第65話 休暇


「アリス、私先に帰るわよ?」


「えぇ!? もうちょっとゆっくりしようよぉ……」


「いろいろあんのよ、また学園で会えるでしょ?」


 ちびっ子の頭がガシガシと撫でてみれば、相手は不満そうな顔を此方に向けて来た。

 それでも、流石にこのまま休日を楽しむ訳にはいかないだろう。

 色々と、やる事も多いし調べる事も増えてしまったのだから。


「んじゃ、私は一足お先に」


「森の入口まで送るよ! 一人じゃ危ないでしょ!?」


「いや、私ローズさんから“浮遊魔法”を教わったから別に……」


 なんて、言ってしまったが。

 引っ付いたアリスの表情を見て、言葉を止めた。


「んじゃ、送迎をお願いしようかな。アリス、頼める?」


「任された!」


 随分と嬉しそうなアリスはすぐに準備を始め、その様子を見て思わず笑みが浮かんでしまった。

 コイツは、いつだって全力だ。

 こういう思考回路、今までは下らないとか、体力の無駄だと表現しただろう。

 でも、今では。

 羨ましいと、少しだけ思ってしまう。


「ミリアさん、またいつでも来てね?」


「ローズさん。本当に、お世話になりました」


 次に声を掛けて来るのは、二人目の師匠とも呼べる存在。

 結局私の攻撃は、彼女にちょっとした切り傷程度を負わせる事しか出来なかった。

 でも、彼女の防壁を破って傷を負わせた。

 まぁブラックワンドのお陰ではあるのだが。

 しかしこれはとても凄い事なんだと、ひたすらに褒められた。

 つまり私は、今回の休日で一応強くなれたと思って良いのだろう。

 何しろ、武装すら増えている訳だし。

 もっと言うなら、ローズさんからマジックバッグも貰ってしまったくらいだ。

 恩返しが必要な内容がどんどんと増えていく。

 魔女、怖い。


「ミリア、何か忙しそうだね……私も手伝う? 何でも言ってね?」


 準備を終えたらしいちびっ子がそんな事を言って来るが。

 流石に、こればかりは。


「大丈夫よ、本当に私の用事。アンタは気にせず休日を満喫しなさい」


「うぅ……でもさぁ……」


 そんな会話をしながら、私達は魔女の家を後にした。

 そして、何度も何度もアリスからはそんな話題が振られたが。

 それでも、誤魔化し続け。


「よっし、街道まで出て来たからもう大丈夫。アリス、戻って良いわよ?」


「ミリアぁ……」


「しつこい、何でもないって言ってるでしょ?」


 未だ納得していないアリスの頭を撫でてから、私は街へと足を進めた。

 このまま構っていては、いつまでも帰らない気がして。

 だからこそ、振り返らずに進もうと思ったのだが……流石に気になってチラッと振り返ってみれば、未だその姿が見える。

 小っちゃい赤い影が、スカートを握りながら未だに此方を見つめていた。

 まぁったくもう、面倒くさい相棒を持ってしまったものだ。

 と言う事で、随分遠くなった相手に手を振ってみせた。


「アリス! また学園で!」


 街道だと言うのに、そんな大声を上げてみれば。

 相手はピョンピョン飛び跳ねながら、全力で両手を振っていた。

 全くもう、恥ずかしい奴。

 馬車を走らせている行商人とかから、微笑ましい顔を向けられてしまったではないか。

 何てことを思いつつ、今度こそ振り返らず歩き始めた。

 やる事は少なくない、休日の間にある程度進めておかないと。


「まずは、教会に殴り込みかしらね。あぁ~ったくもう、嫌になって来るわ」


 そんな事を呟きながら、あの魔素中毒者を集めている教会へと足を向けるのであった。


 ※※※


「ミリアが帰っちゃった……つまらなかったのかな……」


 家に戻ってから、膝を抱えてソファーの隅っこに蹲っていれば。


「アリス、釣りに行こう。狩りでも良いぞ? 今日の晩飯を確保しなければ」


 首元を掴まれ、ガウルに持ち上げられてしまった。

 あぅ……そういう気分ではないのだが。


「釣り、是非釣りにいたしましょう! 前回で少々コツを覚えましたわ! 魚を獲るなら、私に任せて下さいませ!」


 エターニアも乗り気な様で、意気揚々と釣りの準備をし始めている。

 でもなぁ、なんかミリアの様子が違ったし。

 気になるし、でも私には何にも出来ないし。

 などと思いつつ、うーんうーんと唸っていれば。


「行って来なさい、アリス。気分転換感も大事よ?」


 お婆ちゃんからも、そんな事を言われてしまった。

 とはいえ、今日はあまり動くつもりが無い御様子で。


「どうしたの? お婆ちゃん。怪我?」


「名誉の負傷って奴かしらね? 貴女の相棒は、間違いなく一流のエレメンタルマスターになるわよ?」


 なんか、急に凄い事を言い出し始めた。

 もしかして、見た目は若くても歳は歳だからそろそろ……。


「アリス、今とっても失礼な事を考えているわね?」


「そ、そんな事ないよー?」


「いいから、皆で楽しんでらっしゃい。そういうのも、若い頃には大事なのよ?」


 よく分らないが、お婆ちゃんにも家を追い出されてしまった。

 ミリアも変だったし、お婆ちゃんも変。

 昨日の夜にでも、もしかして何かあったのでは……そんな事ばかり考えてしまうが。


「アリス、こういう時は……気を使うというのも大事な事ですわよ?」


「あの人から見れば我々は子供。だったら、それらしく振舞ってもバチは当たらない」


 エターニアとガウルの二人が、そんな事を言って来た。

 いったい何を言っているのかと首を傾げてしまったが。


「親、というか責任あるモノには。下のモノに不安を与えない様我慢する事だって多いのですわ。だからこそ、我々下っ端は相手の要望に答え。こうして“子供の様に振舞う”事だって大事、と言う訳ですわね」


「魔女の覇気をアレだけ奪える存在と言うのは恐ろしいが、まぁそう言う事だろう。我々は、彼女が回復するまでゆっくりとした時間を与えてやるべきだ」


 そう言って、二人は私の事を河原まで連行していった。

 つまり、やはり昨晩お婆ちゃんとミリアの間で何かがあったと言う事。

 そしてその戦闘において、お婆ちゃんは負傷している可能性がある。

 でも。


「やっぱり、私には教えてくれないんだ……」


 私は魔素中毒者だから、周りから心配される立場だから。

 思わず視線を下げそうになった瞬間。


「そぉい!」


「いったぁ!?」


 エターニアから、思いっきりチョップを食らってしまった。

 急に何!? 頭を押さえながら、相手に視線を向けてみると。


「全部自分のせいだと思わない事ですわ。ミリアも御婆様も、そんな性格ではないでしょう? 逆に貴女が責任を感じれば、余計に思いつめてしまう。二人共、そういう人達ですのよ? 原因は何にせよ、アリスはもっと“頼る”事を覚えるべきですわ」


 釣竿を担いだお嬢様が、胸を張りながらそんな事を言い放った。

 頼る、頼る……かぁ。

 私の人生、他の人に頼ってばかりだった気がするのだが。


「俺は、嬉しかったぞ? お前が攻撃、俺が防御。防御は任せると、信頼を置いてもらえて。だからこそ、頑張った。そういうので良いんだ、全部一人で抱える必要はない。そして失敗しても生きてさえいるのなら、笑いながら皆で話し合えば良い。ソレが、仲間というモノだ」


 私を抱えたガウルまで、そんな事を言い出した。

 私は、もっと周りを頼って良い。

 そう言う事なのだろう。

 でもソレは、甘えるだとか任せきりにするとかではない。

 相手を理解し、尊重し。

 出来る事はやって、厳しい所は助けてもらう。

 それが自然に出来るからこそ、パーティになれるのであろう。


「私、ミリアの行動とお婆ちゃんの行動が気になった」


「ミリアに関しては、後で色々と聞いてみましょうか。あの子もまた、一人で解決しようとする癖がありますからね」


「ローズさんに関しては、いずれ教えてくれるだろう。今はその時ではない、という事なのだろうな」


 なんて会話をしつつ、件の河原へとたどり着いてみれば。


「さて、まずは釣りますわよ? 目の前の事が対処出来ない人間に対し、管理する側は大きな評価はしませんから。小さな事から信用を得ませんと」


「出来る事から着実に、だな」


 そう言いながらエターニアは釣り用の餌を探し始め、ガウルは銛を掴んで川へと飛び込んだ。

 なんというか、なんというかもう。


「二人共、意外と熱血な上に結果主義者だよね」


「だから、どうしましたの? 上を目指す人間であれば、これくらいの熱量を持っていて当然ですわ」


 微笑みながらそんな事を言って、エターニアは岩下から見つけた虫を釣り針に刺し。

 そのまま河原へと放り投げたかと思えば。


「獲ったぞぉぉ!」


 銛の先に獲物をブッ刺したガウルが戻って来る。

 ポカンとしながら二人の事を見つめていれば、ガウルがニヤッと口元を緩め。


「おっと。今日は俺の勝ちかな? アリスは狩りが苦手と見た」


 滅茶苦茶煽ってきた。

 おっとぉ? 学園に通うまでの間、どれ程の期間私がこの森で過ごして来たのか。

 それを分からせてやる機会が訪れた様だ


「はぁ!? 魚取るのとか余裕だし、銛なら私の方がいっぱい獲れるし!」


 それだけ言って服を脱ぎ捨て、銛を掴んで川へと向かって進んでみると。


「アリス! 絶対それ以上脱がないで下さいまし! 何か色々見えている気がしますけど、それ以上は脱がないで下さいね!? 装備が最低限過ぎますわ!」


 エターニアのお言葉を頂きながらも、私も水の中へと飛び込んだ。

 薄着で川へと飛び込む事なんて、昔で言えば日常茶飯事だった。

 もしかしたら齧られた時の防御力の話をしているのかもしれないが、野良の狩りなど“狩られる前に狩れ”。

 つまり、怪我をする前に相手を仕留めてしまえば問題ない。

 だからこそ、この状態で狩りまくってみれば。


「見て見て! 一撃で魚に三匹確保! 凄くない!?」


「凄い! 凄いですから! せめて水着か何かを着用しましょうか!」


 ガウルが顔面から血を流しながら、下流へと流れていったのであった。


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