第62話 トラウマ 2
「ふえぇぇ……」
「濡れる事が嫌いな小動物じゃないから、変な声上げるんじゃないわよ」
皆で食事を堪能した後、私は目の前に座る小さいのを洗っていた。
お互い素っ裸というのも、年齢的には複雑な気持ちだが。
もう、流石に慣れた。
アリスの場合は、何かもう年下の面倒を見ている気分になって来るというもの。
「魚臭い手がガシガシしたんだから、ちゃんと洗ってよ?」
「分かってますよー、わるぅございましたね。ったくもう、綺麗な黒髪な事で。羨ましいなぁコイツ」
なんて事をボヤキつつ、アリスの髪の毛を洗っていく。
魔素中毒者は白系の髪色を持つ。
そんな風に言われているのに、この子の髪は夜の帳を連想させるほど真っ黒。
魔女の血の影響だと言われているが、実際の所どうなのだろう?
ソレですら抗えなくなった時や、本人が限界を突破した時。
もしかして、この髪は真っ白に染まったりするのだろうか?
いや、ありえないか。
髪の色彩が抜けると言うのは、老化や精神的負担による影響にはよくあるが。
この子の場合は程遠い物に思える。
だとすれば、魔女の血の特権は魔力量と髪色だけ?
そう考えると些かショボいと思ってしまうのは、この子に慣れ過ぎている影響なのだろうか。
「ミリア、今日お婆ちゃんに相談してみた」
「そ、良かったわね。“相談出来る人”の所に来られて」
ちょっと、嫌な言い方だった気がする。
シャワーを手に取り、彼女の頭に付いた泡を洗い流していれば。
「ミリアにも、相談したいなって……」
「あら、私にも教えてくれるの? これまではずっと黙ってたのに」
自然とこう言う言葉が出て来る時点で、私の性格は悪いのだろう。
だからこそ、学園内で他の友人も出来ないし。
いつまで経っても貴族相手には警戒してしまう、嫌な女と言う存在になっているのだろう。
でも、コイツはそんな風に思っていないらしく。
「まずはミリアに相談すべきだった、でも怖かった。ミリアが、私の事を“怪物”みたいに見ちゃうんじゃないかって。これまで通りに過ごしてくれないじゃないかって、凄く怖かった。だから……ミリアに一番相談したかったけど、出来なかった。ごめん……」
それだけ言って、アリスは下を向いてしまった。
全く、こう言う所だけは子供だ。
これまで散々甘やかされて来た影響なのかもしれないが、それは問題の先送りに過ぎない。
アリスにとって、私がそれ程の存在になっていると言う事は嬉しいが。
私に嫌われたくないが為に、私に相談出来ないって何だ。
それじゃ、根底が崩れているじゃないか。
「ぶっちゃけ、アンタがとんでもない事をしでかしたって言っても、私は驚かないわ。普段からこんな状態だしね。でも、隠し事をされていつまでもウジウジされるのは嫌なの。パーティ活動にも問題があるし、何よりアンタの為にならない。全部打ち明けなさい、アリス。私は、学園で誰よりも長くアンタの隣に居る魔術師なのよ? そんでもってパーティリーダーである以上に、アンタの相棒。そう思ってるのは、私だけなのかしら?」
そんな言葉を残しながら、ポンポンと彼女の頭を叩いてみれば。
アリスは、少しだけ震えながら。
「ミリアは……例え私が人を殺してしまったとしても、傍に居てくれる? ソレは子供で、自分の意志以外の何かが関わった存在だったとしても。人殺しの私を、ミリアはこうして抱きしめてくれる?」
なんか、とんでもない話が出て来たんだが。
思わず唖然としてしまい、彼女の瞳を見つめてみるが。
何処までも怯えた瞳を此方に向けていた。
つまり、嘘や冗談ではない。
コイツが、そんな話を冗談で言う筈がない。
「詳しく聞かせなさい、アリス。今なら話せる? 嘘やごまかしは無し、そんでもって……一緒に居てあげるから、ソコだけは安心しなさい」
それだけ言って、彼女の身体を抱きしめるのであった。
あの時、私が離れた短時間の間に何かがあった事は想像していた。
だとしても、まさか彼女が一番嫌っている事柄だったとは。
「とりあえず、湯舟に入りましょうか。このまま話してたら、身体が冷えちゃうわ」
そんな事を言って、彼女の手を引っ張ってみれば。
「これだけ、聞かせて。もしもダメだったら、私はこのまま出ていくから……」
「……何?」
此方に触れる彼女の手は、まだ震えていた。
乗り越えた訳ではない、吹っ切れた訳ではないのだろう。
彼女をここまで恐怖させる理由。
それが、さっき言っていた“殺人”に関わる内容なのだろうか?
「街中にね……ワーウルフが出たの。前にダンジョンに居た奴に似てた、魔法が効きづらくて、大きな身体。だから、私が対処した……でもね。ソイツの首を刎ねた時、声が聞えて来たの。私の間違いじゃ無ければ、多分教会暮らしの子供の声だった……ねぇミリア、こんな事ってある!? “
錯乱したかの様に縋って来るアリス。
怖いのだろう、自らのやってしまった事が。
確かにそんな風に思ってしまえば、魔物ですら刃を向ける事に戸惑いを覚えてしまうのも分かる。
でも。
「アリス、良く聞きなさい。そしてしっかりと思い出して答えなさい。辛いだろうけど、ちゃんと思い出して。そしたら、私が答えをあげる」
そう呟けば、彼女は目に涙を溜めながらも頷いてくれた。
なら、一つずつ不安を解消していこうではないか。
「貴女がワーウルフを狩った後、その死体は人間の姿に変わった?」
「しばらく……えっと、数分は見てたと思うけど。ワーウルフのままだった。そのまま衛生の人達が処理してたから……」
「ならソレは、そう言った魔術じゃないわ。アレは死んでしまえば術が解けて、元の姿に戻るから。しかも言葉通り身体が変化している訳ではないの。そして次、何故アリスは教会の子供達だと判断したの? あの時彼等は謳っていた、直接語り掛けられた訳じゃないわよね?」
「それは……」
苦しそうな表情を浮かべながら、視線を逸らすアリス。
でも彼女の頬に手を当てて、無理矢理こっちを向かせた。
逃げるな。
アリスにもそう言いたいが、何より自分が。
ローズさんに任せれば、何とかなると思った。
エルフ先生だって、そう言っていたし。
でも未だ、アリスの悩みは解消されていない。
それは、悩みの原因以外にも理由があるから。
“私達”という仲間に、悩みそのもの打ち明けるのが怖いから。
だったら、私も逃げるな。
彼女が恐怖している内容に、真っ向から立ち向かえ。
そして寄り添う事こそ、私に出来る事だろうが。
だからこそ、例えアリスだったとしても逃がしてやらない。
全部は無理だったとしても、半分は背負うと決めたのだから。
「ワーウルフが現れる前に、あの教会のシスターが良く分かんない事を言って来たの。それに、私がアレに刃を向けた瞬間……多分“お金をくれたお姉ちゃん”って、聞き取り辛かったけど。それに“助けて”って声が、聞こえた気がした……」
それから、ポツリポツリと彼女は語ってくれた。
その時に何があったのか、誰のどんな声を聞いたのか。
ソレを全て、教えてくれた。
「シスターと、声……ねぇ」
ふむと考え込みながらも、ひとまず頷いて事情を呑み込んだ。
今はまずアリスを優先すべき、私の疑いは後回しだ。
「とにかく、お風呂入りましょ。冷えて風邪を引いたとか、魔女の孫らしからぬ愚行よ?」
「え、えっと……」
そんな訳で、アリスを引きつれて一緒に湯舟に浸かった。
対面する様にお湯に浸かっていれば、相手は気まずそうに膝を抱えながら視線を逸らしているが。
バァカ、間抜けめ。
散々先生から教わって来ただろうに。
この現代において、人の命はそこまで重く見られている訳じゃない。
前回の試合だって、下手したら相手の命を奪ってしまう可能性があったのだ。
それくらいで、遠ざけて何かやるものか。
と言う訳で小さいソイツの身体を反転させ、後ろから抱きしめる様にして温めた。
恐怖していたのだろう。
お湯に浸かっていると言うのに、妙に冷えた体温しやがって。
「結論から言うわ、アンタは何も気にする必要はない。変化の魔術でも無いし、後々兵士から追加の事情聴取とかも受けてないんでしょ? だったらその後人の姿に戻ったって事もない。ならアンタが狩ったのは間違いなくワーウルフ。魔物よ、人間じゃない」
「そ、そっか……ミリアが言うなら、そうなんだね」
なんて言葉を吐きながら、胸を撫でおろすアリス。
見るからに脱力していくのが分かる。
でもコレは、悪い癖だ。
ローズさんの言葉や、私なんかの言葉でも。
絶対的な信用を置いてしまう。
だからこそ、後に間違いでしたとは言えないのだ。
言葉には責任が伴う、ソレを形にした様な状況。
あぁもう、本当に。
コイツは、どこまでも純粋過ぎるのだ。
「でもまだ分からない、“もしかしたら”は残っている。古くからの術式、現代では失われた魔術。色々あるからね。だからこそ、可能性は残っている」
「ミリ……ア? そんな事言われたら、私……」
分かっている、分かっているから。
そんな顔するな。
「だから“もしも”があったその時は、一緒に責任取ってあげるわ。何かしら新しい術式、私達の知らない古い術式。そういうモノが関わっていて、アリスの想像した様な“最悪な形”が現実になったら……私が、一緒に居てあげる。パーティリーダーだからね、仲間の責任を取るのだって私。ついでに命令してあげるわ、今後似た様な状況に陥った場合は……迷うことなくブラックローダーを使いなさい。そして、叩き切りなさい。これは、命令よ」
「もしもソレが……形は違っても、人間だったとしても?」
「人間の定義とは、思考能力があり“人の形”をしている事よ。それ以外の形をしていて、襲って来る様なら……それは人間じゃなくてモンスター。二つの条件が揃わない限り、人の法には当て嵌まらないわ」
「でもそれじゃ……また、迷っちゃうかも」
「だからこその、命令よ。アンタは私の指示の下、ブラックローダーを振るう。いい? 命令だからね? 怖気づいて、アンタが怪我するって事態の方が……私には怖いのよ」
それだけ言って、ギュッと小さな身体を抱きしめた。
人かもしれない魔物、人語を話して来るワーウルフ。
だからどうした、ぶった切ってしまえ。
ソレが魔物である以上、人々に危険を振り撒く存在である以上。
アリスに、怪我を負わせる存在である以上……私達の敵だ。
「私は……ミリアに責任を負って貰いたい訳じゃないよ」
「責任くらい負わせないって言ってんのよ。だからアンタは、振りかかる火の粉は全力で払い除けなさい。善意だけで誰かが救える訳じゃない、この身が守れる訳じゃない。だったら……少しくらい汚れても一緒に居てあげるから、自分を傷つけないで。大丈夫、私が隣に居る。難しく考えても分からないなら、答えをあげる。だから、一人で抱え込むな。バカタレ」
「ごめんね……ミリア」
「もう慣れたわよ」
そんな事を呟いてみるが、思考はグチャグチャだった。
戦闘前に出会ったと言うシスター、間違いなく私も知っているアイツだ。
確かに以前アリスに話しかけていた、金髪の若いシスター。
私と出会った時はまるで慈悲深い聖職者みたいな顔を浮かべていた癖に。
アイツは、私の友達をこんな目に合わせたのか。
そしてお前等は、あの教会で何をしている?
胡散臭い神父に、アリスにちょっかいを掛けて来たシスター。
あの教会は既に、私の中で“敵”として認識されていた。
そう決定付けてみれば、色々と納得がいく。
彼等が欲しいのは、アリスだ。
どうやって見破ったのかは知らないが、神父はアリスの事を魔素中毒者と断言していた。
その上で、私を友好的に取り入れてみせた。
更に言うなら、魔導回路の授業。
つまり、恐らくはアリスをおびき出す為の罠。
だったら……。
「アリス、ちょっと街に戻ってからは私忙しくなるかも。暇な時はエターニア達と一緒に過ごしてくれる? こっちからも言っておくから。一人にならない様に注意してくれる?」
「えっと? うん、分かった。でも、その……夜とかは、部屋に行っても良い?」
「そういう時間なら大丈夫よ。流石に門限までには帰って来るから」
微笑みを浮かべてみれば彼女もまた、ゆるい笑みを浮かべるのであった。
コレで良い。
もしも何かしら後ろ暗い事情があるのなら、周囲の人間が片付けたって構わない筈。
そして私に出来る事、それは。
教会に出入り出来るなら私なら、彼等が何をしようとしているのか分かるかもしれない。
アリスが戦った現場に、シスターが登場したと言うくらいだ。
流石に無関係と言う事は無いのだろう。
そして、何より。
「気に入らない……その図太さが」
「ミリア?」
「何でもないわ。それより早く上がりましょう? 流石にのぼせるわよ?」
なんて会話をしながら、二人揃って脱衣所に戻って行くのであった。
これで全部私の勘違いでしたって状況だったら、かなり恥ずかしいが。
やはり徹底的に調べる必要があるのだろう。
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