第66話 強襲、未熟


「さて、と」


 いつも通り門を開いてみれば、手入れされている教会の庭。

 まぁ人気は無いので、今ではそれさえも不気味に思えて来るが。

 そのまま室内に足を踏み込んでみると。


「あら、ミリアさんいらっしゃい。しばらくは休暇だというお話――」


「“バインド”」


 室内に居たシスターに、とりあえず拘束魔法を掛けた。

 その際随分抵抗してみせるが……。


「前回ワーウルフが街中に出た際、貴女アリスにおかしな事を言ったらしいわね? 正直に答えて、この教会は何をしているのかしら?」


「ムー! んんー!?」


「ちゃんと答えてくれれば、これ以上手荒な真似はしないわ」


 それだけ言って彼女の口の拘束を解除してみれば、相手はプハッと息を溢してから叫び始めた。


「なんのつもりですか!? ミリアさん! 貴女はこの教会に寄り添ってくれる方だと思っていたのに!」


 やけに悲壮感を漂わせながら、拘束されているシスターが叫んで来るが。

 どの口が言っているのか。


「そっちこそ、どういうつもりなんですか? もう一度聞きます。アリスが特殊なワーウルフと遭遇した際、貴女は何か語り掛けましたよね? 全部聞いてますよ? 何故そんな言葉を紡いだんですか? なんのつもりで? 答えて下さい。お前は……何の目的があってアイツに近付いた? 答えろ、回答次第では容赦しない」


「ヒッ!」


 身動きの取れない彼女に向かって杖を向けてみれば、相手からは非常に恐れた様な反応が返って来た。

 つまり、こっちはハズレ。

 ろくに目的も知らず命令されていた立場なのかもしれない。

 で、あれば。

 用は無い。


「神父は何処? 私は、アイツに話がある」


「貴女は先程から何を仰っているのですか!? 全く理解出来ません! こんな事、神々が許すはずが――」


「そういうの、もう良いからさ。教えてくれないかな」


 ギリッと音がする程に、奥歯を強く噛みしめた。

 今の私の行動が正しいなんて微塵も思ってはいない、むしろ世間からすれば私が悪者だろう。

 でも私の予想が正しいのなら、コイツもまた魔導回路の研究に携わっている。

 魔素中毒者の子供達を使って、保護を名目にしているにも関わらず。

 アリスに接触し、意味深な言葉を放ったかと思えばまたワーウルフの出現。

 その個体もまた、特殊だったと言う。

 流石にコレで無関係と言う事は無いだろう。

 だからこそ、周囲に幾つもの氷柱を発生させて脅しつけた。


「もう一度言う、“神父”はどこ? 私は、アイツに話がある」


 更に杖を近づけ、発生させた魔法も徐々に彼女に近付けていく。

 相手は、怯えた様子のまま涙を流し始め。


「あぁ……神よ」


「話にならないわね」


 何を今更、普通のシスターを演じているのか。

 アリスの話を聞かなければ、この演技にずっと騙されていた事だろう。

 そう考えると、今まで彼女が紡いで来た言葉がどれも薄っぺらに思えてくる。

 あぁもう、本当に……反吐が出るとはこのことだ。

 そんな事を思いながら舌打ちを溢してみれば。


「穏やかではありませんねぇ」


 別の扉から、件の神父が姿を見せたではないか。

 彼が此方に掌を向けた瞬間、氷柱が全て砕け散った。

 扉の向こうで詠唱していたという訳ではない限りは、無詠唱術師か精霊術師か?

 そんな事を思いながら、精霊術で水弾を向けてみれば。


「随分と古い術式だ、だから人の多い街は嫌なのですよ……どこかの老骨にでも教わりましたか? 現代術師なら、現代魔法で満足していれば良いものを。こんな魔法は、あまりにも危険すぎるから淘汰されたというのに」


 彼は掌を払うだけで、私の魔術を消し去って見せた。

 間違いない、彼もまた。


「昔の魔術式……それともエレメンタルマスター?」


「ハハッ、そんな単語を聞いたのも久し振りです。貴女はやはり随分勉強熱心な御様子だ」


 彼は普段通りの様子で、笑みなんか浮かべている。

 その笑顔の下に、何を隠しているのかは知らないが。


「古い知識さえも保有するエルフが、こんな所で魔素中毒者の保護ですか。立派ですね。それで? 実際は何を求めているんですか? それだけの実力を持ちながら、慈善活動に急に目覚めたなんて言いませんよね? 学者なら、それはあり得ない。あの子供達をどうするつもりですか? そして……アリスを求める理由をお尋ねしても?」


「君には、もう余分な言葉は不要ですか。“現代術師”なら、もう少し楽だったのですけれどね」


「お生憎様、私もエレメンタルマスターと認めて貰いましたから」


 相手は笑ったまま冷たい視線を此方に向け、懐から取り出した短い杖を構える。

 それに対し此方は二本の杖を構えて、腰を落とした。

 先生から教わった。

 戦場において、後衛であろうと棒立ちするのは良くないって。

 私達の様な存在でも、いつでも動けるようにする事で戦況は変わる。

 それは戦場においての鉄則だって。

 だからこそ、前衛の様な姿勢で相手に向かって構えていれば。


「止めて下さい! 本当にどうしてしまったのですかミリアさん! 神父様もお止めください!」


 些か神父に集中し過ぎたのか、シスターの方が拘束を逃れて自由になってしまった。

 しまった、とは思うが。

 しかしながら、彼女は両手を広げて神父を守る様な体勢を取り。


「二人共落ち着いて下さい! いったい何があったというのですか!?」


 まだ、善人ぶるのか。


「ソイツは孤児院の子供を実験に使っている。しかも人体実験に手を出してる可能性が高い。だとすれば、貴女なら許せない事態だと予想しますが。それとも実際は子供なんかどうでもよくて、ソイツが全てだったりします? そんな事の為に、アリスの元に現れたんですか?」


「私は貴女が何を言っているのか分かりません! でも神父様がこの教会を救って頂いたのは事実です! そして貴女のお友達が、学生にしては多すぎる祝福を与えてくれたのも事実! だからこそ神父様は気に病んだ! どこがおかしいと言うのですか!?」


 違う、何かが違う。

 私が想定している事態と、何かが異なっている。

 このシスターは、何を言っているのだ?

 状況を理解していない? もしくは神父が、実際は子供達を利用した実験などしていないとか。

 でもそれなら何故ワーウルフが現れた時、彼女はアリスの前に現れた?

 そしてそのワーウルフは、何故ここの子供ではないかと思われる言動を取った?

 状況から考えて、この教会が白だというにはあまりにも都合が良すぎる気がするのだが……。

 そんな事を思いながら、杖の切っ先を向けていれば。


「色々と誤解があるようですね。では改めて、お話合いといきませんか? その方が、分かりやすいでしょう? それに私としては、貴女にお願いしたい事もありますし」


 そう言いつつ、彼は一枚の用紙をテーブルの上に置いた。

 相手の事を警戒したまま、その紙を覗き込んでみれば。


「依頼書……ねぇ。この状況で、私がそんな話を受けると思うの?」


「報酬欄を良く視て下さい。恐らく貴女は、受ける以外の選択肢はない」


 内容は、魔女の孫であるアリスの“血液”を確保する事。

 報酬は、彼が製作した“魔素中毒者”を救う為の薬。


「破綻してるわ、確証がない。そもそも血液で貴方が欲する情報が手に入るの? そして救う薬って何? どう救うの? 以後症状が無くなるの? 根底から覆してくれるの? 全てが、曖昧過ぎる」


「これ以上この場で説明をした所で、今の貴女には理解出来ないでしょう。いいえ、理解しようとしない筈だ。だからこそ、私が今欲しているモノだけを提示します。薬の内容に関しては、後日改めてご説明しましょう」


 そんな事を言い放った彼は、用紙をそのまま此方に差し出して来た。

 ふざけるなよ?

 こんな曖昧な状況で、相手が何を企んでいるのか分からない状況で。

 この契約を飲むと思うのか?

 更に言うなら、報酬にある“魔素中毒者”を救う薬。

 こんな物があるのなら、この教会の子供達は全員完治していないとおかしいではないか。

 彼等彼女等を救う為だと謳うなら、アリスを必要とする理由が分からない。

 本当にこんな物があるなら、既に目的は達成しているのだから。

 だとすればやはり、存在の進化や生命の生成などの研究?

 そんな事を考えながら、シスターと神父に杖を向けていれば。


「神父様……お話、まだ終わらない?」


「おや、待っていなさいと言ったのに。まぁ良いでしょう。コッチにおいで、お姉さんに挨拶しよう」


 部屋の奥から、扉の向こうから顔を出したのは……黒髪の少女。

 魔素中毒者ではない? では、何だ?

 この教会に居るのに普通の髪色をしているし、顔色も悪くない。


「さぁ、自己紹介をなさい。このお姉ちゃんは、いつも教会に来て協力してくれる術師様だよ」


「は、はじめまして! わたし、ナージャって言うの! えっと、ね? 最近まで髪の毛が真っ白だったんだけど、神父様に診て貰ってからは、段々髪が黒くなったの。凄いでしょ!」


 神父の腕に抱きあげられた彼女は、自信満々の様子でそんな事を言って来た。

 本当に綺麗な黒髪を揺らして。

 まるで、アリスみたいな。


「痛くなかったかい? ナージャ。その後変わった所はない?」


「別に、いつも通りだよ? あのね、お姉ちゃん! 前にお金くれたお姉ちゃんのお友達だよね? 今度は一緒に連れて来てくれない……? 私、あのお姉ちゃんにもお礼が言いたい!」


「ふふっ、ナージャは良い子だね。でもあの黒髪のお姉ちゃんは忙しいみたいだから、今はお友達にお礼を伝えておいて貰おう?」


 それだけ言うと、神父は少女を降ろし扉へと促した。


「ごめんね、すぐ行くから。皆と遊んでおいで」


「神父様は?」


「このお姉ちゃんとお話が終わったら、すぐに行くから。ほら、行っておいで。もう元気になったんだから、何も気にすることなく遊びなさい」


 そんな事を言って、彼女を部屋から退場させるのであった。

 勘弁してくれ、本当に待ってくれ。

 これは……どう言う事だ?

 彼は本当に子供達を救う為の研究をしていた?

 その結果として、先程のナージャという女の子は魔素中毒者の枠組みから解放されたのか?


「まぁ、こういう事です。ミリアさん」


「……どういうことか、説明してもらって良いですか?」


 もはや、意地で反発する事しか出来なかった。

 それでも、彼は微笑み。


「私は、実績を残しています。あの子達が“普通”に近付く実績を。つまり、私の研究は間違いではなかった。その為に、“魔女の血”が必要なんです。一線を凌駕した、進化した者の血が。そうすれば、あの子達は救われるかもしれない」


「つまり、今の段階では不完全だと言いたい訳ですね」


「その通り、あの子達は“普通に見える”だけだ。だからこそ、根底からの改善が必要になって来る。だからこそ……新たなデータが必要なんですよ」


「それが……アリス」


 ソレが正解なのかは分からない。

 だってあの子も、魔素中毒者として苦しんでいるのだから。

 でも、他の面々と比べれば確かに祝福されていると言えなくもない。

 だからこそ、彼女程の位置に持って行く事が出来れば……魔素中毒者の子供達は救われる、と言って良いのかもしれない。

 それでも。


「不完全な代物なら、こちらにメリットが少なすぎるわ。アリスの情報が研究を更に進める結果になったとして、現状アリス自身を救う事にはならない。子供達を救う手立てとして、無償で提供する善人ならすぐにでも飛びつく所でしょうけど。こっちは普通の学生なの、見返りを求めるのは当然でしょ?」


 それだけ言ってみれば、彼は少しだけ微笑んでから。


「現状でも魔素中毒者を“通常”に近い形に少しだけ戻した。そして魔女の血を調べ、新たに作り出せるであろう薬を贈呈します」


「安全かどうかも分からないわ」


「では、存分に検討してくれればよろしいかと。この薬が十年、二十年後に“新薬”として認知され、そこで初めて使用するのでも構いませんよ? その頃まで、貴女のお友達が生きているのなら良いですけどね。術と同じく、薬も認められるには時間が掛かるモノですから。そして現状の薬でも、魔素中毒者にかなりの効果を及ぼす事が確認されています」


 そんな事を言いながら、私の目の前には新薬とやらが入った小瓶が置かれた。

 コレを打てば、アリスの症状が緩和するかもしれない。

 魔素中毒者という枠組みから、少しだけでも解放されるかもしれない。

 でも、どうしても。

 この薬を、私は信用する事が出来なかった。


「信じないわ」


「おや、先程の少女を見たでしょう?」


「でもあの子は、アリスじゃない。それに薬をあの子で試したなら、人体実験に他ならないじゃない」


「一応鑑定士から問題ないと認可は貰っています。但し一般的に使用されるには、また別の認可がいる、と言う訳です。更に言うのなら、ナージャは身分というモノが無い捨て子。これは人体実験には当て嵌まらないんですよ」


「そういう理屈、大っ嫌い」


 それだけ言って踵を返し、部屋から出て行こうとした私に対し。


「こちらは差し上げますよ、お試し品とでも思ってください」


「……一応、貰っておく。でも使ったりしないわ、絶対に。私は、貴方が信用出来ないの」


 正直に言おう、これ以上彼等を問い詰められる文句が思い付かなかったのだ。

 私が考えていた想像は半分当たり、でももう半分は外れ……かもしれない。

 その上で、相手の要望に乗せられ主導権を握られた。

 これ以上話しても、相手の都合の良い様に促されていた事だろう。

 私には、交渉術というモノがない。

 だからこそ、逃げられる内に逃げる。

 そう、思っていたのだが。


「魔素中毒者の命は、我々と比べてとても短い。だからこそ、判断はお早めに。決断できない様でしたら、どうか大人に相談してみて下さい」


「……チッ、貴方が心からの善人である事を願うわ」


 それだけ言って、私は教会を後にしたのであった。

 結局、確たる証拠も掴めぬまま。

 その手に、良く分からぬ薬を持たされて。

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