のどんな部分が欠如していて、何が原因で発作が起きるのか。ソレを調べ上げ、身体の方で調整しようとしていると思われる。例えば、成長と同時に才能が開花していくのは魔導回路も当人と共に成長しているからだ。つまり魔素中毒者でも身体の方を弄ってやれば可能性はゼロではない、と言う事だな」


 つまり、どう言う事だ?

 魔導回路そのものを弄るのではなく、身体の方から原因を探り解消しようとしている?

 でもそれじゃアリスの血が必要な理由は?

 身体と回路の関係を考えると、随分と長期的な治療になる様に思える。

 なんだか行動と結果がチグハグで、まるで目的が一つではない様に感じられるのだが。

 思わず首を傾げてしまい、ブツブツ小声で呟きながら考え込んでしまったが。


「ミリア、これから私はとても古い言い伝えというか……要はエレメンタルマスターがどうとか、そういうレベルで恥ずかしい話をしよう。妄想にしか聞こえない世迷言だが、我慢して聞いてくれ」


「先生にしては、珍しい事を言い出しますね……というか一言余計です、どんだけエレメンタルマスターって言葉嫌いなんですか」


 再びツッコミを入れてしまったが、相手は非常に大きな溜息を吐いてから串焼きを齧り。

 そして。


「この世界は、昔の方が技術力も高かった。眼に見えない元素さえも道具を用いて調べる事が出来て、世界中にコンクリートを用いた何十階という大きな建物が立ち並び。今よりずっと多くの人々が生きていたが……全て“人族”。だが人間同士の争いで一度ほとんどの人類が滅びた。その上で、生き残りがどうにか立て直した世界。そしてその争いが発生した原因が、魔法と言う技術の発見だと言ったら……お前は、信じる事が出来るか?」


「……先生、頭打ちました? もしくは、もう酔っぱらってます?」


「まぁ、そういう反応になるだろうな。だからこそアイツは、”異世界人”と呼ばれているんだ」


 なんか、凄い事言いだした。

 というか、今その話って関係あるのだろうか?

 ひたすらに混乱しながら首を傾げていれば、彼はムスッとした表情で此方に串焼きを差し出して来た。

 とりあえず食え、と言う事らしい。

 受け取ってからパクリと口に運んでみれば……あっ、美味しい。

 今度アリスを連れて来てやろう。


「その時代では原因不明の病気や現象にも、科学力で全て対応していた。見た事もない症状が発生するウイルスが蔓延れば、ソレに対抗するワクチンを作り出す。しかもたった数年の内に、犠牲者も最低限に抑えて。恐らく、今回お前が関わった神父は、ある意味そういう医療を試みているのであろう」


「えーと、先生? それって錬金術師みたいな話をしています? でも新型の病気なんて発生すれば、村一つ無くなってもおかしくないのが今でも普通ですよ?」


「だから、過去の話をしている」


「昔の方が技術力も優れていたってヤツですか。にわかには信じられないんですけど……しかも、さっき言ってた内容だと魔法が無いって言ってましたよね? 不可能です、そんなの人間が生きていられる筈がありません」


 だって、現代において魔法というのはあって当然なのだ。

 魔素や魔力、そして魔石なんかも無いというのなら、街の灯りは?

 普段使っている水道だって、どうやって水を操作する?

 まさか上空にデカい貯水タンクでも作って、そこから全ての民家に回すなんて現実的ではないし。

 そもそも私の出身地の様な小さな村。

 あぁいう場所では、魔法が無ければ絶対生きていけないだろう。

 それくらいに、人間にとって“魔法”とはあって当たり前。


「そう、今では全く想像も出来ない。だが魔術が無かったからこそ、人間は何処までも技術を高めた。その上で成り立った文明は、現代より遥かな技術を確立していたと言っている。しかし魔法という便利な技術が発見されたが故に、それらの代用が個人で出来る様になったと言う訳だな」


「あ、あのぉ……全然話に付いて行けていないというか。精霊の話よりずっと信じられないんですが……そもそも何を根拠にそんな話を? 昔の書物に残っていた。みたいな話なら、それこそ妄想の産物な可能性がある訳ですよね」


 流石にちょっと、付いていけない。

 魔法の無い世界、人族しかいない世界。

 目に見えないモノですら確認する事の出来る世界……って、ちょっと待った。


「先生、前回の個体炭酸。あれってどうやって人類は発見したんですか? 私達が空気と呼ぶ物、それに様々な元素が含まれていると発見したのって誰ですか? ソレはいつ発見されて、どうやって証明したんですか?」


 空気、そういう言葉は昔からある。

 でも先生の授業で初めて酸素や二酸化炭素って言葉を聞いた。

 学者の中では既に普通に使われている単語ではあるらしいが、一般には広まっていない。

 その結果だけは、この世界で見かける事はあるのに。

 簡単に言えば、どう作られているのか分からない様な代物が市場には転がっていると言う訳だ。

 私が作った個体炭酸、別名ドライアイス。

 あんなモノは、氷菓子を作っている店では普通に使っている。

 でも作り方まで知っている民間人は、多分いない。

 というか、二酸化炭素を固めると言われても意味が分からないだろう。


「それこそ、ここ数十年で起きた技術革命だな」


「つまり……それって、“異世界”から来たとか言われている“タマキ”って存在がもたらした成果、で良いんでしょうか?」


「ある意味、間違いではない。だが彼がそれら全てを理解していた訳ではない。彼と共に、多くの資料が見つかったんだよ。それらの文献を漁り、技術を高め、実際にその世界で生きていた“タマキ”に事実確認をする。それで一気に技術力が上がった訳だ。アイツは全知全能の神ではない、ただの変態だ」


 ちょっと、本気で頭が追い付かなくなって来た。

 色々と考える事が多いのに、更に悩む内容が増えてしまった。

 待って、本当に待って。

 もしかして先生は、新しい悩みを作って現状の悩みを忘れさせようとしているとかじゃないよね?

 それくらいに、新しい情報盛り沢山なんだが。

 しかもそのタマキって、今も生きている偉人な上に……アリスの知り合いじゃなかった?


「彼を発見したのは、私だ。いや、私達と言うべきだな。海の上に浮かぶ小さな島国、そこにあった鉄とコンクリートの遺跡の中で。タマキは魔術的な意味と、技術的な意味で完璧と言える程に守られ眠っていた。“コールドスリープ”というモノらしい。その事例に関わったのが、私とローズ、そしてダッグスの三人だ。だからこそ、今これだけ我々は評価されている」



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