第56話 低反発


「うぅ……ん、うん?」


 カーテンの隙間から朝日が差し込み、薄っすらと瞼を開けた。

 村で生活していた頃と比べれば、こんな時間まで眠れるのは贅沢というもの。

 畑の水やり、家畜の世話等など。

 皆で共同生活をしている様な環境では、子供だって朝日が昇り始める前から動き始める事の方が多いのだ。

 そんな訳で、学園に来てからはかなりゆっくりとした朝を迎えている訳だが……今日は何だか、異常に眠い。

 まだ寝ていたいと身体が求めている。

 妙にベッドが温かく感じて、布団から出るのが億劫な程。

 駄目だな、生活に慣れて来て身体が怠けているのかも。

 今一度気を引き締めて、勢いよくベッドから起き上がってみれば。


「うぅぅぅ……寒い……」


 何か、腰に引っ付いてた。

 一瞬状況が理解出来ず、しばらく固まってしまったが。

 そういえば昨日、アリスを部屋に泊めたんだっけ。

 何やら深刻そうな様子だったのに、今では温もりを求めてモゾモゾと布団の中に潜っていく生物と化していた。

 そんでもって、普段よりベッドが温かったのはコイツの影響か。

 腰辺りに引っ付いていたが、今では私の脚にくっ付きながら布団の中に埋まってしまった。

 いや、ホントぬくいなコイツ。

 子供体温か、そうか。


「ほら、アリスも起きて。一回アンタの部屋に寄らないと、着替えも無いんだから」


「うぅ~ん……」


 布団の中でモゾモゾと動く小動物が顔を出し、寝ぼけた表情で此方を見つめ来た。


「ミリアだー」


「ミリアだーじゃないのよ、さっさと起きろ」


 未だ目覚めていないアリスを布団から引っ張り出してみれば、一度寒そうにブルッと震えてから、欠伸をかましてグッとベッドの上で体を伸ばした。

 ほんと、猫みたいな体勢で。


「猫かお前は」


「猫じゃ無いよ。おはよーミリア」


「はいはい、おはよう。さっさと目を覚ましてアンタの部屋行くわよ」


「うぅー、面倒くさい」


「文句言うな、アンタの服血みどろなんだから」


 それだけ言って、部屋の隅に放置されたアリスの服を指させば。

 彼女は少しだけ冷たい視線で、血の付いた制服と外套を見つめていた。

 ホント、何があったのやら。


「着替えたら学食行くわよ、さっさとしなさい」


「うい。ありがとね、ミリア」


「どういたしまして。ほら、起きた起きた」


 そんな訳で、私達は朝の準備を始めるのであった。

 いつもならもう少し余裕があるのだが、本日はアリスの部屋にも寄る為少々時間ギリギリになりそうだ。

 まぁ、たまにはこういうのも良いだろう。


 ※※※


「それで、どうしましたの? ソレは」


「いつも以上にぴったりくっ付いているな」


 朝食を終え、教室に向かった結果。

 エターニアとガウルから不思議そうな瞳を向けられてしまった。

 それはそうだろう、ずっとアリスが腕に引っ付いているのだから。


「いやぁ、まぁ何と言うか……反抗期?」


「随分低反発な反抗期です事」


「むしろ柔らかすぎて本当にくっ付いてしまいそうだな」


 朝食の際、改めて昨日の話題を出してみたのだが。

 やはりアリスは怯えてしまい、詳しい事は聞き出せなかった。

 無理に聞き出せばどうにかなったかもしれないが、それでは多分しばらくアリスが再起不能になりそうだったので止めた。

 という事で、未だ原因不明。

 そんでもって、昨日の事を思い出してしまった結果。

 こうして私から離れなくなってしまったのだ。


「何か怖い思いをして、こうなっちゃったみたいだから。落ち着くまで待ってあげて」


「警戒した猫みたいですわね。ほらアリス、怖くない怖くな~い」


「アリス、大丈夫か? 無理に話さなくても良いが、困ったら俺達を頼るんだぞ?」


 パーティの二人から甘やかされながらも、本人は渋い顔をしながら撫でられていた。

 対人恐怖症になったとか、そう言う訳ではないみたいなので一安心だけど。

 まさか一日この調子じゃないよね?

 今日は実習授業もあるんだけど、どうするつもりなんだろうか。

 とはいえ、離せと言えばしょんぼりしながら手を離すので、私としても言い辛い。

 そこは我儘を通さないんかいって言いたくなったが、多分コイツ無理矢理我を通すって事をしないのだろう。

 これまでの生活環境の影響か、それとも嫌われたくないという気持ちが強いのか。

 此方の言う事に、素直に従ってしまう様だ。

 なので、一旦放置。

 気が済むまでくっ付いていれば良いさ。


「お前達、何をこんな所で突っ立っている。授業を始め……どうした、ソレは」


 私達の後ろから教室に入って来たエルフ先生に、奇妙な瞳を向けられてしまった。

 まぁ、そういう反応になりますよね。


「反抗期、的なものです」


「随分と低反発だな」


 先生からも似た様な反応を貰ってしまったよ。

 とはいえ、それ以上突っ込まれなかったのは幸いだった。

 チラッと私の方に鋭い視線を向けて来たので、特別授業の時にでも説明しろって事なのだろうが。


「アリス、行くわよ。授業中は放してね?」


「ん、わかった」


 ちょっとだけ寂しそうにしながら返事をするちびっ子。

 あぁもう、コイツが元気ない事態というのが反応に困る。

 思わずため息を溢しながら、私達はいつもの席に腰を下ろすのであった。

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