第50話 賑やかな人達


「気が抜けるわね」


「だねー」


 思っていたより、試合の組み合わせはしっかりしていたらしく。

 1~3年生まである学年で、私達と最高学年は当たらないという事実を聞く事になった。

 そりゃそうだ、勝負になる訳がない。

 そんな訳で確実な負けとなる試合を避ける為、私達一年が当たるのは一つ上の学生のみ。

 本来ならソレも、最終イベントして一つか二つ試合する程度だったらしいが。

 私達の場合には、早い段階で上級生と当たり勝利を収めた訳だ。

 どこかの誰かが手引きしたのではないかと、エルフ先生が言っていたが……実際には重苦しい裏話など無く。

 アルバン率いるフロストが、教師たちに菓子折りを配りながら。


「お坊ちゃまが是非エターニア様のパーティと戦いたいと申しておりまして。どうにかご助力頂けないでしょうか? もちろん無理にとは申しませんが、今回はトーナメントではない以上、不可能ではない筈です。そして実力が近いパーティ同士を戦わせると言うのも理解しております。なので、先に私のパーティを当てて下さい。彼女の実力を証明し、坊ちゃまと戦闘できる力量があると証明致します」


 という具合に、ひたすら頼み込んだらしい。

 これが元暗殺者のする事かと呆れてしまうのと同時に、物品を渡したら賄賂ではないのかとも思ってしまったが。

 この学園の教師は、結構皆大らかというか適当だったらしく。


「あ~アルバン君とエターニアさんか。うんうん、事情は分かるけど……でもまぁ、向こうも結構な実力みたいだし良いんじゃないかな? 分かった、それじゃ試合させてみよっか。あ、その前にフロストさん達が当たりたいんだっけ? 予定組んでいる先生に問い合わせてみるね? あ、それから御菓子ありがと。先生方みんな頂くね?」


 という感じに、呆気なく向こうの要望は通ったそうな。

 うわぁ……という感想しか無い。

 裏で何か凄い力とか働いているのかと思えば、単純に此方のパーティの実力が相手に見合っている為、要望が通っただけという結果だった。

 ソレをエルフ先生が知らなかったのは、私の特別授業をしてくれていた為。

 菓子を喰いそびれたと言って、ちょっと不機嫌になっていた。


「今日は試合あるんだっけ?」


「無いわよ。むしろ最初に詰め込み過ぎて、三日くらい試合無し。その後は試合があるけど、こういうのはパーティを数字化して、全体のバランスを取るらしくてね。残るは二戦、しかも同級生。更に言うなら格上と当たり過ぎた為に、今度は私達が胸を貸す側って感じ」


 そんな言葉発すれば、アリスは眠そうな表情のままテーブルにダレてしまった。

 気持ちは分かる。

 ここまで、逆に忙し過ぎたのだ。

 なんて事を思いながら、私も気を抜いて珈琲を啜っていると。


「油断は禁物ですわ、と言いたい所ですけど……」


「まぁ、負ける事はないだろうな。こう言っては何だが、負ける要素がない。今回ばかりは、“教える”という方向に試合を仕向けた方が良い様な相手だ。出来れば速攻ではなく、耐久戦に仕向けろと言われているしな」


 登場したエターニアとガウルが、各々飲み物を持ちながら同じ席に腰を下ろして来た。

 まぁ、ガウルの言った通りだ。

 私一人なら、多分こんな舐めた事言えなかっただろう。

 しかしながら、このパーティは面子が揃い過ぎているのだ。

 それに対し、今後相手にするのは私みたいな普通の面々の寄せ集め。

 教師からも、初手で潰す様な事はするなと釘を刺されてしまった程。

 もしかしたら私達と戦って来た上級生パーティにも、こういう指示が出されていたのかもしれない。

 そりゃそうだよね、学園だし。

 一番を決めるイベントではない以上、全てを育てる為の行事に他ならないのだ。

 だからこそ、今度は私達がその役に当て嵌められた。

 例え同級生だったとしても。

 私も随分と、偉い立場に立ったものだと思わずため息を溢してしまいそうになるが。

 零れ落ちるため息は、次に聞こえた声により更に大きなモノへと変わるのであった。


「やぁやぁ諸君! 今日も皆揃って居るかい!? 良い朝だね!」


「お坊ちゃま、食堂ではもう少しお静かに」


 アルバンとフロストの二人が、私達目掛けて早足で向かって来るではないか。

 コイツ等、何なの。

 此方が勝利してからというもの、物凄く絡んで来るんだが。


「やぁ皆、俺達もご一緒して良いかな? 良いよね? 失礼するよ!」


 ドカッと席に腰を下ろした御貴族様はテンションが高く、その後ろに付くフロストは相変らず無表情。

 ほんと、どうしてこうなった。


「アルバン、私達の婚約は前回の試合で無効になった筈ですわよ? なんせ、私達に負けたのですから」


 ムスッとした様子のエターニアが発言するも、彼は気にした様子もなく笑って見せる。

 見た目が良い上に金持ち、更には立場もあり実力もある事から、無駄に周囲の視線を集めたりするので此方としては是非御退席願いたい所なのだが。


「分かっているともエターニア。私も今後、君の事を婚約者だなんだと付きまとったりしない。しかしながらより惚れ込んだのは確かだ。もっというなら、アリスとミリアも良い。私は強い女性が好きだ。否、大 好 き だ! だからこそ、こうして皆と親睦を深めるためにアピールしているのではないか」


「坊ちゃま、些か逆効果かと思われます」


 無駄にテンションの高い戦闘狂貴族様と、静かに突っ込みを入れる使用人。

 フロストの方も普段はこのテンションなのか、無表情だけど戦闘中の様な冷たさはない。

 と言うかコイツ等の性格や、やっている事を見ると本当に暗殺者なのかも怪しくなって来たくらいだ。

 そういう噂を流し、防波堤の様に使っているんじゃないだろうな?

 しかしながら、視界が悪い中アリス以上に動けていたのは確か。

 ほんと何者なのやら。

 そんな訳で、私の日常がより賑やかになってしまった事だけは確からしい。

 思わずため息を溢しながら、彼等の事を見つめていれば。


「あぁそうだ、ミリアとアリス。ちょっとした世間話をしよう、口説く訳じゃない。出来れば席を立たずに聞いてほしいんだが、よろしいか?」


「その前もって釘を刺さないと口説きますよって言っている様な癖、本気で止めた方が良いですよ? 口を開いたらナンパされてたら、普通逃げますって。で、何ですか?」


 アレから、というか試合後から。

 こうして度々絡んで来る先輩に、何度目か分からないため息を溢しつつ返事をしてみれば。

 彼は、少しだけ真面目な表情に変わり。


「君達は、教会に関係者が居たりするか? 以前下町に強い者を探してナンパ……ではなく視察に行った時、神父に声を掛けられたんだ。この学園の制服を着ている者達に声を掛けていた様で、今思い返せば君達の事を探している様子だった」


「えぇと?」


 思わず困惑した眼差しをアリスに向けてみれば、彼女は首を横に振ってみせる。

 つまり、関係者は無し。

 他の要因だとすると……少しだけ、心当たりはあるが。


「内容は? 何か聞かれました?」


「黒髪の小さい少女と、茶髪の少女。仲良さげで、手を繋いで歩いていた。そしてウチの学園の制服。彼女達から多すぎる祝福を受けてしまったので、恩返しがしたいと。そう言っていたな」


 多すぎる祝福、というのは良く分からないが。

 多分以前に、アリスが魔素中毒者の子供達にお布施をした時の事だろう。

 ジトッとした瞳を彼女に向けてみれば、相手は静かに視線を逸らし。


「アリス、いくら入れたの」


「そ、そんな大した金額じゃ……ないよぉ?」


 明らかに動揺していた。

 私とは視線を合わせず、指先を合わせてモジモジしながら、落ち着かない御様子で身体を動かしている。

 コイツ、やりやがったな。


「ちなみに、私共の情報によりますと……未だその神父は件の少女二人を探している御様子です」


 フロストがそんな事を言い放った瞬間、アリスの頭に拳を当ててグリグリと回転させた。


「正直に言え! 馬鹿みたいな金額入れたんでしょ!?」


「痛い痛い痛い! ち、ちがうってば! 確かにその……金貨、金貨は一枚入れたけど! 確かに大金だけど! 一つの教会を揺るがす程じゃ無いでしょ!?」


 白状したちびっ子を解放してから、もう一度ため息を溢す。

 金貨一枚と言えば、街中のそれなりの仕事で平均月収の三分の一程度だ。

 確かに大きすぎる金額ではない、がしかし。

 学生にとってはとんでもなく大きな額と言えるだろう。

 コイツは本当に……隠れてそんな事しやがって。

 とは思うモノの、その程度の金額で教会の神父が必死に私達を探すのも筋が通らない。

 いやむしろ、私達の姿を見て平民だと判断し。

 それだけの金額を貰ってしまうのは不味いと考え返そうとしているとか?

 そっちだったら……確かにあり得るかも。

 本当にしっかりした教会であれば、だが。

 あの場に居たのは魔素中毒者ばかり、だったらいくらお金があっても足りないくらいだと思うのだが……。


「放っておけば、その内収まるって……教会だって、結局お金が必要な訳だし」


「ま、そうなんだけどね」


 アリスの言う通り、善意の施しが多すぎたからとはいえ、見つからなければ結局自分達の為に使うだろう。

 そうしないと、生きていけない生活を送っている筈なのだから。

 とはいえ、やはりそこまで“綺麗過ぎる”のはちょっと違和感を覚えたりもするが。


「アリス、またダッグスさんの所に行ったりする?」


「う、うん? 今日あたり、最近の戦績を報告しに行こうかなって思ってたけど」


「そ、んじゃ私も途中まで一緒に行く」


 どうせ試合はしばらく無いのだ、出かけたってかまわないだろう。

 でも、何となく。

 あの教会とアリスを関わらせる事に、不安を覚えたのだ。

 せめて彼女だけで関わらない様に、可能なら私だけで先に接触し、相手の意図を調べる。

 それくらいしておいた方が、安心出来るというモノだ。

 なんたってあの教会は、あえて魔素中毒者を集めているかの様な印象を受けたのだから。


「お? 放課後デートか? ならば俺も一緒に――」


「坊ちゃま、百合の間に挟まろうとする者は殲滅せよ。昔からの言い伝えでございます」


 何かおかしな発言が聞えた気がするが、そっちは無視してしまって良いだろう。

 騒がしいなぁ、ホント。

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