第49話 白い煙


「なかなかやるではないか! 平民、お前は何と言う名だ!?」


「アリスだよ!」


「アリスか! 気に入った! やはり戦いはこうでなくては! ホラホラ次が行くぞ!」


 ウチのちびっ子もそうだが、相手も大概だった。

 大火力対大火力。

 現状私は離れた位置に居るから良いけど、近くに居たらとてもじゃないが術の行使など出来なかっただろう。

 とにかく真正面から魔法と武器をぶつけ合って、二人共楽しそうにしておられる。

 しかしながらアリスの方は、今回狙えと言ったのは魔術。

 人を狙えとは指示を出していないのだ。

 だからこそ攻め込みもせず空中に留まり、相手の攻撃を正面から叩き切っているのだが。


「なんか……暑苦しい勝負ね」


 思い切り溜息を溢してから、周囲に展開した魔術を行使していく。

 相手は此方より格上の術師というのは間違いないし、アリスの方は無尽蔵なんじゃないかって程の体力。

 このまま放っておくと、夜になっても力比べを続けているのではないかと思ってしまう光景だが。


「そら、もう一度行くぞ! また叩斬って見せろ!」


「何度やっても無駄だもんね!」


 敵の作った光の剣は更に大きさを増して飛来し、アリスへと襲い掛かるが。

 大剣と化したブラックローダーがソレを受けとめると同時に斬り裂いていく。

 いや、うん。

 凄い光景ではあるし、観客は大いに盛り上がっているのは間違いない。

 でもそれ以上に、二人が凄く楽しそうなのだ。

 もしかして相手の貴族様も、こう言ってはアレだが……変人タイプ?


「ふはははは! 凄いなアリス! これさえも斬り裂くのか!」


 自らの攻撃を防がれた、というか破壊されたのに物凄く嬉しそう。

 アリスが攻撃されても動かないせいか、何かもう“凄い術”を繰り出して“ソレを防ぐ”という見世物に近くなってきている気がする。


「では次だ……今度はさっきのより凄いぞ?」


「負けないよ!」


 相手は詠唱を始め、空中で杖を振り回してみれば。

 上空に幾つもの光の剣が出現し、アリスに切っ先を向けているではないか。

 いやぁ……コレは流石に、キツイでしょ。


「全部打ち落とす!」


 だと言うのに、やる気満々のちびっ子はブラックローダーを再び双剣に戻し、腰を落として光の剣を睨みつけた。

 その光景を見て、相手は更に笑みを深めるが。


「そろそろ……いくか」


 相手は完全にアリスに集中しているらしいので、敵のすぐ近くから攻撃を発動させた。

 お二人さんが遊んでいる間に、会場の至る所に水を撒いていたのだ。

 その内の一つの水たまりを使って、水弾を飛ばし頭からぶっかけてみれば。


「なかなか器用な事をしてくるではないか……アリス。ソレだけ動き回りながら、水弾を飛ばして来るとは」


「い、いやぁ……そっちは私じゃ――じゃなかった! 私です! 私がやりました!」


 ずぶ濡れになった御貴族様が、物凄い笑みを浮かべていた。

 やばいやばいやばい。

 この人、今までにないタイプの危険人物だ。

 とにかく戦闘大好きな変態だ。

 思わずゾワッと全身に鳥肌が立ったが、私が目立つ訳にもいかず。

 グッと堪えて視線を留めた訳だが……アリス、嘘が下手すぎる。

 物凄く瞳を泳がせながら、さっきの魔術は自身が使ったモノだと嘘を付いていた。

 チラチラこっちを見るな、気付かれるだろうが。


「さぁ続きだアリス! お前はいつまで俺の攻撃を防ぎ続けられる!?」


「負けないもんね!」


 会話が終わると同時に、相手の攻撃が一斉にアリスへと降り注いだ。

 向こう方の変態的思考はどうでも良いとして、攻撃術師としては一流。

 そう言う他無いのだろう。

 エターニアでさえ、火力でもこの人とは互角だなんて言っていたのだ。

 そんな攻撃力が、雨の様に降り注いで来た。

 それでも、アリスは諦める事無く。


「うおりゃぁぁぁ!」


 両手に持ったブラックローダーを振り回し、自分に当たりそうな剣だけを正確に打ち落としていく。

 相手の火力もそうだが、アリスの反応速度も尋常じゃない。

 本当に雨の様に降って来ているのだ、それを二本の剣で防いでいる。

 無理するなと叫びたくなるが、彼女は今私の指示に必死に答えているのだ。

 だったら、こっちも早く結果を出さないと。


「早く……早く! いい加減効いてこいっての!」


 既に発動している魔術を確認しながら、ひたすらに継続。

 それでも効果が薄そうなので、次々に新しい術を行使しているのだが……やはり、ちょっと地味過ぎたか?

 相手が全然弱ってくれないんだけど。


「クソッ! ごめん、もうしばらく防いで……アリス」


 ギャリギャリと音を立てながら、光の剣が粉砕されていく中。

 彼女はチラッとこっちに視線を向けて、ニカッと微笑んで見せた。

 全く、頼もしい奴も居たものだ。

 とはいえ、あまり余裕がある様にも見えないので。


「おや、また水弾か? それはさっき見た、二度目は通じないぞ? そしてこの程度では、俺の攻撃は止まらない」


 相手近くの水たまりから水の弾を発射してみれば、今度は当たる所か防ぎもせず、軽く姿勢を変えただけで避けられてしまった。

 だが、それで良い。

 もっと身体を動かせ、呼吸しろ。

 もう、仕掛けは完成しているのだから。


「何度やっても無駄だ、この程度で集中力が途切れる術師だと侮るな」


 幾つもの攻撃を避け続ける彼は、未だ攻撃に集中しているらしく。

 防壁も張らないし、他の術を使おうともしていない。

 更には元居る場所から、あまり動こうとしない。

 当たり前だ、術師なのだから。

 それに今は、守ってくれる前衛も居ない。

 だからこそ、動き回るより攻撃に集中した方が良い。

 そう考えているのだろうが。


「ん? どう言う事だ?」


 徐々に、私の攻撃を回避するのがギリギリになってきた御様子。

 いい加減効果が出て来たか。


「ホラホラ! 私はまだ動けるよ! 撃って来ないの!?」


「なかなかどうして、本当に強いな! アリス!」


 アリスが煽った影響により、相手の攻撃が更に増す結果にはなったが。

 それでも相手は私の攻撃も避けながら攻撃しているのだ。

 アレもアリスの攻撃だと勘違いしている様だが……しかし本当に大したものだ、私には真似できない。

 でもその実力が、仇となった。

 だってこんな芸当を続けているのだ、かなり攻撃と回避に集中している事だろう。

 自らの微々たる変化など、感じ取れない程に。


「ぐっ!?」


 私の攻撃が、再び彼に激突する。

 しかしながら、ただの水の弾。

 バシャッと弾け、彼に降り注ぐだけなのだが。

 その際足元からは一気に白い煙が噴き出し始めた。


「こ、これは……何をした!? お前は、私に何をしたんだ!?」


「ごめんなさい先輩! 私にもよく分かんないです!」


 ここで初めて体の異常に気が付いたらしい彼は、ガクッと膝を地面に付いた。

 戦士の欠点。

 それは前衛でも後衛でも関係ない。

 戦いに集中する人間というのは、どうしても戦っている間は気分が高揚し自らの状況把握が遅れるというモノだ。

 普段だったら、こんなミスはしなかっただろうに。


「熱くなり過ぎましたね、先輩。貴方は目の前のアリスに集中し過ぎた……お陰で私は楽を出来ましたけど」


 もう決着はついたとばかりに歩み寄り、声を掛けてみれば。

 彼は随分と驚いた顔を此方に向けてから。


「君は……えぇと、一番目立たない平民の。どこに居たんだ?」


「空気みたいな存在で悪ぅございましたね!」


 一応、それを狙っていたのだが。

 改めて言葉にされると、カチンと来るってものだ。

 とはいえ光の剣の雨は止み、彼は不思議そうに周囲を見回すが。

 会場にあるのは多くの水たまりと、足元に発生している霧の様なモノ。

 そして彼を包み込む様にして薄っすらと張られた、私の防壁。

 攻撃を防げる程のモノじゃない、無理矢理走り抜けようとすれば突破できる程度の本当に薄い不可視の壁。

 でもそれらは、確かに役割を果たしていたのだ。

 もっというなら、足元に発生している冷気は防壁の中にしか存在していない。


「先輩、息が苦しくなっていたり、頭が痛くなったりしていませんか?」


「えぇと……?」


「負けを認めてくれたら、すぐに解除します。これ以上は多分戦えませんよ?」


 彼は不思議そうな顔をしながら目の前の防壁に触れた。

 その瞬間私が張った防壁は崩れ、周囲の大気と囲った防壁内の空気を混ぜ合わせていく。

 だが瞬時に防壁を張り直し、また彼の事を包み込む。

 これで、やっと気が付いたのか。


「ふ、ふははは! 凄いな、防壁が弱すぎて一見何も無い様に見える。それに水を扱っていたのは君か、まさかこっちの戦闘に参加していたとは。それだけじゃない……学生の癖に、随分とえげつない事を思い付くじゃないか」


 そう言いながら、先輩は足元の霧に視線を向けた。

 その先にはいくつもの白い欠片が転がっている。


「完全密閉とはいきませんでしたけどね、自分で放つ水弾でも穴が開いちゃいますし。でもコレは下に溜まる気体ですから、貴方は気が付かぬうちに有害の煙を吸い込み続けた。個体炭酸です、これ以上吸い続けると本気で体に影響が出ますよ」


 薄い膜の様に張った防壁の中、彼は戦い続けていた。

 破られれば張り直し、相手に悟られぬ程に弱い不可視の空間を作り続ける。

 そして床には個体炭酸をぶちまけ、ソレが発生させる煙を防壁内の中にだんだんと溜めていく。

 結果相手はソレを吸い続け、簡単に言うと体調を崩した。

 氷菓子などを保管する際に使われる代物だが、こんなモノ以前の私だったら作れなかった。

 とうか学者なんかじゃないと、物質そのものを理解している人は少ないだろう。

 そんな訳で、私に教えてくれたのは当然エルフ先生。

 更にはアリスが上空で派手に動いてくれたので、相手の視線は基本的に上を向いていた。

 直接的な攻撃手段は取らず、移動せず。

 自らの身体から離れた場所に魔術的な刃を出現させる戦い方だったからこそ、こういう攻め方をしてみた訳だ。

 本人達が盛り上がっていたのもあるが、水弾によりずぶ濡れにされたの事。

 周囲に水たまりが幾つもあった事、試合開始直後から吹雪を連発していた事情もあり、温度が下がってもそれ程気にしなかった事だろう。

 最後に水を盛大にぶっかけてしまい、白煙が一気に上がった時は流石に焦ったが。


「魔法で作ったモノで急激に体温を奪った影響もあって、そっちも結構効いているみたいですね? 下手したら低体温症とかにもなりかねないので、一度解除します」


「攻撃魔法以外も、使い方次第で武器となるという事かな。見事だ」


 あまり体温を奪い過ぎると、人間は震える力すらなくなってしまう。

 そうなってしまえば、どんどん体温が低下し命を落とす結果となる。

 個体炭酸の影響など更に危険だ。

 人体に影響を及ぼし、中毒症状を起こし死ぬ危険がある。

 と言う事で防壁を解除してみれば、周囲の空気と入り混じった影響か。

 彼の体はブルッと震えあがった後に、ガクガクと震え始める。

 震える事さえ出来るのなら、人は体温を上げられる。

 ならまぁ、そっちは問題ない筈だ。


「降参して下さい、先輩。今の状況で戦っても思考は勿論、体も上手く動きませんよ? そして戦い続ければ、文字通り命の危険があります。私の攻撃は、教師の施した魔術防御では防げませんから」


「凄いな……まさか最初から掌の上で踊らされていたとは。更には作るのが難しいとされている個体炭酸を用いてとなると……もしや、魔術師ではなく“精霊使い”というヤツか?」


「御冗談を、そんなモノお伽噺のお話です。私は他の皆と違って、本当にただの平民ですから」


 おかしな事を言いだした彼に対し、ヘッと乾いた笑いを返してみれば。

 彼は盛大に笑い始め、杖を投げ捨ててから両手を上げた。


「素晴らしい! こういう事があるから学園は楽しい! これ以上は戦えない。とてもじゃないが、思考がまとまらない上に一度倒れたら起き上がれそうにない。俺の負けだ、君の名を聞いても良いか?」


「ミリアです。大貴族様に覚えていく程、大した存在じゃありませんよ」


「術師のミリアに、前衛のアリスだな? よし、覚えた! 今日は楽しかった!」


 それだけ言って、彼はその場で倒れ込んでしまうのであった。

 慌てて二人で駆け寄ってみれば。


「すまない……予想以上に体温が奪われていたらしい。温める魔法などは、使えるだろうか? あと、ちょっと息苦しい。それから頭痛もする」


「すぐに冷気と、個体炭酸の煙を退かしますね……」


 満面の笑みを浮かべながら、彼はガクガクと震えていた。

 なんか、勝ったには勝ったけど。

 思っていた御貴族様とはまた違ったなぁ……って感想しか浮かんでこない。

 思考的にはエターニアに近いのだろうか。

 貴族が云々っていうより、戦いたいみたいな。

 あ、だからエターニアに求婚したのか? この人。

 そんな事を想像しながら、彼の周囲の温度を上げていれば。


「お疲れ様、ですわね。お見事です、二人共」


「何度見ても思うが、二人の戦闘は肝が冷えるな。アリスは直接的な意味で、ミリアは間接的な意味で、戦いたくない」


 残る二人の仲間が合流し、会場に視線を向けてみれば残っている対戦相手は無し。

 どうやら、今回は被害なく試合を終えられた様だ。


「お疲れ、二人共。無事で何よりよ。アリスもお疲れ様、よく頑張ったわね」


「今回も勝ったねぇ、お疲れ様ミリア」


 ニヘヘッと緩い笑みを浮かべているアリスが、ガクガク震えている先輩に赤い外套を被せて温めていた。

 全くコイツは、本当に普段の光景は気が抜ける。


「相手の攻撃を真正面から全部無力化するっていう、アンタのぶっ飛んだ能力のお陰ね」


「頑張ったよ! ちゃんと防げば、ミリアが何とかしてくれるって信じてたし」


「過信しないの、今回上手く行ったのなんか奇跡みたいなもんだって」


 そんな訳で、今回の行事最大の難所となりそうな相手を。

 私達は全員怪我無く攻略を果たすのであった。

 試合って、後どれくらいあったっけなぁ……。

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