第58話 師弟関係
「猫娘に何かあったのか?」
「それが、未だに話してくれないんですよね。話そうとはするんですけど、怯えちゃって。聞き出す方が遠慮しちゃうっていうか」
そんな雑談を繰り広げながら、本日も弾丸に魔力を注ぎ込んでいれば。
彼は難しい顔をしながら、フムと頷き。
「しばらく学園は休みになる、当然貴様の特別授業も止まる訳だ。ミリア、お前達は魔女の所に行ってこい」
「唐突!」
あの人の所に行ったら、今度こそ新しい杖が準備されている可能性があるんですが!?
なんて事を思いながら噛みついてみれば。
彼はいつも通りの表情を浮かべながら、一つ溜息を溢し。
「子供は、困った時には信頼できる者に甘えるモノだ。だから学園では貴様に甘えているんだろう。なら、しばらく何でも話せる親元に返してやるべきだ。その方が、多少は落ち着くはずだ」
「私じゃ、実力不足って訳ですか……」
ハハッと乾いた笑い声を洩らしてみれば、珍しくガツンッとゲンコツを貰ってしまった。
痛ったぁぁ……脳みそ揺れたわ。
涙目になりながら彼の事を見上げてみると。
「今貴様の相棒が切羽詰まっているのだろうが。なら、お前はいつも通りで居ろ。卑屈になっていれば、相手は余計に気を病むぞ。お前は、彼女の家族よりも信頼される立場に立ったのか? 違うだろう、友人や相棒と言っても“弁える”事は大事だ。お前は、お前が支えてやれる部分を支えてやれば良い。全てを背負う必要はない」
「……ですね。すみません、先生。私が背負うのは、半分だけでした」
「その辺りの境界線をキッチリ自分で決めておく事だ。彼女の心の支えにまで嫉妬し牙を剥いていては、お前は狂犬に過ぎない」
「はい、すみません。精進します」
それだけ言って、姿勢を正した。
そうだ、コレは私が嫉妬する様な内容じゃない。
彼女が休めて、更に心が穏やかになる環境があるなら全て使うべきなんだ。
私は、アイツの全ては支えてやれない。
だからこそ、まずは“半分”を背負う事に集中しないと。
現状、それすら出来ていないと言って良い状況なのだから。
「次の休みにでも、皆も誘ってアリスの実家にお邪魔しようと思います。また来いって、そう言われちゃいましたし」
「失礼の無い様にな。流石に私の弟子が魔女の家で粗相をしたとなれば、後で突っつかれる」
「いやいや、流石にそんな事……」
ん? ちょっと待った。
今先生、なんて言った?
「先生、もう一度さっきの言葉を聞かせてもらって良いですか?」
「うん? お前が粗相をすれば、“師”である私に責任が問われるからしっかりしろと、そう言ったが? “弟子”の教育は、師の役目だからな」
こういう時は、普通はぐらかしたり。
重要なポイントをズラして言葉にするものではないだろうか。
そこじゃないんですよ! 的なツッコミを入れる準備をしていたのに。
この人、聞きたい事を二度もしっかりと言葉にして下さりやがりましたよ。
「私、先生の弟子と認められたんですか?」
「駄目だったか? なら、別に気にしなくても構わないが。私はここまで個人授業に付き合った事が無かったのでな、お前の事をそう思っていた。すまん、現代でこういうのは気持ち悪かったか? だとすれば控えよう」
「いいえ! 全然! むしろありがとうございます!」
思わず姿勢を正し、彼に頭を下げてしまった。
凄い、凄いぞコレは。
本人はとぼけた顔をしているが、相手は長寿のエルフ。
しかも凄い実力を持った学園の教師が、私の事を弟子と認めてくれた。
更には、彼を師と宣言する事を認めてくれているのだ。
このまま冒険者ギルドに突撃したり、魔法省に突撃しても多分それなりの待遇が頂ける事だろう。
これだけの師匠が居るのだ、弟子の身分は保証されるというモノ。
「忙しいな、お前は……しかし本質は変わらん。私が教え、お前が覚える。それだけだろうが」
「はい! それだけです!」
また一つ、日常に変化が起きた。
やっている事は変わらなくとも、エルフ先生に弟子として認められた。
本人はあまり気にしていない様だが、コレは大きな変化だ。
私は、名のある術師に“認められた”存在になったのだ。
普通は、全く見込みの無い教え子に対して“弟子”などとは表現しない。
自らが認め、育む姿勢を取ったからこそ言葉として形にする存在。
それが、“弟子”だ。
師弟関係を持った術師は、基本的に師匠の実力に見合った枠組みから見られ、弟子はどの程度出来るのかというマイナス計算で仕事を与えられる。
つまり、仕事に就けば新人にして上の仕事を受けられる可能性があると言う事。
もちろん酷い結果を残せば、師匠の顔に泥を塗る結果となるが。
しかしながら、他の者とは一歩も二歩も先を行っているのは確かだ。
「先生! 次は何をすれば良いですか!」
「……ミリア、あまりつまらない質問をするようなら貴様を弟子とは認めないぞ」
「すみませんでしたぁ!」
改めて握っていた弾丸に魔力を込め始めれば、彼は大きなため息を溢し。
「とにかく、次の休みには猫娘を巣に返してやれ。そうしないと、アイツは“吹っ切れない”」
「吹っ切れない、ですか? 普段から回りくどい言い方をする先生にしては、珍しく珍妙な発言ですね? 答えが無いというか、相手に丸投げしているように思えます」
「黙れ、馬鹿弟子。本当に行き詰った時、無条件に吐き出せる相手は限られていると言っているんだ。お前も早くそれくらいの信用を勝ち取れ」
「はい、すみません……」
ごもっともな意見を頂きつつ、その後も私の訓練は続行された。
ここ最近で、かなり弾丸も溜まって来た。
これならローズさんの所に行っても、それなりの報告が出来る事だろう。
とは言え、新しい杖の件は全力でご遠慮したいが。
「諦める、他無いよなぁ……アリスにも、あんな事言っちゃったし」
「何がだ?」
「なんでもないでーす」
そんな訳で本日もまた、私の限界ギリギリまで授業は行われたのであった。
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