第61話 休日と丸焼き


「あぁ~……平和ねぇ」


 ボヤキながら、釣り糸を垂らしていた。

 本当に、物凄く休日している気分。


「ミリア、何もせず釣れるモノなんですの? こう、何かしら行動を起こしたり、特殊な魔術を使ったりとか」


 私の隣に腰を下ろしたお嬢様は、未だに魚が喰いつかない事に不満を覚えているらしい。

 まぁ、初回の釣りなんて言えばこんなものだろう。

 暇だよね、この時間。

 分かるけどさ。


「河原の中で暴れている奴が居るから、普段より難易度高めよ。多分」


「ガウル! 一人で楽しんで無いで私達にも分けて下さいませ! 全然釣れませんわ!」


 ローズさんの言う通り、前回の様な鰐の類は見つけられなかった。

 というかこの近辺、危険生物や魔獣の類を一掃した後なのだろうか?

 すっごく平和。

 パンツ一丁で川に飛び込んだガウルは、銛を片手に無双しているし。

 おい貴族、それで良いのか。

 そして私達はまだ一匹も釣っていないのに、倉庫から担いで来た籠は既に魚でいっぱいだ。

 パンツ一丁男が、一人で食材を回収しているので。


「獲ったぞぉぉ!」


「だから! 少しは静かにしろと言っているのです! 全然此方に来ないではないですか!」


 ザパァッ! と水の中から飛び出して来たガウル。

 その手に持った銛には、これまた大きな魚が串刺しにされているではないか。

 ちなみにさっきから文句を言っているお嬢様、こちらもなかなかどうして。

 最初こそ餌にするミミズや虫の類に嫌悪感でも示すのではないかと期待したのだが、驚く事に平然と掴み取って針に刺した。

 そっか、バトル思考のお嬢様に対して、この程度何でもないのかと感心したものだ。

 しかしながらガウルだけが活躍しているのは気に入らなかったらしく、このまま釣れないと自らもパンツだけ残して川に飛び込みそうな雰囲気を醸し出しているが。

 さっきから銛をチラチラ見ているし。

 でも止めろ、流石に御令嬢のする事じゃない。

 反応に困る上に、ココにはガウルも居るのだ。

 頼むから釣りだけに集中してくれ。


「はぁぁ……コレなら、銃で撃ち抜いてしまった方が早く魚が獲れる気がしてきましたわ。とはいえ、回収が難しいので現実的ではありませんが」


 何かとんでもない事を言い始めたぞ、この御令嬢。

 とはいえ、そう言う魔術も無い事はない。

 魚を獲る魔法、みたいな。

 でもなぁ……本格的に漁業をする意味でこの場に来たわけじゃないし。

 あくまでもローズさんとアリスが話す時間を作っているだけだしなぁ。

 なんて思ったが、このまま釣れないのは確かに面白くない。

 そして隣のお嬢様の不満が爆発する可能性もあるので。


「少し試してみましょうかねー」


「はい? え、つまり撃ち抜いて良いってことですの!? それだったら出来ますわよ!」


 意気揚々と銃を構え始めるエターニア。

 止めろ、それじゃ魚の死体が下流に流れていくだけだ。

 と言う事で。


「“魚、誘導、魅力的な餌に勘違いさせる”。魔力は~……攻撃じゃないし、こんなもんで良いのかな」


「ミリア……まさかまた、あのトンデモ魔法ですの? 結局何なんですか、ソレは。未だに詳しい説明を頂いていないので、そう簡単に使用されると此方も心配に――」


 なんて、お嬢様から御小言を言われそうになった瞬間。

 私とエターニアの釣竿が、ググッ! と物凄い勢いで引っ張られた。


「おぉぉぉ!? 効果絶大!?」


「ほんとっ、意味の分からない魔法ですけど! しかしやりましたわ! こっちも掛かりました! 絶対に釣り上げますわよ! 大きい、絶対大きいですわ! ガウルより大きな魚を釣り上げて見せますわ!」


 二人揃って、気分上々になってしまった。

 本日初の当たり、しかも見る限りそれ以外にも魚が寄って来ているのだ。

 魔法って凄い。

 こんな直接的な使い方と言うか、願望としても使えるのか。

 ローズさんは精霊魔法がどうとか言っていたけど、それも関係しているのだろうか?

 あとで聞いておかなければ。

 エレメンタルマスターがどうかとか、正直お伽噺過ぎて聞いている方が恥ずかしくなってしまうが。

 それでも、今は魚だ。


「よしっ! いよしっっ! 釣ったぁぁ! しかもデカい!」


「ミリア! 網! 網で手伝ってくださいな! この魚異常に大きいですわ! 他にも集まって来て居る以上、早く釣り上げて次の餌を投げなくては!」


 と言う事で、本日の休日はマジで休日だった。

 魔女のお宅にお邪魔して、釣竿借りて川に来て。

 行動だけだったら田舎の子供の休日みたいになっているが、問題は魔女の家に来ていると言う事。

 そんでもって、一緒に遊んでいるのは御貴族様が二人。

 この点だけで、私達はいったい何をしているんだという感想になってしまうが。

 まぁ、こういうのもたまには良いだろう。

 何たって魔女のお家に戻れば、アリスの問題は勿論。

 私は魔法の授業と、とんでもない装備を受け渡されてしまう事が決まっているのだから。

 だったら、昼間の内くらいは楽しんでおこう。

 特に三つ目、装備の御値段と申し訳なさから目を逸らす為に。

 それ以外に関しては、真正面から向き合うつもりだけど。


「ガウル! いつまでも水遊びして無いで手伝って! コレマジでデカいわよ!」


「み、水遊び……一応確保した数は一番多いのだが。しかし、了解した」


「ガウル! 早く、早く! 私達だけじゃ水に引き込まれそうな程大きい獲物ですわ! 下手したら魔獣という可能性も! 意地でも釣り上げますわよ! 前衛ー! 早く筋肉を貸して下さいましー!」


 今だけは、皆揃って童心に帰っていた。

 貴族平民関係なく、全員が全力で楽しんでいた。

 森の中って、なんでこういう現象が起きるのだろう?


 ※※※


「あらあら、随分いっぱい獲って来てくれたのね? 凄いじゃない」


 パチパチと拍手を送るローズさんとアリス。

 どうやら向こうのお話合いも終わったらしく、アリスは目元を赤くしながらもスッキリした顔をしているし。

 まぁ、良かった。

 そんな事を思いながら、本日の獲物を並べてみれば。


「ちょっと一食で食べるには多すぎるかもしれないわね。半分は明日に回しましょうか」


 えらく気軽な雰囲気で、並べた魚の半分を冷凍する魔女。

 前の時もちょっと違和感を覚えたけど、やっぱりこの人。

 魔術を使う時に詠唱してない。

 凄い人だから、無詠唱でどうにかなるのかなって思っていたが。

 この効果の速さと威力を見るに、この人もまた“昔ながら”の魔術を行使していると言う事なのだろう。

 だとすると、私が今練習している術の最終系が目の前にあると言う事だ。

 これはまた、勉強し甲斐があるというもの。

 なんて、ワクワクしながら彼女の事を見つめていれば。


「皆、おかえり。ごめんね、私だけ参加出来なくて」


 ちょっとだけ困った笑みを向けて来る小っちゃいのが、私達に向かって頭を下げていた。

 少しは吹っ切れたのだろうが、まだ遠慮が残っている御様子。

 だからこそソイツの頭に掌を押し付け、ガシガシと撫でまわした。


「その分料理は頼むわよ? そんでもって……食らえ! めっちゃ魚臭い掌だ! お風呂で良く洗わないと、アンタ明日生臭くなるわよ? ホレホレー、今日半日魚を弄り続けた私達の苦労を思い知れ!」


「ギャー! それは流石に嫌だよ!? ミリア責任もって洗ってよ!? 今日絶対一緒にお風呂に入って、ミリアに洗ってもらうからね!?」


 多少は元気になったらしい相手に対し、私はこれでもかという程構い倒した。

 ホント、自分でも子供かって思う手法で。

 その様子を見て、仲間達からは呆れた視線を向けられてしまったが。


「本当に、仲が良いな」


「ま、いつも通りですわね」


「フフッ、良い友達を持ったわね」


 なんだか恥ずかしい空気になってしまい、アリス弄りを止めて皆の元へと戻ってみれば。

 ローズさんが、変な形の串を手に持ちながらニコニコしていた。

 二本の串がくっ付いた様な形をしているし、持ち手の部分はカクカクと折れ曲がっている。

 いったい何に使うのかと、首を傾げてみれば。


「フッフッフ、コレだけ巨大な魚が居るのよ? なら、やるしかないでしょう。“ロマン食い”を」


「ロマン食い、とは」


「そのまま、串に刺して! 焚火で焙りながら調理し、大きいまま齧り付くのよ!」


「お、おぉぉ?」


 やけにテンションが上がっている所、非常に申し訳ないが。

 今回最大の獲物は、エターニアが釣り上げた物凄くデカイ魚。

 こんなのが川に居るのかって程デカい、アリスが抱えたら本人が殆ど隠れてしまうのではないかってくらいに。

 だと言うのに、コレを丸焼き?

 しかも齧り付くって、いやいやソレは。

 なんて事を思っている間にもアリスが準備を始め、デカい簡易竈と支え木を準備しているではないか。

 そんでもって火を灯し、先程ローズさんが持っていた串を魚にブッ刺してから火の上にデカい魚をドンッ!

 塩を揉み込みながら、クルクルと回し始めた。

 私達は、いったい何を見せられているのだろう。


「こっちはしばらく掛かるから、他の魚の下処理お願いね? お婆ちゃん」


「えぇ、もちろん。そっちのでっかいの、期待してるわね?」


「でも皆で食べるから、ガブッていくのはダメだよ?」


「そんなぁ……それが醍醐味なのに」


 何やら良くわからない会話をした後、魔女様は私達が獲って来た魚の処理を始めた。

 まぁ普段森で生きている訳だし、慣れているのも当然なのだろうが。

 魔女の孫がクルクルと火の上でデカい魚を回し、魔女本人が下準備を進めている光景。

 ちょっと、慣れそうにない。

 それから此方は料理スキルの卓越している者が居ないので、皆してワタワタしてしまっていると。


「でっかいのはとにかく時間を掛けて焼くから、皆は先にお風呂入って来る? 準備出来てるわよー? ミリアさん、案内してあげて?」


「あ、はい。お借りします」


 と言う訳で、この家を経験している私は案内役を仰せつかってしまった。

 おかしいな、まだ一度しか来た事が無い筈なんだけど。

 でもまぁ確かに、ローズさんとアリスは手が離せる状況ではない訳で。

 うん、待て。

 この時点でおかしい。

 あの二人、魔女とその孫なんだよな?

 何で周りの人間よりも原始的な事しているんだ?

 料理って、最近ではあんなにサバイバル的な光景にはならないよね?


「ミリア、その……ですね」


「言わないで、私も今自覚した所だから。お風呂入っちゃって、お願いだから。考えると疲れるわよ」


「俺は……その、最後の方が良いのではないか? 男が入った湯など、女性陣に浸からせる訳には」


「そう言うのいいから、エターニアの次に入っちゃって。私は多分アリスと入る事になるし」


 と言う事で、エターニアを浴室に突っ込み。

 ガウルに関しては場所を教えただけに留まり、再び調理場へと戻る運びとなった。

 調理場、つまり庭な訳だけど。

 おかしいな、前回は普通にキッチンで食事を作っていたのに。

 今回は更に原始的になってしまった。

 私達がデカい魚を捕まえて来た影響か? まぁそうなのだろうが。

 と言う事で、現代人なら困惑するであろう調理場に対し。

 私達はひたすらに戸惑いながらも、二人の手伝いをこなすのであった。

 多分野営する兵士達も、ここまでワイルドな料理は作ってないと思うんだ。


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