第51話 ユートピア
「ここ、よね」
アリスと一緒に下町へと足を運び、彼女をダッグスさんの元へ送り出したその後。
私は一人、前回“魔素中毒者”の子供達が歌っていた場所の近くへと足を運んだ。
その結果、本当にすぐに近く。
小さな教会が建っているのを発見したのであった。
門の外から覗き込んでみれば、コレといった人影は無し。
しかしながら、内部が手入れされている事から人が住んでいないという事は無いのだろう。
「さて、どうしようかな……普通に訪ねても、祈りだお布施だとせがまれても困るし」
そんな事を思いながらしばらく門の外で内部を観察していると。
「あの、もしかして……以前黒髪の女の子と御一緒していた方ではありませんか?」
急に声が聞こえ、振り返ってみれば。
そこには、金髪のシスターが此方に微笑みを浮かべていた。
彼女には見覚えがある。
以前アリスがお金を置いた際、話しかけていたシスターだ。
どんな話をしたのかまでは知らないが、随分と若いシスターだなって思って印象に残っている。
「えと、はい。どうも……多分間違いないと思うんですけど。ココが、“魔素中毒者”の子供達が居る教会で間違いありませんか?」
彼女自身は間違いないと思うのだが、子供達の姿が見えない。
だからこそ、少々警戒しながらそう声を掛けてみると。
シスターは少しだけ困った笑みを浮かべながら、門を開いて招き入れてくれた。
「えぇ、その通りです。あの子達の見た目は、とても目につきますから。普段は裏庭で遊ばせているんですよ……あまり良い話ではないですけど、周辺の皆様から良くない目を向けられない為に」
「目につく所で遊んでいると、苦情が入る。という事ですか?」
「病気が移る、とか。不快だと、そういう声が多くて……困ったものです」
困った様に笑う彼女は、よく見れば普通と比べて少々痩せすぎという印象を受ける。
多分、彼女自身満足に食べられている訳ではないのだろう。
それでも、子供達を優先している。
立派な所業だと、そう思う。
しかしながら、術師の考え方は学者に近いと言われている。
倫理観はともかく、効率を考えてしまう生物なのだ。
「何故、そこまでするんですか? 言い方は失礼ですけど……魔素中毒者は寿命が短い。彼等の為に身を粉にして尽くした所で、貴女の様な人に幸福が返って来るとは思えませんが。それ以前に、経済として破綻する。彼等を集めて育てる事は、経営としても先が見込めぬ投資に思えますけど」
とてもじゃないが、ココで働く彼女に向ける言葉ではない。
それは分かっているのだ。
分かっているが、どうしても聞きたかった。
何も考えずココに居るだけなら、その先には……絶望しかないのだから。
「貴女は、術師様なのでしょうか? 学生服に、ローブを着ていらっしゃいますし。考え方も、合理的です」
「えぇ、まぁ」
教会内へと踏み込んだ後は、こちらに顔を見せず。
静かに私を案内してくれるシスター。
そんな彼女から、感情の読めない言葉が返って来た。
「現代においての教会という場所は、聖職者が居て傷を癒してくれる場所。孤児を育て、育んでくれる新たな親を見つける組織。もしもソレが叶わなくとも、教会から巣立った子供達から恩返しを受ける機関。そしてそれらには、全て金銭が絡んで来る。そういう印象なのでしょうね」
「そう……ですね。すみません」
教会の人間、神に仕える人々。
そんな名目があっても、彼等だって人間なのだ。
食べなければ、死んでしまう。
食べる為には、お金が要る。
だからこそ、治療を施せば金銭を要求するし。
孤児を育て、里子に出すにしてもお布施として金銭を求める。
子供が生まれなかった家庭にとっては、念願の我が子となる訳だし。
跡取りとして子供が欲しい場合なんかでもそうだ。
これではまるで奴隷商と変わらない様に思えるが、決定的な違いがある。
相手を“道具”として欲するか、“子供”として欲しがるかの違いだ。
もっと細かい事を言うなら、奴隷として“買った”子供に一人前の身分を与えるより。
教会から“引き取った”という名目の子供の方が、明らかに待遇が変わって来るのだ。
その為、道具と子供。
役割を分けて、買う場所を選ぶという構図が出来ている訳だ。
更に言うなら、“売れ残り”とも言える子供達はと言えば。
ある年齢を過ぎれば教会から巣立ち、一般人と認められて働きに出る。
教会育ちとして身分は認められ、普通に働く事は出来るが。
しばらくの間は、教会へと資金的援助が強要されると言う。
つまり、養ってやった分は返せと言う事。
あまりにも酷い制度に思えるが、これが無いと経営が破綻する。
それが、小さい教会というモノなのだ。
だからこそ、教会は子供達を大事に育てる。
「ですが、魔素中毒者に関してはそれら全てが破綻している。だからこそ、育てる意味が無い。そう、言いたいのですか?」
「いえ、そこまで言うつもりは……でも、今後どうするのかが気になりまして」
未だ此方に顔を向けず歩き続けるシスターに対し、思わず顔を背けごにょごにょと言い訳をしてしまったが。
彼女は建物の一角にあった扉を開き。
「この光景を見ても、貴女はそんな言葉が紡げますか? 私には……無理でした。だから、未だココに居ます」
扉の向こうには、周囲の視線を遮る様な壁。
その中には、広い中庭があった。
そこでは多くの子供達が走り回り、元気に遊んでいる。
追いかけっこをしたり、砂遊びをしたり。
遊具で戯れていたり、笑いながら友達とお喋りをしている子供達。
皆全てが、白や灰色の髪の毛をしていたが。
この場に居る誰も、辛そうな表情は浮かべていなかった。
誰も彼も、“普通”の子供達だったのだ。
「この教会を支援して、立て直してくれたのは今この教会に居る神父様です。私財を使って、建物から子供達の食べるモノや、遊ぶ物まで準備してくださいました。そんな彼が居てくれたからこそ、私達は今もこうして暮らせているのです。とても裕福とは言えませんが……それでも、昔に比べれば十分すぎる程の環境です」
アルバンの話に出て来た、神父。
という事で良いのだろうか?
もしかしたら私達に取り入り、もっとお金を落とさせようとしているのかも。
そんな事を思っていた自分が馬鹿らしくなる程、平和な光景が目の前には広がっていた。
単純にこの子達を生かす為に、育てる為に。
この施設は、その為にあるのだろう。
そう納得してしまいそうになる環境が、目の前には広がっていた。
が、しかし。
私財を投げうってまで、この環境を作った?
何故? どんなメリットがあって?
善人だ、で済むのなら良いが。
どうして魔素中毒者を集める様な真似をする?
「おや、シスター。お客様ですか?」
そんな会話をしていた私達の元に、ゆっくりと歩み寄って来た男性。
格好を見る限り、彼が件の神父なのだろう。
そして何と言っても。
「エルフ……」
「あぁ、もしかして。君は私の捜していた女の子の片割れではありませんか? やっと見つけました。何とお礼を言ったら良いのか、そう思いながら毎日探しておりましたよ。さぁ、此方へどうぞ? お茶でも飲みながらお話しましょう」
警戒心を抱く間もなく、彼は優しい笑顔を浮かべながら此方を促して来た。
強制的ではない、あくまでもお誘いされただけ。
だというのに、自然と彼に従ってしまうのは何故だろうか。
それに前回お布施をしたのはアリスだ。
間違っても私じゃない。
だというのに、隣に居ただけの私を……こんなに早く特定出来るモノなのだろうか?
それに、あの時この人の姿は見えなかった。
いったいどこで見ていた?
「貴女にとっても、有益なお話になると思いますよ? 今は神父をやっておりますが、元は学者でして。今研究しているのは“魔素中毒者”についてです。もしかしたら……貴女のお友達も、救ってあげられるかもしれません」
「……え?」
おかしい、やっぱりおかしい。
彼はアリスが魔素中毒者だと見抜いている?
彼女の髪の毛は黒い、目の前で発作を起こした訳でもない以上、外見的な要因で特定するのは不可能な筈。
だというのに、彼は。
「詳しく、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「えぇ、もちろんです」
そんな会話を交わしながら、私達は建物の中へと歩いて行くのであった。
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