第54話 何か凄い事言いだした


「今日も来たわよ、神父さん」


「おぉ、いらっしゃいミリアさん。興味を持って頂いた様で何よりです」


「勘違いしないで。私は宗教に興味は無いし、貴方の理想とやらにも興味は無い。欲しいのは――」


「魔導回路と魔素中毒者の知識。そしてその治療方法、ですよね? 分かっておりますとも」


「……」


 ジトッとした眼差しを向けてから、お布施として適当な金額を相手に渡した。

 私からすれば決して安くは無い授業料。

 だとしても、私には絶対に必要になる知識。


「今日は時間が無いの、いつもより急ぎ足でお願い」


「普段より教会に訪れる時間が遅いですからね。お友達と買い食いでもしてきましたか? それこそ、“あの少女”と」


「余計な詮索はしない、それが条件だった筈よ」


「えぇ、私は私の研究に興味を持って頂ける子供が増えるだけでも嬉しいですから」


 いつも通りの柔らかい笑みを浮かべる神父だが、とんだ狸も居たものだ。

 しっかりとお金は取るし、決定的な事は教えてくれない。

 彼の理論をしっかりと理解するまで、授業を次の工程に進めてくれないのだ。

 魔導回路、つまり魔法を使う為に私達に刻まれた魔力の道筋。

 魔力はコレを通って、魔法という現象を発生させる。

 しかしながら、人の得意不得意とはこの魔導回路で決まる。

 遺伝により、形が変わるのだ。

 だからこそ、力量差が生れる。

 だが基礎となる回路は同じだと、彼は語ってみせた。

 人が生きていく上で、魔素と関わりながら人生を生き残る為の術として。

 最低限の魔導回路は誰にでも存在する。

 でも“魔素中毒者”はその基礎に欠陥がある。

 その影響で、普通に生きる事すら困難なのだと教えられた。

 コレは、学校では教えてくれない知識。

 かなり専門的で、この道の学者ではないと説明できない授業。


「頭では分かっていても、やっぱり気に喰わないわ。貴方は、この施設の子供達を救いながらも実験台にしているのは間違いない」


「しかし、彼等を救うにはコレしかありませんから。貴女も術者なら、理解は出来るでしょう?」


「だから虫唾が走るのよ……綺麗事だけじゃ救えない、分かってるわ」


 技術の発展には、知識の新たなる発見には犠牲が伴う。

 それは、重々承知しているつもりだったが。

 目の前の命を観察しながら実験しているという事態を目にしてしまうと、どうしても。


「人体実験なんかをする様な人物じゃないから、まだマシだと思ってるけど」


「ハッハッハ、流石にそれは犯罪ですからね」


 カラカラと笑う神父に促され、私達はいつもの別室へと足を運んだ。

 正直良い気分では無いし、覚える事も多いから大変だ。

 だとしても、この知識が。

 少しでもアリスの役に立つなら、あの子の症状を少しでも緩和してあげられるなら。

 そして、叶う事なら。

 彼の研究成果を覚え、役立て、応用し。

 アリスを“魔素中毒者”という枠組みから外してやれるなら。

 私は、私に出来る事をしよう。

 村の為、故郷の為に学園に入った私だが。

 それでもやはり、此方にとっても初めての学園で出来た友達なのだ。

 だったら、私だってあの子の為に何かしてあげたいと思うモノだ。


「では、授業を始めましょうか」


「よろしくお願いします」


 そんな訳で、今日もまた。

 教会に赴いた私に、学園とは違うエルフの先生が知識を与えてくれるのであった。

 この全ての知識を、私は有効活用してみせる。

 私に出来る事は、学生の内に全てこなしてみせる。

 その行いにより、アイツの人生を左右する出来事が起こせるかもしれないのだから。


 ※※※


「ミリア、集中出来ていないぞ」


「すみ、ませんっ! でも、もう少し……」


 学園に帰ってからすぐにエルフ先生の元へと向かってみれば、少々遅刻してしまった事に怒っているのか。

 先生は少しだけ不機嫌な様子を見せながら、すぐに実技を開始させた。

 ローズさんに渡された弾丸に魔力を込める作業。

 しかしながら、今日は私の苦手分野ばかりやらせて来る。

 くっそ、なかなか魔力が溜まらない。


「そこまで、これ以上やると魔力切れを起こすぞ」


「ぶはぁぁ……やっぱり、適性外の魔法はキツイです……」


 がっくりと肩を落としながら彼に銃弾を渡してみれば、ウンウンと頷いた後箱に戻されてしまった。

 今回に関してはノーコメント。

 つまり、良くは無かったと言う事か。


「私、強くなってるんですかね?」


 彼の態度に不安を覚えてしまい、思わずそんな弱音を溢してしまった。

 だって、こんな授業をしてもらっているのに未だ成果らしい成果が残せていない。

 それにローズさんから出された課題だって未だに終わらない。

 これじゃ、“特別な存在”なんて夢のまた夢に思えて来るが。


「お前は、どう強くなりたい?」


「え?」


 本日の授業は終わりだと言わんばかりに、私の目に紅茶を準備してくれた先生。

 ソレを受け取りながら、彼の言葉を考えてみたが……どう、なのだろう?

 そもそも“どう強くなりたい”ってなんだ?

 そんな事を考えて、首を傾げていれば。


「強さには、様々な形がある。私が感じた強さは大きく分けて三つだ」


「三つ、ですか」


 彼もまた紅茶を啜りながら、三本指を立てて此方に向けて来た。

 その内の一本を折り曲げて。


「一つ、単純な暴力。戦場を一人で燃やしつく様な火力を持った魔法使い、誰にも想像出来ない道具を作り相手を殲滅する偉人。異常者とも言うが……あとは、どんな相手だろうが仲間の為に立ち向かって見せる戦士」


「それは、何となく分かりやすいですね」


 多分一番想像しやすい。

 私が目指す先に一番近い強者……だと思うのだが。

 エルフ先生はそのまま二本目の指を折り曲げ。


「二つ目は、権力や栄光。一つ目が自ら戦場に赴き強者を演じるのであれば、こちらは戦場に立たずに実績を上げる強者。と言った所か? 確かな結果を残した者は国から“出し惜しまれる”。だからこそ、管理する側に回る事が多い。しかし、重要な役目だ」


「そっちは……良く分かりません。私には、絶対に立てない立ち位置ですから」


 そもそも二つ目に関しては生まれの時点で左右されてしまう。

 栄光という意味では、一応誰でも目指せる先なのかもしれないが。

 それでも、途方もなく遠い夢だと言って差し支えないだろう。

 そんな重役に上り詰めるには、それこそローズさんやエルフ先生の様な実力が必要だろうし。

 私は、そんな大層な存在には多分成れない。

 などと考えていれば、彼は溜息を一つ溢してから。

 三つ目の指を折って見せた。


「最後は、誰でもたどり着ける強者。愛を体現する者達だ」


「急に凄い事言い出しますね、先生」


「茶化すな。実際に見れば、恐らく貴様も納得する事だろう」


 それだけ言って、彼は語り始めた。

 恐らく私の体力と魔力がある程度回復するまでの雑談、程度の感覚だったのだろうが。


「分かりやすく言うなら、母という存在だな。俺には未だ理解出来ないが、あぁいった存在は無条件に命を差し出す。“我が子”の為にならと、平気で無茶をする。そして父もそうだ。今までは荒くれ者としか言いようが無かった奴が、子が生まれたその日を境にガラリと変わったりするんだ。子供に食わせてやる為にと、人が変わった様に努力し始める」


「それは……その、“普通”の親ってものじゃ」


「そう、普通だ。だからこそ“特別”なんだ。彼等彼女等の所業は、親で無ければ成し遂げられない特別な行動であり、“普通”の行動だ」


 まただ。

 特別は特別ではなく、普通というのは普通ではない。

 まるで言葉遊びの様だが、この人がソレを言う時には間違いなく裏付けがある。


「百戦錬磨の戦士が居たとして、その人物は死ぬことが怖くないと思うか?」


「あり得ません。言葉でどう語ろうと、生物は本能的に死を恐れます」


「その通りだ。では死ぬと思わる確率が高い戦場に向かえと言われた時、その人物は向かうだろうか?」


「えぇと……絶対命令とかなら、致し方なく? でも選択権があるなら、多分言い訳を連ねても絶対に行きませんね」


 当然だ、誰だって死にたくはない。

 行ったら死ぬ確率の方が高い戦場なら、行かなくて済むのであれば行かないという選択を取る。

 ソレが生物としての本能であり、“普通”な訳だが。


「正しい選択だ。しかしながらそれを覆し、生き残る方に賭ける人間も居る。どんな連中だと思う? しかも、そういう連中は現代にも多く存在する」


 そう言われましても……何だソレ。

 考え方からして蛮族? もしくは異常なほどの自信過剰な人物?

 はっきり言って、自殺志願者にしか思えないのだが。

 何て事を思いながら、首を傾げていれば。


「妊婦だよ」


「え?」


「母は強しと言うが、彼女達は賭けてしまう。自分以外の、しかも我が子の命が掛かっているのなら。分の悪い賭けだとしても、子を生かす為に死地に挑む。その姿は、私にはどの英雄より勇敢に見えた」


 妊婦って、え? 妊婦?

 だってそういう人は、街中には溢れているし。

 そこら中に居る、“一般人”な訳だが。


「だから言っただろう? 愛を体現する者だと。彼女達は、自らの命よりも子の命を優先する事が多い。様々な魔法医療があろうと、出産とは命に関わる事が多い。そして子がどうとかいう話は別にしても、そう言う目的で動く者は……皆、強い事が多い。愛する者を守る為に戦う戦士や、親愛なる友の為に強くなろうと藻掻く若者。それらは、皆我々が思うよりも強者だ」


 何が、言いたいのだろう?

 私は別に、まだ子を産む環境には無いし。

 それに他の意味でも、愛がどうとかいう立場にはないと思うのだが。

 そんな事を思いながら、彼の事を見つめていれば。


「誰かを想う。それは力だ、特別ではない“特別”な力だ。男女で無くとも、子がどうとかで無くても構わない。友人の為に、自らの大切な人物の為にと努力する姿は。例え他の誰かから笑われても、俺は強者だと断言しよう。だからミリア、お前は間違いなく強くなっている」


 そのお言葉を貰った瞬間、ボッと顔が熱くなった気がした。

 今の行動が全て見通されている気がして、私が何を想っているのか察せられている気がして。

 だって彼の言葉通りなら。

 私はアリスの為に強くなり、共に歩む道を望んでいる。

 その結果先生に“着実に成果を残している”と認められる程の位置に、私は立つ事が出来た。

 今の実力は、結果は、気持ちは。

 間違いなくアリスが居たから。

 彼女がいたから、私はここまで強くなろうと思えたという事に他ならない。

 だが、改めて言葉にされるとムズ痒いの同時に。

 愛がどうとか語りながらそんな事を言われてしまっては。


「アイツは関係ないです!」


「私は何も言っていない。しかし、良い形に成長しているのは確かだ。良い相棒を持ったな」


「エルフ先生嫌いです!」


「最近どこかの猫娘に似て来たな」


「嫌いです!」


 という事で、ぷりぷりとお怒り表明をしてみた結果。

 彼は笑いながら今日の授業の終わりを宣言する。

 あぁぁもう、最後の最後で変な事を言われてしまった。

 確かにアイツの影響で色々変わったし、私の目指す先が変わり始めているのも確かだ。

 元々は、村の役に立てる冒険者になれればよかった。

 でも、最近は。

 アイツが隣に居ない日常が、あまり想像出来ないのだ。


「あぁくそ、アイツのせいだ」


 ガシガシと髪の毛を掻きむしりながら、自らの部屋へと足を向けてみれば。

 何か、居た。

 私の部屋の扉の前で蹲ってる、しかも妙にドス黒い汚れを身に纏った赤い外套が膝を抱えていた。


「……アリス?」


 声を掛けてみれば、彼女はゆっくりと顔を上げ。


「ミリア……ミリアァ……」


 此方と目が会った瞬間、ボロボロと涙を溢し始めたではないか。

 本当に、何があった。


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