3章

第53話 火種


「う~~~ん」


 普段通りの授業中。

 ミリアが妙に目を細めながら講義を聞いている姿が。

 どうしたんだろう? 普段だったら私達の中で一番真面目に先生の話を聞いているのに。

 今日に限っては妙に目を擦りながら、あんまり集中出来ていない御様子だ。


「ミリア? どうかしたの?」


「んー? いや、別に。ちょっと寝不足というか、疲れが抜けないというか。アンタこそ、普通に起きてるなんて珍しいじゃない」


 確かに本人の言う通り、凄く眠そうだ。

 よく見れば薄っすらとクマも出来ているし、ちょっとだけユラユラしている。


「いつもと違うから、心配になっちゃって……」


「私の事は気にしなくて良いわよ。そんな事より、アリスもちゃんと授業聞きなさい」


 グイッと押し退けられ、無理矢理正面を向かされてしまったが。

 横目で確認してみれば、やはり辛そうだ。

 もしかして体調悪い?

 前回の試合行事の疲れでも残っているのかと思ったが、どうやらそうでも無さそうだし。


「ね、ミリア。疲れてるなら、この前先生に連れて行ってもらったお店行こうよ。ホルモン、美味しかったし」


「あぁ~うん、そうね。ダッグスさんの所にも挨拶行かなきゃだし」


 結局試合を全て勝利した私達は、ダッグスのおっちゃんから色々と武器を貰った。

 ガウルは斧と盾、それ以外の装備は返却したと聞いている。

 エターニアに関してはあの銃と、その一式。

 私とミリアはそもそも“預けられた”形になるので、そのまま。

 一応皆装備を新調したと言う形になり、度々足を運んでは近況報告などをしたり武器を見せたりしているのだが。


「ねぇホルモンは?」


「はいはい、そっちも行きましょうね。今日の夕飯はそこにしましょうか。でも、現地解散で」


「えぇー、どうせ帰る所同じなんだから一緒に帰ろうよぉ」


「うっさい、私にも色々やる事があんのよ」


 という事で、一緒に帰る事はお断りされてしまったが。

 でもまぁ、ちゃんとご飯は食べられる元気があるようで良かった。

 そして何と言っても、エルフ先生が連れて行ってくれた居酒屋ご飯がこれまた美味しかったのだ。

 あの人、見た目の割にあぁいうお店が大好きな様で。

 お店の人達からも物凄く常連扱いされていた。


「ガウルとエターニアは? 今日行ける?」


 という事で、両サイドに座っている面々に声を掛けてみれば。


「すまない、俺は今日も先輩方と特訓だ」


「私も、御堅い面々と茶会がありまして。今日の所は遠慮いたしますわ」


 ちぇっ、また二人共用事があるのか。

 などと口を尖らせていれば、両者は唇に人差し指を当て、シーッと合図してきた。

 しまった、また騒ぎ過ぎたかと先生に視線を向けてみると。


「ゴホンッ。飯の算段も良いが、それは授業が終わってからにしろ」


「す、すみません……」


 相も変わらず、エルフ先生からは怒られてしまうのであった。


 ※※※


「食べたぁ」


「あんまり外食ばかりだと、私は金銭的に不味いんだけど……食べちゃうわよねぇ、ココ」


 学園が終わった後、件の居酒屋へと訪れお腹いっぱい食べた。

 居酒屋ご飯って、味濃い目で凄く食べたって感じがする。

 けどミリアの言う通り、ちょっとお高くなってしまうのが難点。

 一皿の量が少ないのかなぁ? なんて思ったが、多分飲み物が高いんだ。

 まぁ本来お酒を飲む場所だし、仕方ないのかもしれないけど。


「ダッグスのおっちゃんの所にも行ったし、ご飯も食べたし。後は帰るだけ~……って、ミリアはこれから何処か行くんだっけ?」


「ん、そうね。一人で帰れる?」


「帰れるもん! 方角さえ覚えてれば適当に歩いても着くもん!」


「そこは普通に道を覚えなさいよ」


 少々呆れた顔を向けられてしまったが、ミリアは笑いながら私の頭に手を置いて来た。

 今は……昼間に比べれば元気そうに見えるけど。


「ミリア、もう大丈夫? 疲れてない?」


「だぁから、心配ないってば。お腹いっぱい食べたし、もう大丈夫よ。それにこれから行くところも、少し授業を受けるだけですぐ帰るから」


 授業? この言い方からして、エルフ先生の特別授業って訳では無さそうだし。

 学園以外でも、どこかで魔法を教わっているのだろうか?


「本当に平気? 学園に帰ってから、エルフ先生の授業も受けるんでしょ?」


「そうね、そっちもしっかりやらないと。でもこれから行くところは、本当に講義を受けるだけって感じだから。そんな心配そうな顔しないの」


 ワシワシと頭を撫でて来るミリアは、そのまま背を向けて私とは逆方向に歩き出してしまった。

 なんか、ちょっとだけ不安になる。

 本当は無理してるんじゃないかとか、帰り道は大丈夫なのかとか。

 暗くなる前に帰って来るのだろうかとか色々考えてしまうが。


「ミリア、また明日! 学園でね!」


「はいはい、またね。寝坊しないでよ?」


 軽い笑みを浮かべて振り返った彼女は、本当にいつも通り。

 だから、心配する程ではないのだろう。

 改めてそう思い直し、私は学園へと向かって足を進めた。

 何と言うか、久し振りだ。

 こうして街中を一人で歩くの。

 昔はお母さんとかお婆ちゃんのお使いで、ダッグスのおっちゃんとか、タマキのお爺ちゃんの所へ一人で足を運んだのに。

 ここ最近は、ずっと皆と一緒だった。

 どこに行く時でも、隣にはミリアが居た。

 一人になる時なんて学園の寮内だけだし、そこまで寂しいと感じる事も無かった。

 だからこそ、なのだろうか?

 妙に一人で居るのがソワソワして、何故か周囲を警戒しながら歩いてしまった。

 本当にいつも通りの街中の風景。

 夕飯前くらいの時間だから、露店は在庫を売り切ろうと声を張り上げ。

 食事処は客引きの為に店員を外に出し、仕事帰りの人達を呼び込んでいる。

 そんな彼等彼女等の声に反応する人々や、私と同じような学生の姿もチラホラ。

 とても、平和だ。

 平和なのに。

 何故だろう、何でこんなにソワソワするんだろう。


「早く帰ろ……」


 赤い外套を頭まですっぽりとかぶり、いつもより早足で街中を歩いて行けば。


「お嬢さん、灯は如何ですか?」


「え?」


 ふと、声を掛けられた。

 視線を向けてみれば、そこにはいつか見たシスターの姿が。

 魔素中毒者の子供達を連れていた修道女。

 でも何故だろう。

 通路の脇に立って居る彼女が、まるで世界から隔離されているかの様な不思議な感覚を覚えた。

 誰も彼女に視線を向けない、気にもしない。

 それは街中では当たり前だ、でも……なんだろう? この違和感。


「えぇと……お久し振り、です?」


 ひとまず声を掛けてみれば、彼女は小さく微笑みながらバッグからマッチを取り出した。

 そしてそのまま一本のマッチに火をつけ、こちらに見せて来る。

 いったい、何をしているんだろう?


「貴女は、この炎に何を見出しますか?」


「どういう、事ですかね?」


 訳が分からず質問に質問で返してしまったが、彼女はクスクスと笑い。


「一本のマッチ程度では、すぐに燃え尽きてしまう。でも、この明るさに憧れた子達が居ました。この炎の向こうに、夢を見た子供達が居ました。こんな小さな炎だけでは、これ以上燃え上がる事は出来ないのに」


 それだけ言って、彼女は足元にポトッと火の着いたマッチを落とす。

 未だ燃えている、とても小さな炎。

 その灯りを見つめていれば。


「しかし火種が無ければ、人を助ける炎は生まれない。そんな単純な事すら、今の人々は忘れてしまっていると思いませんか? 小さな炎だからと言って、踏み消して良い筈が無いのです」


「あの、ごめんなさい……さっきから何を言っているのか――」


 マッチから視線を外し、再び顔を上げると。

 そこには、あのシスターの姿は無かった。

 え、えぇと? あの人、どこに――


「化け物だぁぁ!」


 何処かで、そんな悲鳴が上がった。

 思わずマジックバッグに手を置きながら、姿勢を下げると。


「これは、ぞんざいな扱いを受けて来た者の“火種”に他なりません。貴女なら、分かるでしょう?」


 背後から声が聞こえて来て、思わず勢いよく回避行動をとりながら振り返ってみれば。

 誰も、居ない。

 おかしい、さっきまで目の前に居たシスターと同じ声だったのに。

 いくら気配を探ろうと、それらしい存在を確認出来ない。

 私は、いったい“何と会話していた”?

 何てことを思っている間にも混乱は広がり、とある店の中から魔物が姿を現した。

 逃げ惑う人々を追う様にして、店の壁を破壊しながら。

 街中で魔物とか、冗談でしょって言いたくなるが。


「また、ワーウルフ……」


 しかも前回と同じように、魔石の着いた首飾りをしている。

 更に手には長剣。

 その行動は以前とは違い、武器に慣れていない素人がこん棒代わりに振り回しているかの様だったが。


「市民の皆さんは避難を! 我々で対応するぞ! すぐに応援が来る!」


 すぐさま到着した衛兵達が、ワーウルフを取り囲んだ。

 その人数は三人、本当に現場に近かった者達が集まっただけなのだろう。

 しかしながら彼等だって“そういう仕事”を専門としているのだ。

 学生とは比べ物にならない程の連携を取りながら、確かに相手に攻撃を叩き込んでいる。

 すると。


「な、なんだコイツは……」


 衛兵の一人が、困惑した様子を見せながら魔物を覗き込んでいた。

 ダンジョンに出現した個体同様、魔法が効かないみたいだ。

 しかしそこはプロのお仕事。

 すぐさま近接戦に切り替え、相手に再び傷を負わせた瞬間。


「え?」


 ワーウルフが怯えた様に蹲ってしまったのだ。

 武器を投げ出し、頭を抱え。

 今ではクゥーンクゥーンと情けない声を上げていた。

 魔獣なら、まだ分かる。

 あれは基本的に獣と一緒だ、恐怖を覚えれば怯えて動けなくなることだってある。

 でもワーウルフは魔獣ではなく、“魔物”なのだ。

 人型に近い、とかそういう理由だけではなく。

 魔物は“殺戮本能”が強いとされ、こうした不利な事態になれば暴れるか逃走しようとするモノ。

 それくらい、戦闘においての本能が発達した個体だったはずなのだ。

 だというのに、相手は今……怯えた子供みたいに震えていた。


「と、とにかく捕縛して本部に――」


 衛兵の一人が拘束用の魔道具を取り出し近付いた瞬間、相手は急に大声を上げて暴れはじめた。

 長剣を拾い直し、ブンブンと周囲に向かって振り回す。

 怯えた子供、なんて表現したけど……それくらいに人間臭い動きだ。

 とはいえ相手は腐っても魔物。


「あぶない!」


 一人の衛兵に対し、押し倒す勢いで飛びついた。

 そして私の頭の上を通り過ぎる長剣。

 例え行動が単調でも、相手はワーウルフ。

 振り回した腕が直撃しただけでも、人間にとっては致命傷になりかねないのだ。


「あ、ありがとう……しかし、君は避難を――」


「任せて下さいっ!」


 倒れ込んだ衛兵を残したまま駆け出し、バッグからブラックローダーを取り出した。

 そのまま双剣を合体させ、巨大なチェーンソーを唸らせてから振りかぶり。


「一撃で……決める!」


 全力で相手に叩きつけようと力を入れた瞬間。


「――、お金――れた。お姉ちゃ――」


 一瞬だけ、狼の顔が緩んだ気がした。

 まるで、安心出来る何かを見つけたかのような。

 ホッとしたかのような表情。

 そう、思えたのだが。

 振り出した私の武器は止まることなく、相手の身体に叩き込まれた。

 瞬間、その顔は絶望へと変わった。

 同時に獣の雄叫びがこだまし、狼は絶叫を上げている。

 抵抗する訳でも無く、防御しようとする訳でも無く。

 ただただ、その身に私の刃を受けていた。

 その後回転刃は私が何をする訳でも無く前進を続け、見る見るうちに相手の肉体を斬り裂いていった。

 そして、再び狼は私に瞳を向けて。


「助け――」


 そんな声が聞こえた瞬間、ブツンッという音と共に相手の体は両断され……私の足元には、ワーウルフの死骸。

 ドクドクと流れ出す魔物の大量の血液、頭からかぶってしまった為全身真っ赤に染まってしまった私。

 両断を終え、ゴトッと重い音を立てて切っ先が地面にぶつかると。


「お、ねぇ……ちゃ――」


 それだけ言って、魔物は息を引き取った。

 待て、待て待て待て。

 魔物が喋った? いや、確かに喋る個体も居る。

 サキュバスとか、ケンタウロスとか。

 下手すればオークの上位個体でも喋る事はあるという。

 だからこそ、珍しい事じゃない。

 そう、思えれば良かったのだが。

 今、コイツは。

 私に向かって、何と言葉を吐いた?

 “お金をくれた、お姉ちゃん”。

 そう、言ったんじゃないか?


「や、嫌だ……嘘だよ。こんな事、あり得ないよ」


 ガクガクと全身が震えた。

 違う、絶対違う筈だ。

 こんな事、あり得ない。

 私の聞き間違いとか、もしくは魔物が人を惑わせようとしたとか。

 きっとそういうアレだ。

 でも、あの目は。

 私を見つけた時の、あの安心しきった様な瞳は。

 もっと言うなら、私がお金を渡した経験があるような相手と言えば。


『これは、ぞんざいな扱いを受けて来た者の“火種”に他なりません。貴女なら、分かるでしょう?』


 先程聞いたその言葉が、耳の奥から聞えた気がした。

 私はいったい、今“何を”ぶった斬った?

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