第67話 魔女の娘
「街に帰って来たぁー!」
「結局私達もすぐ戻って来てしまいましたねぇ」
「まぁ、ミリアの事も心配だったしな。致し方あるまい」
三人揃って街に帰って来てから、のびーっと身体を伸ばしてみれば。
周囲の視線が気になったのか、エターニアとガウルの二人はすぐさま姿勢を正したが。
森の中では、もっとのびのびしていたのに。
貴族ってやっぱり大変だなぁ……などと思いつつ。
「ねぇねぇ、二人はこれからどうするの?」
「今回はコレといって予定を入れておりませんでしたが……アリスはどこかに寄る予定ですの?」
「うーん、どうしよっかなぁ……ミリア探しに行こうかなぁ」
なんて会話を交わしつつ、まだ明るい街並みを三人で歩いていれば。
突如として、衝撃音が響き渡った。
まるで、ワーウルフと出会ったあの時みたいに。
周囲の人たちはザワザワと騒がしくなり、近くに居た衛兵達は現場に向かって走り始める。
また、何かあったのだろうか?
「本来なら、兵達に任せて我々は避難するべき状況ですわね」
「とはいえ、応援が到着するまでは近くの兵士だけで耐える事になるかもしれない。戦える者なら、一応事態を確認するべきではないか?」
二人はそんな会話をしつつ、状況を確認しているが。
確かにガウルの言う通り、前回の様な事態が発生していれば手は多い方が良いのかもしれない。
でももし、その場にまたあのワーウルフが居たら?
そう考えると、ブルッと身体が震えあがったのが分かった。
怖い。
私は、そう感じてしまっていた。
だからこそ二人の袖を掴み、こちら側に引っ張ってから。
「だ、大丈夫だよ……兵士の人達は、私達よりずっと強いし。きっと何があっても、対処してくれるって……」
「アリス? 貴女らしくない発言ですわね」
「しかし兵も人だ。部隊が整うまでは、少人数で相手する事になるんだぞ?」
待って、お願いだから。
ただの暴動とか、魔獣が紛れ込んだとかなら私も戦うから。
もう少しだけ、落ち着く時間が欲しい。
そんな事を思いながら、荒い呼吸を繰り返していれば。
『お嬢さん、灯は如何ですか?』
まただ、またあの声が聞えて来た。
慌てて振り返ってみれば、建物の影に隠れる様にしてあの時のシスターが微笑んでいた。
「アリス、どうしましたの?」
「あちらに、誰か居るのか?」
どう言う事だ? 二人には彼女の姿が見えていないのか?
だってどう見てもシスターは此方を見て微笑んでいるし、手に持った明かりを此方に向けている。
アレだけの行動をしているのだ、二人共気が付かない筈なんて無いのに。
『貴女の灯は、いつまで続くのかしら?』
「どういう……意味?」
『もうボロボロではありませんか。弱々しい炎は揺らぎ、いずれ消えて闇が訪れる。だったら、今から新しい薪をくべませんと』
「だから! どう言う意味!?」
彼女の言葉に叫び返した私に対して、エターニアとガウルが慌てた様に抑えて来た。
やっぱり、この二人には見えていない。
そして多分、聞こえてもいない。
「どうしましたの!? こんな事態で叫び声なんて上げたら、余計に場が混乱しますわよ!?」
「アリス、どうした!? 何が見えている?」
二人の声を聴きながら、相手の事を見つめていれば。
『貴女は、選ばれた人間です。だから、その祝福を周りにも分けてあげるべきではありませんか? 独り占めは、良くないですよ?』
「わ、私は……そんな事」
『しているではありませんか。だって、ホラ。貴女を羨んだ子供が、貴女を求めている』
その声と同時に、建物が崩れ何かが飛び出して来た。
レンガ造りの建物吹っ飛ばす勢いで目の前に登場したのは、またワーウルフ。
ソイツは傷付いた衛兵を口に咥えながら、私と目を合わせた瞬間にニヤッと口元を吊り上げて、その人を地面に落とした。
そして。
「魔女、血……」
また、喋った。
「ガウルは盾を! 鎧を着ていないのですから、無茶は禁止ですわ! アリス、行けますわね!?」
目の前に現れたワーウルフに対し、二人はすぐさま動き出そうとするが。
私はガタガタと震えたまま、動けないでいた。
「アリス! どうした!?」
「アリス! 相手は魔物ですわ! 早くブラックローダーを!」
着々と戦闘準備が整っていく中、私だけが動けない。
だって相手は、もしかしたら……そう思うと、どうしてもその一歩が踏み出せない。
駄目だ、私はやっぱり戦えな――
「あらあら、皆もう帰って来てたの?」
ズドンッと、物凄い衝撃音が響いた。
真正面に迫るワーウルフ。
その側面から、何かが突っ込んで来て拳を叩き込んだ。
衝撃に耐えられず、建物を破壊しながら倒れ込んだ魔物。
ソイツの頭に向かって、飛び上がったその人が踵を振り上げ。
「いやねぇ……最近は街中にもこんなのが出て来る様になっちゃったのかしら」
容赦なく、脚を振り下ろす。
結果ワーウルフは頭を粉砕され、その場で血だまりを作る結果になった。
そして、赤い水たまりの上に立っていたのは。
「お、お母さん?」
「お帰りなさい、アリス。今回は早かったのね? もう……家にも顔を出してくれれば良いのに。でも、その前に」
本当に買い物にでも出かけましたって恰好のお母さんが、ニコニコしながら此方に歩み寄り。
ズバンッ! と凄い音が立つデコピンを私のおでこに放って来た。
もちろんその衝撃を受け流せず、後ろに吹っ飛ばされてしまったが。
ウチの母、つまり魔女の娘。
この人は、私にとって身体強化と体術。
そして近接戦の師匠でもあるのだ。
「アリス、駄目よ? お友達と一緒なのに、貴女が足を引っ張ったら皆死んじゃうかもしれないでしょ? さっきだって、何をモジモジしているのかと思えば……最後まで武器を抜かないなんて。お婆ちゃんの所に行って、気が抜けちゃったのかしら」
「そ、そうじゃないけど……でも、色々あって……」
額を押さえながら、フラフラと立ち上がってみれば。
お母さんは再び私の元まで歩み寄り、ニコォっと怖い微笑みを浮かべている。
「それはお友達の命以上に大事な事なのかしら? あのワーウルフと、お友達の命。アリスはどちらを優先するの? 戦地に立ったら、即判断出来ないと。ソレが出来ない人間は、周りを巻き込んで自滅するのよ?」
「は、はい……ごめんなさい」
「怖いなら、逃げなさい。判断出来ないのなら、戦わず生き延びる術を探しなさい。どちらも出来ないのなら、無理にでも“戦いなさい”。何度も教えた筈なんだけどねぇ~……困ったわぁ」
「本当に……ごめんなさい」
久し振りに母親の御叱りを受け、思わず視線を落としてしまった訳だが。
相手はどうやらまだ納得していないらしく。
魔女の娘が、クスクスと笑っていらっしゃった。
やばい、コレは不味い。
さっきまでワーウルフの件で悩んでいたのに、今ではこっちの方が死活問題だ。
「え、えぇと……アリスのお母様、ですわよね? 前回と随分雰囲気が違うというか……」
「母君まで強いのか……」
事態を理解していない二人は、そんな声を上げているが。
「まぁ、お説教は後にしましょうか。怪我人も出ているみたいだし、今はそっちが優先。動けるわね? アリス」
「は、はいっ!」
そんな訳で、先程のワーウルフの被害に巻き込まれた人達に向かって走りだした。
民間人でも建物の倒壊に巻き込まれたり、戦っていた兵士達なんてもっと酷い。
今では術師達も到着し、重傷者から治療が始まっているが。
「そこの瓦礫退かすわね? よいしょー」
瓦礫に挟まってしまった人が居たらしく、兵士達が引っ張り出そうとしていた所に。
母が、その瓦礫を片手で退かし始めた。
魔女の娘は、物理。
分かってはいた事だが……いつ見てもあの怪力は背筋が冷える。
「あ、あのアリス? お母様は……その、どういう魔法を使っているのでしょう」
口元をヒクヒクさせたエターニアが、そんな事を問いかけて来る訳だが。
まぁ、この状況を見たらそういう反応になるよね。
「身体強化。でもアレって、本来肉体能力を補うモノなんだけど……お母さんの場合は、何処までもソレだけ突き詰めた感じ」
「だが、それでは肉体が保たないのではないか? 無理をして強化しても、物体には限界というモノがある」
怪我人を運びながらも、此方の話を聞いていたらしいガウルまで質問を投げて来るが。
こればかりは、私も聞いた話をそのまま答えるしか出来なかった。
「壊れて治して、それをずっと繰り返して壊れない肉体を手に入れたって……そんな事を言ってました……だから身体強化を使っていない時は、身体が重く感じて疲れるんだって」
「「……」」
私は母から戦い方を教わった人間なので、身体強化は多用している。
戦闘時はもちろん、普段の生活だって。
でも流石に、お母さん程は壊れていない。
流石にあそこまで強化すると、身体が保たないし。
普通のパンチで自分より大きな魔物を吹っ飛ばすとか、絶対出来ないし。
その為私は武器を手にする事を選んだ訳だが。
不思議と、武器を手にしてもお母さんに勝てる未来が想像出来ない。
この人の場合、アレは身体強化ではなく限界突破だと思うんだ。
「ほらほら、そこの三人。口の前に手を動かして? その後アリスはお説教が待ってるんだから、早い所片付けて家に帰るわよ?」
「うぐっ!」
とりあえず今は、早くこの場を収めるのが先の様だ。
チラッとワーウルフの死体に目を向けるが……やっぱり、そのまま。
いや、今は余計な事を考えず皆の救助を優先しよう。
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