第59話 まじょはこわい
その後、お休みの日。
アリスに実家へ戻る様に促してみれば、彼女は此方のローブの端を掴んで引っ張って来た。
あぁもう、本当に最近小動物の様になってしまったものだ。
という訳で。
「ガウル、エターニア。今回の休日の予定は全て白紙にしてくれる? リーダー命令って事で」
「横暴も良い所ですわね。私達の様な立場では、色々ありますのよ? ま、良いですけど」
「先輩達と予定を組んでいたが……分かった、これから断りを入れて来よう。リーダーからの命令だからな」
そんな事を言いながら、二人共すぐに動き始めてくれた。
正直、申し訳ないとは思うが。
今アリスに必要なのは仲間という存在。
そしてより甘えられる親族という存在なのだろう。
話を聞く限り、この子はこれまで親元で全力保護されつつ他者との関りをあまり持ってこなかった。
だからこそ、弱った時にはこれ程までに弱い一面を見せる。
多分虚勢を張るとか、誤魔化して平静を装うという術を持っていないのだ。
だったら今ここで現実を知れと粗治療するよりも、甘やかしてしまおう。
もう全部叶えてやる。
周りに友達は居るし、親も大好きなお婆ちゃんも居る。
そんな休日を与えてやらないと、多分コイツは復活しない。
とはいえ、未だに迷っている様な表情を浮かべているが。
「もちろん私達も一緒に行くわ、それなら良いでしょ?」
「でも、お婆ちゃんには怒られちゃうかも……」
「そしたら、私が一緒に謝ってあげる。パーティ活動中にアンタの行動を管理しているのは私よ。アンタの不祥事があったなら、それは私の責任なの。それから……アンタは頑張ってるって、ちゃんと伝えてあげるから」
それだけ言って、ガシガシと頭を撫でてみれば。
アリスは目を細めてされるがまま撫でられている。
本当に、懐いた人間にはどこまでも警戒心が無い御様子だ。
思わず緩いため息を溢しながらも、私達は仲間二人の到着を待つのであった。
さて、また魔女様へと御挨拶に向かいますか。
※※※
「なぁミリア、コレはしばらく続くのか? 俺は大丈夫だが……」
「まだ全然。しばらく歩くわよー」
「あ、あの……アリスの御実家は先程のお家でしたわよね……なんで、今! 私達は山を、登っていますの!?」
正直、エターニアの反応がとても懐かしい。
私も多分、初回の時はこれ程頼りない姿を見せていた事だろう。
アリスの実家に寄り、挨拶を済ませてお土産を渡し。
しばらく彼女のお母さんに引っ付かせてあげた後は。
「あらあら、何か悩み事があるのね? お母さんに解決出来る事? それともお婆ちゃんの方が良いのかしら」
「……わかんない」
「なら、お婆ちゃんの所に行って来なさい。あの人は私達よりずっと長い時間を生きているから。お母さんは……ちょっと物理で解決しちゃうタイプだから、あんまり参考にはならないかなぁ」
というとても頼もしい魔女の娘(物理)のお言葉を頂き、我々はローズさんの家に向かって遠征中という訳だ。
相変らずの山道、というか道が無い。
良くこれで迷わず進めるなとは思うが、アリスは散歩感覚でどんどんと突き進んで行った。
とはいえ、前回とは違い口数は少ないが。
「アリス、緊張してるの?」
「いや、そうじゃないけど……どう言ったら良いのかなって」
「別に、今までの事全部話せば良いじゃない。子供が判断に困ったら、大人を頼るのは当然よ」
「そう、だけど……」
未だモニョモニョしているアリスは、私達の道案内をしながらも考え込んでいる御様子。
彼女から、何があったのかは聞いていない。
周囲の大人が動かないって事は別に罪を犯したとか、誤って誰かを殺してしまったって事ではないのだろう。
でもこれだけこの子が根に持つ何かがあったのだ。
早めに解決するに越したことはない。
なんて、気軽に考えていれば。
「早速来たわよ、皆警戒して」
「ほう、こんなに大型の魔獣が出るのか」
「だからっ、山道は、嫌ですのに! ハァァァ、もうっ! 初の授業以外での実戦ですわね!」
私達の前に飛び出して来たのは、一匹の狼。
随分と大きい、この森には狼が多いのだろうか?
しかもかなり育っている御様子で、初回は随分とビビらせて頂きましたっとな。
そんな事を考えながら周囲の気配を探ってみれば……まだ、居る。
此方の様子を伺う様にして、複数体が身を顰めているのが分かる。
これもまた、成長というヤツなのだろう。
前回は目の前に飛び出して来た個体に集中してしまったのに、今回はこれだけ余裕がある。
だからこそ、術式を展開し始めてから。
「アリス、いける?」
「大丈夫、いつでも……あれ?」
ブラックローダーを抜き放った彼女は姿勢を低く構え、その引き金を引き絞った。
この武器特有の轟音が響き渡ったかと思えば……。
「アリス?」
「だ、大丈夫! 大丈夫だから!」
大丈夫な訳あるか、馬鹿。
ガクガクと膝は震え、呼吸も浅くなっている。
あの状態で突っ込めって言う指揮官が居ると思うの?
もしも居るなら、私はソイツに向かって無能だと正面から言ってやろう。
「いいわ、アンタはそのまま待機。ガウル、突っ込んで来た奴だけ対処して。エターニアはその補助」
「「了解」」
「行けるってば! ミリア、私も戦える!」
ちびっ子が必死で此方に対して抗議してくるが、正直に言おう。
頼むから、戦わないでくれ。
今のアンタを戦場に送り出す程、私は無情になりたくない。
アンタは今、戦える状態じゃない。
「煩いわね、リーダーの指示には従いなさい」
「ミリア!」
「黙れ馬鹿! お願いだから……そんな状態で戦おうとしないで。嫌な事があったんでしょう? 辛い思いをしたんでしょう? そんな傷を負った状態で、“普通”に振舞おうとしないで。正直、迷惑よ。私に任せなさい」
ソレだけ言って、正面に杖を構えた。
エルフ先生から以前まで止められていた、そして最近は“余裕がない時には使おうとするな”という注意に変わった魔法。
魔力の純粋な使い方。
祈りに近い、自然現象にも近しい、人が起こす天災。
それこそ、本来の魔法。
「吹雪け、飲み込め、全てを氷像に変えろ。この身を、仲間達を、外敵から御守り下さい」
本当に、祈り。
魔術の詠唱とは程遠い、言葉を連ねただけ。
でもこれでも充分なのだ。
ある意味これも詠唱と呼べるのかもしれないが。
私は魔術の行使に対し、私の欲しい情報を世界に提示しただけ。
たったこれだけで、私の周りには猛吹雪が巻き起こった。
「ミ、ミリア! これは!?」
「ちょっと貴女! 前回もそうでしたけど詠唱はどこに行きましたの!? 何ですかコレは!」
ガウルとエターニアが叫ぶ中、視界は白く染まっていく。
そして周囲に潜んでいた獣も含め、私達に対して敵意を向いていた存在は全て凍り付いていく。
これが、私がエルフ先生から習った魔法。
結果に直結する、反則とも言える魔術の行使方法だ。
「ミリア……?」
術を行使する私を見て、アリスは驚いた猫みたいなまん丸の瞳を向けて来た。
現代の術師から見れば、今の私は異常だろう。
本来の工程を無視して、結果を起こしてしまったのだから。
だからこそ、こんなモノを使ってしまえば恐れられるかもしれない。
異常だ何だと噂されるかもしれない。
そういうのは、覚悟していたのだが。
「やっぱり、ミリアは魔法の使い方が上手だね……精霊に手伝って貰ってるの?」
「え?」
前にも精霊術師か? なんてふざけた質問を先輩から頂いた事はあった。
でもそんな物はお伽噺なのだ。
魔法は技術、そう教えられている現代で。
精霊と呼ばれる摩訶不思議な存在に頼り、超常現象を起こす術師。
そんなの、居る訳がない。
どんな魔術にも理論が伴い、幾多の工程があって結果に繋がる。
だというのに、この子は。
アリスは。
まるでその精霊が見えているかの様に、キラキラした瞳を向けて来るのだ。
「アリス、アンタには……何が見えているの?」
「ミリアが魔術を行使して、キラキラしたのが周りに見えるよ? 凄く綺麗。ミリアは、やっぱり凄いや……私とは全然違う」
初めてアリスにあった時、同じような事を言われた気がする。
その時は魔術の展開速度とか、結果が反映されるまでの時間を見てそんな言葉を残していると思ったのだが。
もしかしてこの子、別の何かが見えているのか?
そして彼女の感想に近しい言葉を残したのは、ガウル。
彼もまた別の何かが見えているとすれば、それは。
魔術に対しての理解、その大きな一歩となる気がするのだが――
「そこまでよ、“エレメンタルマスター”。あんまりウチの精霊を勝手に使わないで貰えるかしら?」
そんな台詞と共に私の術は霧散させられ、此方の足元に攻撃魔法が飛んで来た。
黒い靄の掛かった様な槍が幾つも地面に突き刺さり、空から現れた黒髪の魔女は鋭い瞳を此方に向けて来る。
今まで周囲を冷やしていたのもあるが、彼女の瞳を見た瞬間……ゾッと全身が冷たくなったのを感じた。
あの人は今、私の事を“敵”として見ている。
だからこそ、正面から敵意と殺気を向けて来る。
思わず、漏らしてしまいそうになる程震えあがってしまった訳だが。
「あ、あら? あらあら? ミリアさん? さっきの術って、ミリアさんが使ってたの? ごめんなさい、てっきり野良の精霊使いが私を狩りに来たのかと……あぁぁ、ごめんなさい! そんなに怯えないで!? 敵意はもうないから! アリスもおかえりなさい、こっちにいらっしゃい?」
「お婆ちゃん!」
「お~よしよし、よく帰って来たわね」
先程の雰囲気は本当に一瞬だけ、此方の姿を確認した後は前回同様緩い魔女に変わってしまった。
今では抱き着いたアリスの頭をワシャワシャと撫でている、孫大好きな祖母が出現している。
見た目はやはり、物凄く若いけど。
「あ、あの……彼女が、アリスの御婆様ですの?」
「ぐっ! まだ、まだ立っている! が、すまない……動けそうにない」
エターニアは腰を抜かし、ガウルは何とか立っているが動けない所まで緊張しているらしい。
当たり前だ。
だって“魔女”に敵意を向けられてしまったのだから。
先日までの生徒同士の決闘など生温い、ダンジョンで出会った魔物の気配さえもそよ風に感じる。
さっき感じた気配、それどころじゃなかったのだ。
ただ目の前に立っているだけで、敵と認識されるだけで命を落とすんじゃないかって程。
とてもじゃないが、逆立ちしても毛ほども対抗できない強者の気配を感じた。
これが、彼女の戦闘体勢。
つまり、本気を出した訳でも無いのにこれ程の重圧を相手に与えるのだ。
改めて思う。
魔女って、やっぱり怖い。
「本当にごめんなさいね? てっきり有象無象が攻めて来たのかと……あら、今回は他のお友達も連れて来たのかしら。怖くないわよ、大丈夫大丈夫。私はアリスの祖母で、それ以外の何者でもないから。ミリアさんもごめんなさい……動けるかしら?」
「普通敵意を向けただけで動けなくなる程の相手は……格上どころか次元が違うって表現しませんかねぇ。あと、すみません。身体、バッキバキに固まってます」
「本当にごめんなさい……治癒魔法を掛けるから、ゆっくり緊張を解してね? 大丈夫よぉ? 怖くない、怖くなーい」
そんな事を言いながら、私達に回復術式を行使する魔女。
正直に言いますね、怖いです。
敵意向けただけでコレとか、本気を出したらどんな次元なんですか。
もはや考えるのすら恐ろしいが、徐々に解れていく身体が動き始めた頃には。
「ミリア、平気?」
ちっこいのが、私の体にくっ付いてくるのであった。
「平気、もう動けるわ。流石にビビったけど……というか、アンタ良くあんな威圧を受けて普通に動けるわね」
「お婆ちゃんが怒った時は、あんなもんじゃないから」
「あ、はい」
どうやらアリスは、昔から英才教育が施されていたらしい。
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