第52話 混沌の軍勢


「カリム、来たわよ」


「来るな、部外者め」


 相も変わらず、仕事をしている所に急に出現する魔女。

 思い切り溜息を溢してみたが、相手は気にした様子もなし。

 換気の為にと開けていた窓から、勝手に入って来たらしい。

 今度は何に化けて来たのか知らないが、窓辺に足を組みながら鬱陶しいのが座っていた。


「今回もちゃんと活躍できた? あの子を街中で見かけた時は、えらく上機嫌だったけど」


「あぁ、模擬試合を全勝。申し分ない結果だ」


 短くそう答えてみればグッと両手の拳を握り締め、喜びを表現している年増が一人。

 行動は若いが、実年齢はそこらの人間よりエルフの私と比べた方が早いくらいだろう。

 正確な年齢は知らないが、そこらの人族と比べたら老いぼれどころではないからな。


「勝てば勝つ程強い相手と戦う結果になる方式だったが、アイツ等の場合は早い段階で上級生……それも腕の立つ面々と当たってしまったからな。後半はむしろ教える側に立っていた程だ、よくやっていたぞ」


「あら? カリムにしては珍しい。そこまで褒めてくれるなんて」


「俺は評価すべきは評価する、そして素直に教えと注意を聞く子供達は可愛いものだ。言っておくが、貴様の孫だけの話をしている訳ではないぞ」


「わかってますってば。アリスだけ特別扱いはしてないって言いたいんでしょ? 分かってますー……まったく、相変わらず堅物なんだから」


 年齢に相応しくない表情で不満を口にする魔女に再びため息を溢しながら、此方も此方で仕事を終わらせた。

 書類関係は問題無し、明日もまだ試合が行われる為、授業は無し。

 いやはや、楽なモノだ。

 教師にも、やはりこういう楽出来る期間があるのは嬉しい。

 そんな訳で、個人的な内容として手紙を綴っていれば。


「それは?」


「何でも良いだろうが。お前には関係ない」


 窓辺から飛び降りて来た魔女が、此方の手元を覗き込んで来るが……本当に鬱陶しいなコイツは。

 個人的な手紙まで覗き込まれていれば、おちおち気楽な手紙も出せないというモノ。

 肘で押し退けようとしてみたが、それでも抵抗して手紙を覗き込んで来る魔女。

 本当に……昔から変わらないなコイツ。


「料理店の予約……しかも高級店という訳じゃないわよね? ここ。貴方、こんなモノいちいち手紙を出しているの? カリム程の立場がある人物なら、個人席くらいすぐに空けてくれそうなものだけど」


「俺はそういう横暴な真似は好かん。それから、今回は団体だ。だからこそ、予約する必要がある」


「カリムが……食事の時に少し騒ぐだけでもブチギレる奴が、団体席の予約!?」


「黙れ魔女。貴様等があまりにも食事中騒がしいだけだ、普通の相手なら食事を共にする事もある」


 非常に鬱陶しい魔女を押し退けて、再び手紙を綴っていく。

 来店時間、人数、そして来店する面々の名前を……。


「あら? アリス達を連れて行くの?」


「それがアイツ等の“御褒美”だったからな。クラスの中で、全勝したのはアイツ等だけだ」


 此方を押し退ける勢いで覗き込んで来る鬱陶しいのは、いちいち俺の手紙を読んでいるらしい。

 本当に、コイツは。

 魔術の知識はあっても、一般教養というモノは抜け落ちているらしい。

 孫の前に、コイツを学園に通わせるべきではないのか?

 絶対に私の受け持つクラスには入れるなと、学園長には頼み込む必要があるが。


「あぁ、そうだ。今回ダッグスの奴がアイツ等に手を貸したらしい。後で言っておいてくれ、“学生相手に遊びすぎるな”と」


「あらら……それじゃアリスのパーティだけ武器が異常に強かった結果だったのかしら? だったら、全勝も頷けるわね」


「道具は、所詮道具だ。それを使いこなし、的確に動けないモノは勝利など掴めん。この学園は、そこまで甘い場所ではない」


「ホント、変わったわね。カリム」


 などと雑談を交わしながら、書き終えた手紙を召喚したフクロウに持たせ夜の空へと放ってみれば。

 彼女は、スッと表情を引き締め。


「前回のワーウルフ、本当にアンタじゃないのよね?」


「くどい。俺にはそこまでしてアリスを計る理由がない」


 またか、とは思ってしまったが。

 魔女は未だ納得していない表情で視線を逸らしていた。

 ハッキリしない、とは珍しい反応だ。

 まだ何か疑問点でもあるのだろうか?

 そんな事を思いながらも、グラスを二つ用意して酒を注いでみれば。


「ちょっと、気になる事があるのよ。下町にある“魔素中毒者”を集めている教会、そこの神父。数年前にこの街へやって来て、必要以上に中毒者に拘っているみたい」


「噂程度なら聞いている。変わりものだとな、だがその程度だ」


 ハッと乾いた声を洩らしながら、酒の入ったグラスを傾けてみると。

 彼女もまた、グラスを傾けながら疑念の籠った視線を此方に向けて来るではないか。


「なんだ」


「本当に無関係?」


「いい加減しつこいぞ。俺が何十年前からこの街に滞在していると思っている、数年前に越して来た奴など知らん」


 思い切り溜息を溢しながら、彼女の隣にガツンッと音がする勢いでグラスを叩きつけると。

 魔女はある書類を此方に向かって差し出して来た。


「ソイツの情報、私が調べられる範囲ではあるけど」


「お前にしては、準備が良いじゃないか」


 受け取ってから書類を眺めてみれば……なるほど。

 確かに、コイツが疑うのも分かる。

 ここ最近のトラブル、私を含めて疑っていたのだろう。


「相手はエルフ、しかも私の出身と近い地方と来たか。だが、知らんな。しかし……気になるのは確かだ」


「学者であり、専門分野は“魔導回路”。しかも……注目している可能性があるのが“魔素中毒者”。その協会は彼等彼女等の保護を謳っているわ、でもこの経歴を見るとどうしても」


「実験施設に見えて仕方ないな」


 ペラペラと用紙を捲ってみれば、最後に気になる文章が綴られていた。


「……ミリアが、すでに接触している?」


「えぇ、良くない事にね。どういう運命の悪戯かって話だけど。彼女が教会に入っていく光景を、使い魔を通して確認した」


 何故、ミリアが教会に?

 彼女の経歴を見るに、神に仕えるという教えはそこまで強く無かった様に見えるが。

 そして何より、“魔素中毒者”絡みの教会と来た。

 つまり、猫娘と何かしらの関わりがあったのか。

 それともアリスに対して何かしらの手助けになると考えたのか……いや、それはないか。

 相手の神父が自らの情報を明かさない限り、あそこはただの教会に他ならない。

 だとすれば、何故?

 もしも私の想像が全て正しく、ミリア自身も理解してその場に踏み込んだとするのなら。

 まず、間違いない。

 教会側から、彼女達に歩み寄ったんだ。

 断片的な情報を話し、協力姿勢を求める。

 都合の良い話ばかりを並べて、相手を納得させる。

 普通なら疑うだろうが、彼女達はまだ“学生”なのだ。

 つまり、善悪の判断が曖昧という事。

 若い頃には、誰しも間違いを犯す。

 ソレは確かだが、あまりにも間違った道に誘い込む大人だって当然の様に蔓延っているのだ。


「此方でも、その教会を調べる」


「忙しいんじゃなかったの?」


「忙しいさ、だがコレも仕事だ。アイツ等は、俺の生徒だからな」


 魔女から貰った報告書をグシャッと握りつぶし、思い切り溜息を溢した。

 随分と、面倒事を運んで来たエルフが居る様ではないか。

 しかも他者から認められた程の、魔導回路を弄る学者と来たモノだ。

 だとしたら、前回のワーウルフでさえソイツが関わっているのかもしれない。


「他に要望は? カリム」


「ミリアの杖を作っているのだろう? 急げ、暇人共。あの子が窮地に立った場合、一人でも切り抜けるだけの力が必要になる」


「その力が、貴方達に向く可能性があったとしても?」


「そうはさせない、俺の生徒だ。だがもしも、そうなってしまった場合は……叩きのめして学園に連れ帰るだけだ。まだ若い連中に後れを取る程老いてはいないからな」


「そんな台詞を吐くとは。お互い歳を取りましたねぇ~」


「黙れ、魔女」


 雑談を交わしながら、互いのグラスに再び酒を注いでみれば。

 彼女はニッと口元を吊り上げ此方にグラスを向けて来た。

 こういう悪巧みをしている時の表情も、本当に昔から変わらないな。


「“私達”にも噛ませなさい、常に情報共有なさい。なんたって私の孫と、そのお友達の問題なのだから。久々にパーティ復活と行きましょうよ、カリム」


「術師ローズに前衛のダッグス、万能型のタマキに召喚士の私か。一人は随分とくたびれてしまったが。タマキは“人族”だからな」


「本人に言ったら、多分全力で潰しに来るわよ? 魔法と剣と道具を使って」


「肝に銘じておく」


 そんな訳で、お互いグラスをぶつけるのであった。

 正直に言えば子悪党が悪さをしようが、戦争が起こって多くの民が死のうが私には関係ない。

 しかしながら、教えている途中の生徒が居なくなると言うのは。

 教師としては一番面白くないのだ。

 生きていれば、もっと教える事が出来た。

 私の元に残っていれば、もっともっと強くしてやることが出来た。

 そして何より、最初とは違い自信を持って巣立っていく生徒の顔が、私は何よりも好ましいと思っているのだから。

 その機会を、時間を、出会いと別れを掻っ攫う連中は……この私がひねり潰してやろう。


「状況次第ではあるが、相手の目的次第では直接手を下す事になるかもな」


「おぉ、怖い怖い。ウチの召喚士様は、国さえも恐れる程だからね。“混沌の軍勢”。魔物や魔獣同士で殴り合わせ、もはや此方からは敵味方区別がつかない状況を作り上げて戦場を支配した。貴方一人居るだけで、文字通り軍勢と化す。たった一人で、対戦術兵器と化す」


「昔の話だ。それに、戦術兵器という意味では貴様も同じだった筈だ。お前の魔法は、戦場全てを焼き払う事だって出来るのだからな」


 お互いに、黒歴史と言って良い事柄だが。

 茶化して来る魔女の言葉を流しながら、再びグラスを傾けるのであった。

 荒っぽい事にならなければ良いが……ミリアめ、貴様は何をコソコソやっているのだ。

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