第55話 アリスとミリア


「アリス、落ち着いた?」


「うんー眠くなって来たー」


 何故か私の部屋の前で蹲っていたお馬鹿を回収し、招き入れたまでは良かったのだが。

 相手は泣いてばかりで、どうにも事態が把握出来なかった。

 その為ズビズビしている相手の服を引っぺがし、無理矢理お風呂に連行した後。


「アリス、あんまり動かないで。髪乾かしてるんだから」


「こういうの、やってもらうの久し振りだから……どうしてもー」


 ふにゃふにゃし始めたアリスは、眠そうに頭を揺らしていた。

 まぁ、良いんだけどさ。

 あと私の寝間着を貸しているから、ブカブカで本当に子供みたいになってる。


「それで、何があったの? アンタ、血みどろだったじゃない。外傷は無さそうだから、返り血よね?」


「……」


 魔道具で熱風を当てていると言うのに、私の前に座っている小さな身体はガタガタを震え始めた。

 本当に、何があった馬鹿。


「良いわ、無理に言わなくて。今説明しようとしても辛いんでしょ? だったら落ち着いてからで良い。だから、今日は休みなさい」


「ご、ごめっ……ミリア、私……」


「良いって言ってんでしょ、今日はもう何も考えず寝ちゃいなさい」


 震えながら口籠っているアリスを無視して、忙しく私も髪の毛を乾かし始めた。

 あぁくそ、何なんだ。

 この子を助けるために色々と勉強していると言うのに、状況がいちいち邪魔してくる気がする。

 ダンジョンに行けば特殊個体、仲間から支援によって発作を起こし。

 行事で試合をすれば貫通魔法を使って来る輩がいたり、御貴族様のお遊びに付き合わされたり。

 常に上手く行かない人生を用意されている様で、無性に腹立たしい。

 何故だ、何故ここまで周囲が彼女を巻き込む?

 アリスは魔素中毒者で、寿命だって他の人よりずっと短い。

 だからこそこの子が生きている間くらい、平和で居て欲しいのに。

 世界が、それを許してはくれない様で……何か頭に来る。

 そんな事を思いながら、改めて彼女の頭に手を触れてみれば。


「ねぇミリア……私は、何にも関わらない方が良いのかな。昔、魔女は不幸を呼び込むなんて言われたみたいだけど、私もそうなのかな。私が関わった人は、皆不幸になっちゃうのかな……」


 此方に背を預けているちびっ子が、膝を抱えて体を震わせていた。

 あぁ、クソだ。

 今までも散々思って来た事だけど。

 “この世界は”、クソだ。

 生まれの違いだけで上下関係が存在し、平民はいつまで経っても上位の使いっぱしりに過ぎない。

 だからこそ奮闘するも、覆すのにはかなりの実力と結果が要る。

 でも上に生まれた人間は、何もしなくても私達を使える権利を持っていると来たモノだ。

 おかしいだろ、そんなの。

 生命体としては同じ筈なのに、血族が違うだけでそこまで区別されなければいけないのか?

 そんな事ばかりを、考えて来た。

 でも、学園に来てからは考え方が少しは変わった。

 貴族にも良い人は居て、仲間になってくれる人も居て。

 だからこそ、上手くやっていけるのかなって思ったけど。

 でも。

 この世界は、未だに“昔ながらの呪い”を引きずり続けている。


「どうして、そう思ったの?」


「前にね、私と少しだけ関わった人に会った……かもしれない。それで、良くない結果になっちゃって」


「正確には分からないの?」


「分かんない、分かんないんだよ! 前と全然姿も違うし、声も違った。気配だって、間違いなく魔物だった! だから戦った! なのに……なのにアレは!」


 錯乱状態に陥りかけたアリスの体を、背後から力強く抱きしめた。

 もう良い、喋らなくて良い。

 今だけは、その身を守る事に。

 自分の心を守る事だけに集中してくれ。


「私を見なさい、アリス」


「えっと……」


「私を、見なさい」


 抱きしめている訳だから、本当に近い距離で視線を合わせる事になってしまったが。

 彼女は、驚いた様な瞳を此方に向けて来た。

 本当、猫みたいにまん丸の瞳だ。

 普段から見ていたのに、普段以上に良く見える。


「私が、不幸に見えるかしら?」


「わ、わかんない……」


「だったらもっと良く見なさい。魔女の孫に一番近い所で過ごした私は、今。不幸になっているかしら? そんな迷信、考えるだけ無駄よ。誰かが言う昔話の前に、私を信じなさい」


 その言葉と共に、彼女の身体を更に強く抱きしめた。

 今抱き締めておかないと、この子が何処かへ行ってしまう気がして。

 自分以外の誰かの為にと、そんな言葉を残して姿を消してしまいそうで。

 ひたすらに抱きしめた。


「ミリア……痛い」


「ならその痛みも覚えておきなさい。誰が不幸になったって? ハッ、だったら私が笑い飛ばしてやるわよ。アンタと一緒になって、パーティを組んで。誰も倒せなかった魔物を倒した上に、武器までとんでもない物を貰ってる。そんでもって、学園の対人戦では学年で成績トップよ? これって不幸なの?」


 腕に抱いたちっこいのに問いかけてみれば、彼女は不安そうな表情のまま顔を伏せてしまった。

 違う、そうじゃないだろ。

 いつものアリスなら、そんな顔しない筈だ。


「胸を張りなさいよバカタレ。私は、アンタと出会った事によってあり得ない程“勝ち組”の道を進んでるのよ? 自信も無い卑屈で根暗な村娘が、この学園に来た初日に、アンタと出会った事によって。これだけ成果を残したパーティリーダーの“ミリア”って存在になったの。だから……あんまり卑屈にならないで。私は、アンタが居ないと私になれないのよ」


 何を悩んでいるのかは知らないし、今は言わせるつもりもない。

 それでも、お前は必要なんだと教えてやりたかった。

 少なくとも、私にとってアリスという存在がどれ程大きいのかと。

 それを、教えてやりたかった。

 この子と出会わなければ、間違いなく私は今の立場に居なかった。

 今の様に向上心を持たなかっただろう。

 とにかく学園を卒業して、平々凡々と冒険者でもやって過ごせれば。

 そんな風に考えていた事だろう。

 でもそれを許してくれない相棒が居たから、今の私があるのだ。

 もっと上に、更に高みへ。

 そう願ってしまう環境を、コイツは常に用意してくるのだから。


「ミリア……私、情けない事言って良い?」


「良いわよ、何でも言いなさい」


 腕の中でモゾモゾもと動く小さいのは、どうやら体の向きを変えた様で。

 私の胸に顔を押し込んで来る様な状態で、小さく嗚咽を溢し始めた。


「怖い事が、起きたんだ。今説明しようとしても、多分無理だけど……でも怖い事があったの」


「良いわよ、そっちは後で」


「後はね、他の事も怖いの。パーティの皆に必要として貰えるのかとか、ちゃんと友達と思って貰えているのかとか。この先ちゃんと卒業出来るのかとか、私は……いつまで生きられるのかとか。最近、物凄く怖い」


「そうね、怖いわね」


 向き合ったソイツが、顔を押し付けたまま視線を合わせてくれないので。

 仕方なく、相手の頭に手を置いた。

 ポンポンッ、ポンポンッと優しく叩きながら。


「でもそれは、“普通”の悩みなのよ。友達と上手くやれるか、自分が役に立てているか。将来の不安、いつ死ぬかなんて……私達にも分からないしね。だから、難しく考える必要なんてないわ」


「でも、私は……」


「関係ないって言ってんの。私達は友達で、相棒でしょ? だったら、お互い生きている間は互いを頼りましょ? 大丈夫、一緒に居てあげる。アンタの相棒は私よ、何があっても半分背負ってあげるから。だから、もう少し私を頼りなさい」


 そんな事を言いながら頭を撫でていれば、相手から返事が返って来る事は無く。

 視線を向けてみれば、目尻に涙を溜めた猫娘が寝息を溢していた。

 全く、本当にコイツは。

 思わずため息を溢してしまうが、これがアリスだ。

 良く食べ、良く遊び、良く寝る。

 本当に子供みたいなヤツだが、こんなのを相棒にしてしまった私の宿命ってヤツだろう。

 何度でもため息が零れそうになるが、まぁ良い。

 今日だけは、許してやろう。

 何かあったみたいだし。


「おやすみ、アリス。私のベッドで寝るんだもの、悪い夢なんか見たら許さないからね?」


 そんな事を言いながら、寝入ったアリスをベッドの端っこへと押し込むのであった。

 あぁもう、今日のベッドは狭くなりそうだ。

 ていうかコイツ、やっぱり軽い。

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