第60話 優しい魔女


「さぁ皆いらっしゃい、すぐお茶の準備するわね。アリス、お手伝い頼んで良い?」


「むしろ私がやるからお婆ちゃん座ってて良いよ」


「あら、邪魔にされちゃった」


 そんな会話を聞きながら、私達は皆揃ってテーブルに付いた。

 家に帰って来た時のみ家事万能になるアリスは、さっさとキッチンに向かってしまったが。

 ガウルとエターニアの二人に関しては、未だに緊張しているのか動きが固い。

 貴族育ちなら他人様のお家にお邪魔する事にも慣れているだろうが、流石に相手が魔女となれば話は別だったらしい。

 という事で基本的に私が話を進め、皆の紹介を終えてみれば。


「それで、今日はどうしたのかしら? もちろんいつ来てくれても大歓迎だし、ミリアさんには渡す物もあったから丁度良かったけど」


「うっ……完成しちゃったんですね、アレ。本当に頂いちゃって良い物なんですか……」


 庶民的な感覚だと、友人の祖母から何か頂くってだけで気が引ける上に、お高すぎる品物をポンポン渡されてもどうお礼をすれば良いものやら。

 助かるのは確かだけども、ねぇ?


「そりゃもちろん、良い物が出来たわよ? と、言いたい所だけど……もしかしたら、ミリアさんの方針とはちょっと違っちゃったかも」


 私の方針、とは。

 いったい何の話だろうか?

 そこまで御大層な存在でもない私には、他人から見て分かる程の行動方針とか無いのだが。

 なんて事を思いながら、はて? と首を傾げて見せれば。


「さっきの魔法、アレは精霊術って呼ばれているモノよ? まさか知らずに使っていたの?」


「え、えぇと? 先生からはそんな話聞いた事ないですけど」


 また精霊か、精霊って何だよ見たこと無いよ。

 エルフ先生の教えに従って、昔ながらの魔力の使い方をしいているだけだよ。

 意味が分からず更に首を傾げて見せれば、相手から大きなため息が零れた。


「カリムに教わっているのよね? これだから老人エルフは……若い子に教えてるんだから注意くらい促しておけば良いのに。どうせ、自分が理解していないからって言葉にすらしなかったのね……」


「あの~ローズさん? さっきから何を言っているのか、さっぱりなんですが……」


「まぁ、夜にそっちの授業でもしましょうか。皆疲れているのに、長々と話しても眠くなってしまうものね」


 という事で全く持って説明を頂けないまま話は進み、戻って来たアリスが皆の前にお茶と茶菓子を並べていく。

 相変らず、アリスがこういう事を手慣れた感じでやっているのには違和感が凄い。

 が、しかし。

 彼女の様子の違いにはローズさんも違和感を持ったらしく。


「それで? アリスは何をそんなに怯えているのかしら?」


「……うぐっ!」


 お茶を片手に、サラッと今回の本題に踏み込むローズさん。

 突っつかれた側のアリスは、気まずそうに顔を背けながらチラチラと此方に視線を向けて来る訳で。


「今回ココに来た目的はまさにそれよ、アリス。私達には無理でも、ローズさんにはしっかり話した方が良いんじゃない?」


「でも……」


 未だ言い淀んでいる彼女は、今度はガウルとエターニアの方にも視線を向け始めた。

 つまりは、まぁ。


「私達には聞かせたくない話、って事で良いのね? 分かった。まずはローズさんに相談して、その後こっちにも話せる内容だったら話しなさい。言いたくなかったら、黙ったままで良い」


 それだけ言って席を立ちあがり、残る二人も立ち上がらせた。

 私達の目的は、アリスの悩みを解決する事。

 そして解決出来そうなのは、残念な事に私達じゃない。

 だからこそ、ここまで足を運んだのだ。

 この子の悩みをローズさんが解決してくれて、以前の様な調子に戻ってくれるなら。

 それだけで、十分だ。


「ローズさん、以前鰐狩りした河原まで行ってきます。その間、アリスの話を聞いてあげて下さい」


「えぇ、分かったわ。護衛は付けなくて平気? 最近鰐は確認してないけど、必要なら使い魔を付けるわよ?」


「いえ、大丈夫です。あ、倉庫から網とか釣竿とか借りて良いですか? 確か有りましたよね? 今日の夕飯の足しになる様に、魚でも獲ってきますよ」


 彼女が頷いたのを確認してから、私達三人は家の外へと踏み出した。

 未だ不安そうにしているアリスにも、微笑みを一つだけ浮かべてから。


「あまり状況に付いて行けてないのですが……大丈夫なんでしょうか? アリス。あの御婆様……御婆様でよろしいのよね? 相当な気配を放っていましたけれど」


「何かの冗談、ではないのだよな? 魔女とは歳を取らない存在と聞いた事はあるが、まさかあれ程とは……」


 ガウルもエターニアも、ひたすらに困惑している御様子だった。

 まぁ、そうなるよね。

 分かる分かる、あの人色々ぶっ飛び過ぎて頭で理解しようとすると思考が真っ白になるし。

 見た目も、実力も、気配さえも全て違い過ぎて。


「ま、多分どうにかしてくれるわよ。アリスはお婆ちゃん子だし、ローズさんも孫大好きだし。とりあえず私達は、一旦席を外して魚釣りでもしてましょ。庭で待っているだけじゃ暇だし、何よりあの二人に気を使わせちゃうしね」


 何てことをボヤキながら、勝手にローズさんの家の隣に立っている倉庫を物色する。

 以前来た時も色々見せてもらったから、ソレっぽい道具がある場所は把握しているのだが。

 あの人……本当に片付けが苦手だな、物凄くゴチャゴチャしてる。

 母屋の方はアリスが掃除してたって言うけど、倉庫までは手を出していなかったのか。


「あの、ミリア……一つ不安な事が」


「何? ローズさんなら大丈夫よ、アリスに危害を加えたりしないわ。絶対にね」


 ガサガサと物を漁りながら、それらしい物を引っ張り出していれば。


「私、魚釣りというモノをした事が無いのだけれど……素人にも出来るのかしら?」


「あ、そっち?」


 やけに不安そうな顔を浮かべるエターニアが、今しがた渡した釣竿を掴んでいた。

 ま、そりゃそうか。

 貴族の御令嬢が、河原で釣りなんぞする訳ないか。


「ちなみに……ガウルは?」


「魚を獲った経験はある、が……釣りはやった事が無いな。銛はないか? そっちの方が得意だ」


「……うん、そっか」


 ウチのパーティ、基本的に皆扱いに困るんだが。


 ※※※


「それで? どうしたの、アリス。お友達にも話せない様な事をしたの?」


「よく、分かんない……でも、皆に聞かせるのは怖いって言うか。もしも最悪の状況だった時、絶対離れて行っちゃう気がして」


 ミリアが気を利かせてくれた後。

 お婆ちゃんと私だけが残った室内には、とても静かな空気が広がっていた。

 今までの事をポツリポツリと説明していく私と、何も言わず話を聞いてくれるお婆ちゃん。

 特に最近の話は、お婆ちゃんにだって話すのが怖い。

 もしかしたら、知らぬ内に子供を殺してしまったかもしれない事例。

 姿形は違っても、あの声は……そんな風に、思った事まで全部話し終えてみれば。


「その話を、まだ皆には話してないのね?」


「だって……」


 口ごもりながら、思わず視線を下げてしまった。

 怖いのだ、アレを話す事が。

 もしも私の考え通りだったとしたら、皆が離れて行ってしまいそうで。

 学園で、一人ぼっちになってしまうのではないかと思うと。

 カタカタを震えながら、お婆ちゃんの言葉を待っていれば。


「貴女は皆から嫌われる事を恐れている、そして貴女がやった事に対しての事実を知るのを恐れている。間違いない?」


「……うん」


 少しだけ時間を置いてから、お婆ちゃんは私の頭に手を置いて。


「少しだけ、意地悪な言い方をするわね? アリスは、ソレを隠し通せるの? いつまでも見ないフリをして、いつも通りに皆と笑い合えるの? ソレが出来るなら、止めないわ。でもね? 不安や不信感っていうのは、時間が経てば経つほど積み重なるモノよ。生きている以上、騙す、秘密を持つなんて事は当たり前。でも、良い人程苦しむ事になるのよ? 自らを常に傷付け、それでも相手を騙しながら“いつも通り”を演じる。アリスには、それが出来る?」


 その言葉に、ズンッと胸の奥が重くなった。

 私には、無理だ。

 皆から心配されている事は分かっていた、いつも通りになんて到底出来ていない事も分かっていた。

 皆と一緒に前みたいに戦えなくなっちゃったし、何をやるにしても失敗ばかりが続いている。

 皆に話して、仲間として見てくれなくなってしまう事が怖い。

 でもそれ以上に、このままの状態で皆を騙し続ける方がもっと怖い。

 誰かから声を掛けられても、大丈夫だって口癖の様に呟いた。

 その度に、エターニアは悲しそうな表情をするんだ。

 ガウルは、辛そうな顔を浮かべてグッと何かを我慢するのだ。

 そしてミリアは……ジッと此方を見つめてから、言える様になったら言えと、そう言ってくれるのだ。

 私は、皆に気を使わせている。

 それどころか、戦闘でもまるで役に立たなくなってしまっている。

 コレじゃいつか、私の悩み事以前に……皆の隣には立てなくなってしまう。

 そんな事を思い始めてからは、駄目だった。

 キュッと唇に力を入れたまま、ポロポロと涙が零れ始めてしまった。

 泣くな、もう子供じゃないんだ。

 結局は私のやった事が、この身に返って来ているだけ。

 だから、泣くな。

 自分に言い聞かせ、強く拳を握り締めていれば。


「良いのよ、泣いても。アリスは頑張り過ぎで、我慢し過ぎなの。普通ならもっと我儘を言って良いくらい。その立場に立たせてしまったお婆ちゃんやお母さんに、強く当たってもおかしくないのよ? 大丈夫。アリスはとっても良い子で、誰よりも頑張れる子よ」


 そう言って、お婆ちゃんが抱きしめて来た。

 やっぱり、落ち着く。

 お婆ちゃんは魔女で、私は魔素中毒者で。

 昔は近所の子達も私に近付いてさえくれなかったけど。

 どんな泣き事を溢しても、どんな悩み事を抱えていても。

 お婆ちゃんだけは、ずっと傍に居て守ってくれた。


「皆にも……ちゃんと言う。相談する」


「そうね、それが良いわ。あんなに良い子達なんだもの、きっと受け入れてくれるわ。それと同時に、アリスが間違っちゃった時にはきっと叱ってくれる。そういうお友達は、大事にしなさい?」


 抱きしめられながら、嗚咽を溢した。

 学園の人から支援魔法を貰い、発作を起こした事。

 結果、暴走して皆にブラックローダーを向けた事。

 ワーウルフと戦って、その後再び遭遇したワーウルフから人の声が聞こえた事。

 その声に、聞き覚えがあった事。

 全て話した、本当に全部。

 お婆ちゃんの事だから、私が心配している事なんて全部お見通しなのだろう。

 その上で、抱きしめてくれた。


「生き物はね、どうしたって他者に牙を剥く時は訪れる。それが間違いだったのか、正しい行いだったのかなんて……決めるのは人の作った法次第。でもその時刃を向けるかどうか、それを判断するのはアリス、貴女次第なの。アリスは私の教えを守り、“殺す”と覚悟した時にしかあの武器を生物に向けてない。それは防衛本能としてはとても正しいわ」


「でも……私、暴走して皆にも武器を向けた……」


「フフッ、それこそ貴女の本質が“捕食者”である証拠ね。言ったでしょう? アリスのそれは、捕食本能だって」


「多分、違うよ……前にも言ったけど、私のアレは……もっとどす黒い――」


 喋っている途中で、額にデコピンを頂いてしまった。

 驚いて視線を上げれば、お婆ちゃんが笑っていて。


「殺戮衝動、なんて言ってたわね? でもソレは間違いなく違うと断言するわ。だって獣は、怖いと感じている時ほど牙を剥くのよ? そして死の恐怖を感じて、逃げられない状況に陥ったら、獣はより強者に見せる様自分を強く見せるのよ。だからアリスは、無理矢理にでも笑うんじゃないかしら?」


「えっと……?」


 ポスッと頭に手を置かれ、もう一度抱きしめられてから。

 お婆ちゃんはゆっくりと語り始める。


「アリスは多分、中毒症状を起こしている状況だと全部が怖いのよ。だから敵意を向けるモノ全てを壊して、安心を得ようとする。それは本能としては非常に正しい、縄張りを守ろうとしている様なモノ。でも逆にアリスの言う通り殺戮衝動だというのなら、何故敵意が無い相手には反応出来ないの? 攻撃されてからじゃないと身体が動かないの? それは貴女の目的が殺す事ではないから、守ることだから。自らを守る為に牙を剥き、強者を演じる為に笑う。ただの殺戮者だというのなら、普通そんな事しないもの。快楽殺人だったとしても、笑うのは殺した後だけ。少なくとも、私が見て来た殺人衝動が抑えられない人間はそうだったわ」


「で、でも……笑いながら戦う人、試合でも居たよ?」


「それはただの戦闘狂、戦うこと自体が楽しいのよ。そっちだったとしたら、アリスのソレは闘争本能ね。ほら、普通の事じゃない。戦闘に身を置く人間なら、誰しも持っている本能よ?」


 それだけ言って、ギューっと強く抱きしめて来るお婆ちゃん。

 全部の問題が解決した訳じゃないけど、それでも。

 その言葉を信じるなら、私はほんの少し。

 自分の事を異常者だと思う癖を緩めても良いのかもしれない。


「まだ、不安な事がいっぱいあるの……」


「良いわよ? 全部お婆ちゃんに話しちゃいなさい。ミリアさん達は、まだまだお外で遊んでいる頃でしょうから」


 そんな訳で、私は。

 これでもかとばかりに、久し振りに会ったお婆ちゃんに悩みを打ち明けるのであった。

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