第57話 トラウマ


「さって、今日もやりますかぁ」


 座学で凝り固まった体を伸ばしているミリアは、普段通りの様子で本日の相手を観察していた。

 本日の授業もまた、エルフ先生が召喚した相手と戦う事。


「まぁウチのパーティの得意分野ですし、いつも通り満点で終わりましょう」


 装備を点検したエターニアも、自信満々な様子でクルクルと銃を回してみせる。


「とは言え、油断はするなよ。来るぞ」


 ガウルは本当にいつも通り。

 真剣な表情を浮かべて、ミスリルの斧を構えながら正面を睨んでいた。

 やっぱり皆、戦闘に関しては他のパーティとは一線を凌駕している。

 慌てて私もバッグからブラックローダーを取り出し、先生が召喚した本日の相手に集中してみれば。


「あ、あれ……?」


「どうしたの? アリス」


「な、何でもない!」


 本日の相手は植物が人の形を模している様なモノ。

 トレントとか、アルラウネって呼ばれる魔物だろうか?

 あぁいったモンスターまで召喚出来るのだから、エルフ先生は凄い。

 何度も見てもそういう感想が浮かぶが、今日だけは。


「何で……大丈夫、平気。いつも通り戦えば良いだけ」


 チェーンソーを握ったその手が、ガタガタと震えているのだ。

 まるで武器を振るう事を身体が拒否しているみたいに、全然力が入っていない。

 このままブラックローダーを振るったら、手からすっぽ抜けて酷い事になりそうだ。

 こんなんじゃ、戦えない。

 私は、皆の役に立てない。


「アリス? 大丈夫か?」


「どうかなさいましたの? 顔色が良くありませんわよ?」


 ガウルとエターニアも心配そうな顔をして、私の事を覗き込んで来るが。

 駄目だ、こんなんじゃ。

 皆に心配掛けるアタッカーなんて、役に立たない。

 私の役目は仲間達から一歩先へ踏み出し、相手を攻撃するのが役目なんだ。

 他のメンバーに心配される様では、一人で敵陣に突っ込む資格なんてある訳がない。


「だ、大丈夫! 本当に大丈夫だから!」


 そう叫んでから、武器を構えて姿勢を落とした。

 大丈夫、いつも通りやれば良いだけ。

 これは授業だ、相手も先生が用意した練習相手だ。

 だから、何も心配は――


「――ス、アリス! 聞いてる!? 来るわよ!?」


「ご、ごめん! まずはかく乱するね!」


 いつの間にかぼうっとしていたのか、ミリアの指示を聞き逃してしまった。

 何をやっているんだ、私は。

 慌てて駆け出し、ブラックローダーのトリガーを引き絞ってみれば。


『助けて』


 チェーンソーの騒音と共に、あの声が聞こえた気がした。


「あぐっ!?」


「アリスっ!?」


 集中力が途切れ、身体強化のバランスが滅茶苦茶になり。

 まだ敵とは距離があるのにズッコケてしまった。

 ホント、ホントに何やってるんだ私は!

 あの時の声がもう一度聞こえた訳じゃない、絶対に私の気のせい。

 だからこそすぐに立ち上がり、吹き出した鼻血を拳で拭ってから。

 もう一度ブラックローダーのトリガーを引いて、相手に向かって走り寄り武器を振りかぶってみれば。


『助けて』


「……ぁ、駄目だ」


 相手に斬りかかる寸前に、刃が止まってしまった。

 怖い。

 私は、この相手を斬るのが怖い。

 また寸前で誰かの声が聞こえて来そうで、私が断ち切った何かが魔物以外の何かに思えてしまいそうで。

 ガクガクと震える体はトリガーを引き絞るどころか、チェーンソーを掴んでいる事すら出来なくなり。


「アリスッ!? くっそ、二人共私に合わせて! 全力疾走!」


 此方から寸前まで迫った魔物。

 ソイツ等の一体が腕を振り上げ、周りの連中も私に向かって歩み寄って来る。

 怖い、怖い怖い怖い。

 コイツ等に殴られて痛い思いをするのも、彼等を斬り裂いてしまうのも。

 どっちも、怖い。

 だから。


「助けて……助けて、ミリアぁ……」


 もはや頭は真っ白になってしまい、武器も手放して蹲ってしまった。

 とにかく怖い、私が断ち切ったソレがまた声を掛けて来そうで。

 アレは何だったのか、何を殺してしまったのかを考える程に、思考がグルグルと渦巻いていく。

 お婆ちゃんは、ブラックローダーを人に向けちゃいけないって言ってた。

 絶対に怪我をさせるから、ちょっとした事で殺してしまう程の武器だからと。

 でも私は。

 その武器を使って、あの時路上で鎮魂歌を謳っていた子供の誰かを。

 “この手で殺してしまったのではない無いだろうか?”


「いやぁぁぁ!」


 耳を塞ぎ、瞼を閉じて。

 訪れるであろう痛みに備えて、身体を小さくしていれば。


「ガウル! 防御! エターニアは周りの奴等を近づけないで!」


「任せろっ!」


「了解ですわ!」


 この身を包み込む様な温もりを感じて、すぐに皆の声が聞えて来た。

 そして、視線を上げてみれば。


「アリス、まだ戦える? アンタが何に怯えてるのか、私には分からない。でも今は戦う事を求められてるの。いける? それとも無理? アンタは何を怖がってるの?」


 普段から見ていた、戦闘中のミリアの真剣な表情が目に入った。

 いつも通りであって、いつも通りじゃない。

 全員の動きを観察しながら、常に仲間達が無事で居られる作戦を考えている。

 真剣で、真っすぐな瞳。

 だからこそ、この質問には余分な言葉は要らない。

 必要な事だけを答え、彼女の答えを貰う為だけの質疑応答。

 聞かれた事に答えれば良いだけ、だから。


「相手を殺すのが……怖い」


「分かった、なら“大樹”を使いなさい。アレなら心配ないでしょ? ブラックローダーは使わなくて良いわ、行ける?」


「だ、大丈夫! いけるよ!」


 ミリアの指示には、可能な限り応えたい。

 そう思っていたからこそ、反射的にそう答えてしまったが。

 本当に今の私に出来るのだろうか?

 そんな事を考えながら、“大樹”をマジックバッグから取り出してみれば。


「アリス、ガウルに張り付いている奴等を一旦引き剥がして。その後はかく乱、次の攻撃目標はその都度指示するわ」


「分かった!」


 震えが、止まった。

 今だったら武器をしっかり掴めるし、踏み込む足にも不安など覚えない。

 これなら、行ける。

 まだ私は、戦える。


「ガウルごめん! 今助ける!」


「待っていたぞアリス! 頼んだ!」


 そんな訳で、今日の授業も無事乗り切るのであった。

 本日ばかりは、満点とはいかなかったけど。

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