第64話 その一撃は、認めて貰う為に


「えっと……武装に関してはまた今度ちゃんとお話するとして。アリスから聞いた話の方にいっても良いですか?」


「えぇ、どうぞ?」


 何か物凄く高級な杖を二本掴んでいるという、本当に意味の分からない状況に陥ってしまったが。

 現実から目を逸らす為にも、話題を変えてみた。

 私の両手に握られている代物だけで、総額いくらになるのか。

 正直、考えたくもない。


「まずは核心からお聞きします。人が魔物に変異する現象……これって実現は可能ですか? 変化や、ローズさんの使い魔の様な存在とは異なり、死んでもそのまま。つまり……魔術的な何かが関わっていたとしても、肉体そのものを突然変異させる様な現象は」


 これこそ、アリスが怯えている理由。

 自らが人を殺してしまったのではないかと考えている、最大の問題点。

 私の知っている限り、そんな術はない。

 姿形を変えるのなら、魔術で見た者を騙すとか。

 本当に肉体が変化している様に見えても、それは魔術で作ったハリボテ。

 術が解ければ元に戻る。

 そもそも体の構造を変化させるとなると、肉体という物質がある訳だからそれ以上には肥大化出来ない筈。

 逆に小さくなる事も不可能だ。

 そう思って、アリスには安心しろと言葉にしたのだが……。

 ローズさんは、一つ溜息を溢してから冷たい瞳を此方に向けて来た。


「普通だったら、“あり得ない”と答えるわ。でも、今の技術や魔術で考えなければ“不可能ではない”と言う他無い。貴女も薄々気が付いているでしょうけど、本来の魔法と言うものは“人の願いを叶える”術に近いの。だからこそ、不可能ではない。しかしながら、それ相応の代償が必要だけどね」


「……やっぱり、そうなっちゃうんですね。でも、どうやって? エレメンタルマスターなら、肉体の改造や新たな生物を作り出す事だって可能と言う事ですか?」


 あまり聞きたくない答えではあったが、予想はしていた。

 私が今教わっている魔法は、あまりにも“都合が良すぎる”のだ。

 その分保証と呼べるモノが無かったり、一歩間違えば簡単に命を落とす様なモノではあるのだが。


「新たな生命を作り出す、コレは無理ね。いくら精霊使いでも、叶えた者は居ないわ。“試した”奴等は居たけど。その生き残りで知識を後世に残している者達が、所謂“錬金術師”と呼ばれる存在。彼等は、生命を自らの手で生み出す事を目的に研究を始めた者達よ」


 錬金術師。

 今で言えば化学的な研究や、普通なら不可能なソレを可能にする術を研究する者達。

 鉱山から発掘された石を金にする、なんて事を出来る者も居たんだとか。

 つまり学者の中の学者。

 その最高峰と言って良い存在だろう。


「彼等は不可能を可能としている訳じゃない。本来不可能と“思われていた”モノを、可能にする術を研究しているだけ。そしてその原点は生命の生成、または進化。例え道が分かれても、私の様な元素術師とも言えるエレメンタルマスターと、彼等の様な現代の学者とも言える研究者の目的には間違いなく共通点がある。それは何だと思う?」


「本来それは、道が違えれば共通目的とは言いません。でもソレを“あえて”共通と表現するのであれば……強化個体の生成、または進化させより強力な肉体を手に入れる事。つまり体の構造と、仕組みそのものの組み換え……と言う事は」


 グッと拳に力を入れながら、貰った杖を握り締めていれば。

 彼女は、フッと軽い笑みを溢しながら。


「つまり? 大丈夫、言葉にして良いのよ。貴女の答えを聞かせて頂戴」


 促して来るローズさんの声に、一度深呼吸をしてから。

 改めて、彼女の事を真っすぐ見つめた。


「貴女は、ある意味“完成体”と言っても良い。とてつもない力を持ち、寿命という概念すらないと言われている。偶然の産物だったとしても……人間その物から、一歩先へと踏み出した存在と言って良いと思います。だからこそ、術師どころか学者。錬金術師やその他の者ですら貴女という存在を求める。研究材料として」


「大正解。だからこそ私は一人で暮す事を選び、人目に触れない様にこの地で住んでいる。本来なら一か所に留まるのは愚策。でもこの地に残る理由が出来た。一人の男を愛し、子が生まれ。可愛い孫まで出来た。そしてあの子には、私の血が色濃く残っているという結果になってしまった。これはつまり、どう言う事かしら? 貴女なら、分かるんじゃない?」


 言わせようとしている、間違いなく。

 私の口から、確かな言葉として紡がせようとしている。

 ソレを言葉にすれば、確証へと変わってしまう。

 関わっている以上、今後安然など訪れないと宣言されている。

 もしもコレを言葉に出来ないのなら、あの子から……アリスから離れろと言われている気がしてならない。

 意図が分かったからこそ、もう一度息を吸い込んだ。


「全く、面倒事ばっかり巻き込むんじゃないわよ……」


 呟いてみれば、魔女の視線は鋭くなり。


「それが、貴女の答えかしら?」


 ホント、孫と一緒で耳が良い事で。

 こちらのボヤきでさえ聞き逃してくれないらしい。

 でも、それでも。


「クソッたれ、です」


「なんですって?」


 驚いた様子を浮かべるローズさんに対し、私は胸を張りながら真正面から見つめ返した。


「クソッたれ、そう言いました。私は正直、この世界構造が嫌いです。貴族平民、貧民その他。色々に分けられて区別されて、生まれながらにして仕分けされるこの世界が大っ嫌いです。でも」


 私が嫌っていた巣窟に踏み込んだその先で、笑みを向けて来る奴が居たのだ。

 仲間になってくれた者達が居たのだ。

 だから。


「私は抗うと決めました。私の事を友達と呼んでくれて、リーダーだからって頼ってくれて、相棒だって認めてくれたから。要は貴女の血の影響で、アリスはこの先も狙われる。今回の件も、“魔女の孫”という理由でそう言う連中から狙われた。こういう事ですよね? そして生命の生成、人類の進化。そう言った事情が関わって来るなら、真っ先に思いつくのは“魔導回路”。アレはその存在が扱える魔術の設計図です。その設計図を、相手は求めている。つまり、貴女の血を受け継いだアリスを欲しがっている」


 魔素中毒者だからこそ、普通の人とは違う図面がある筈。

 魔女の孫だから、そこらの奴らとは全く違う構造をしている筈。

 そんな予想の元、あの教会から狙われた可能性が高いと言う事だ。

 魔素中毒者は、本来ある筈の魔導回路が欠損しているという。

 その状態でも、アリスは普通に生きている。

 だからこそ、“特別”なんだという確証を持って。

 彼女自身を、分析しようとしている。

 そしてそんな事例は、今回に限らず次々と発生してもおかしくないという訳だ。


「なら、証明しなさい。貴女があの子に相応しいのか、アリスの隣に居て、守れるのか。あの子は特別よ、普通じゃない。だからこそ、周りに居る人間が平々凡々では意味が無いの。それでも、“普通”を欲しがっている。その願いを、貴女は叶えられる?」


「一緒に背負うって、約束しました。私に頼れって、言葉にしました」


 貰った杖を正面に持って来て、薬莢の排出口に弾丸を一発突っ込んだ。

 そんでもって、ジャコッと音を立てながら装填し。


「テストして下さい、ローズさん。私はそういう下らない連中からアイツを遠ざけられる程の術師か、アイツの隣に居て良い存在なのか。それから、件のエレメンタルマスターとしてどんなモンなのか」


「いいわよ、全力で来なさい。“絶対に”私は殺せないから、遠慮しないで?」


 それだけ言って、彼女はバッグから自分の杖を取り出し正面に構えた。

 聞きたい事は聞けた。

 結局あの教会はかなり疑わしい上に、アリスを欲しがっている可能性が高い。

 それが、答え。

 人体の変化に関しても、“不可能ではない”。

 つまり、魔素中毒者の子供達を使って人体実験か何かしている可能性が高いって事だ。

 その失敗作がもしかしたらあのワーウルフで、彼等の成功の鍵となるかもしれないのが、アリスの持っている魔導回路。

 だったら、潰してしまえそんな場所。

 アリスが巻き込まれる前に、叩き潰してしまえ。

 相手が本当に善意で、子供達の未来を繋げる様な行いをしていたのなら放置すれば良い。

 でもアリスを、私の友達を巻き込むなら。

 アイツを傷付けるのであれば、許してやる“理由”が見つからない。

 これは全部私の想像で、妄想かもしれない。

 でも今後そういう事態が発生しないとは限らない。

 だからこそ、ローズさんは私の申し出を受け入れてくれたのだろう。

 私は、これから“魔女”に挑む。

 これくらい出来ないと、未来が掴み取れない相手の隣に居る事を。

 この私が、自ら選択してしまったから。


「本気で、全力で行きますからね?」


「えぇ、いらっしゃい? 見せて御覧なさい、貴女の実力を」


 此方は二本の杖を構え、相手は落ち着いた様子で一本の杖を構えている。

 こんなの、絶対勝てるわけがない。

 相手は魔女な上に、学生とは比べ物にならない程の実力を持ち合わせている。

 それでも。

 私に使えるモノを全て使え、ビビるな。


「聖霊よ、答えて。私の祈りを、願いを叶えて」


「良いわよ、そのまま。精霊に対して問いかける、言葉にして協力を求める事は凄く大事。さぁ、貴女は何をしたいのかしら? 精霊たちにも教えてあげて?」


 エルフ先生とはまた違う、完全に実戦で教えるタイプ。

 感覚派とでも言えば良いのか、彼女は私の本気を見たがっていた。

 ソレは私の実力を計る為。

 アリスの隣を歩ける存在なのか、確かめる為。

 だったら、証明しないと。

 失敗すれば私はアイツとは離れ、今後は別々の道を進む事になる。

 学生なんて、そんなものだとは思うが。

 一度や二度の失敗だって、若い頃なら普通だとは思うが。

 恐らく、魔女はソレを許さない。

 なら、やれ。

 相手を殺すつもりで。

 アリスが殺せないと嘆くなら、代わりに私が相手を殺すつもりで今後を生きる為に。


「水、とにかく多くの水を生成して、もっと……もっと!」


「貴女の得意分野ね。さぁ、どうする? 私は適当な水弾や氷柱じゃ貫けないわよ?」


 クスクスと笑う魔女に対して、私の前に出現したのはいつも通りの水の玉。

 しかしこのままでは意味が無い、だからこそ圧縮する。

 水そのものは凝縮出来ない為、出口を細くするイメージで。

 必要なのは水そのものを飛ばす事ではなく、発射させる事。

 つまり後ろから高圧を掛けてやれば良い。

 私の得意分野は水と土。

 まさに農作業向きとも言える平凡な才能。

 村娘でいれば、こんな魔法の使い方はしなかっただろう。

 身の危険さえ伴う、“相手を確実に殺してしまう”様な魔法の使い方はしなかっただろう。

 でも、これが今の私だ。

 アリスと出会って、私の魔法だって相手を倒せるんだって気付いて。

 もっと言うなら、次々とアイツが人の輪を広げて。

 隣を歩いていたからこそ辿りついた、私と言う魔術師。

 ミリアと言う名の、エレメンタルマスターが誕生したのだ。

 なら、彼女がくれたモノを少しだけ返そう。

 私の出来る範囲で、全力で。


「圧力を掛けて、水圧を高めて。そんでもって、押し出す力を一点に……頼むわよ、“ブラックワンド”!」


 左手に持った、ローズさんのお下がりの黒い杖。

 右手に持った、弾丸装填式機械杖。

 入っている弾は、一発限り。

 だったらこの一発に賭ける、それ以外は……知識と精霊に頼る!

 正真正銘人生初、攻撃魔法での最高火力。

 それを、よりによって魔女に向かって放つ。


「いっけぇぇぇ! “ウォーターカッター”!」


 正面に出現させた水の玉に対し、機械杖を思い切り叩き込み。

 戸惑う事無く引き金を引き絞った。

 相手は魔女、こんなので勝てるとは思っていない。

 でも、せめて。

 少しでも彼女に届け、そう願いながら。

 私は、全力全開の魔法を行使するのであった。

 一つくらい、認められる様に。

 これからもアリスの隣を歩く許可を貰う為に、彼女を守れる実力があると証明する為に。

 今日、私は。

 精霊というモノを感じながら、全力で“人”に対して攻撃魔法を放ったのであった。

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