第46話 上位存在
「ミリア、本日の対戦表ですわよ」
「だぁから私も持ってるってば。何よ、またエターニアの関係者?」
本日はアリスが居ない為、随分と静かな朝食を採っていたのだが。
礼の如く針金お嬢様が絡んで来た。
その後ろには、ガウルの姿もある。
「今回は、本当に気を付けた方が良い。攻撃面だけではなく、立場的にも厄介な相手だ」
「はぁ?」
この学園では、そう言った物を全て禁じていた筈なのだが。
ガウルは、非常にしかめっ面でそんな事を言って来た。
立場的に……つまり相手は貴族連中でも上位の存在という訳か。
「ごめんなさい、ミリア。多分今回の一件、私のせいですわ。これは仕組まれた戦闘、恐らく教員の面々も買収しているのでしょう。そうでないと、こんな風に連続して当たらない筈ですから……関係者と」
それだけ言って、彼女が指さす先にあるのは。
対戦表の“アルバン”という名前が。
これが彼女の言う“関係者”であり、前回の暗殺者を使役する主人という事で良いのだろうか?
「どんな人な訳? 何か長ったらしい名前が書いてあるけど、大貴族様?」
「貴女……本当にこの国の貴族には興味が無いのね。相手は公爵家の息子、そして……私の婚約者ですわ」
「いや待って? そんなの倒しちゃったらアンタの人生滅茶苦茶じゃん」
こんなの、勝って良い筈がない。
相手は相当上位の身分な上、エターニアの婚約者。
だとすればいくら学園の行事とはいえ、恥をかかせて良い相手には思えないのだが。
つまり何? 私達は次の試合で絶対に負けなければいけない事態に陥ったのか?
暗殺者とかいうふざけた存在を乗り切ったのに、今度は身分制度の闇に呑まれる。
勘弁してくれ、なんでこういつも悪い事ばかり起こるのか。
「全力で、叩き潰して下さいませ。むしろそれ以外に、私の道はありません」
エターニアが、急におかしな事を言い始めた。
いや、だからね?
そんな存在を叩き潰してしまうと、今後私達皆の人生に響く訳ですよ。
学園内では良いとしても、その後が問題な訳ですよ。
なんて事を思いながら、ハハハッと乾いた笑いを溢していれば。
「私が彼に出した婚約条件は、此方より強くある事。家の方が物凄く重圧を掛けて来たので婚約を承諾しましたが、それだけは条件を出しましたわ」
「あぁ~つまり? 今回の試合に勝てばエターニアは婚約破棄出来る条件が揃う、みたいな? なんか納得して無いみたいな言い方だし、何よりアンタはソイツと結婚したくないって事で良いのね?」
正直、平民からすれば喉から手が出る程羨ましい話なのだろうが。
身分が雲の上であり、結婚してしまえば身の安全も家族の安全も保障される。
更に言えば、今後お金に困らないという条件に他ならない。
しかしながら、エターニアの事を知ってからは。
彼女がそんな物を求めていないのは一目瞭然なのだ。
だからこそそんな攻撃的な条件の元、婚約を結んだのだろう。
「お願いしますわ、ミリア。今回だけは、本気で挑んで下さいまし」
「常に本気だっての! 今まで私達が余裕で勝ちを拾った事なんて数える程でしょうが!」
思わず叫び返してしまったが、非常に不味い。
裕福な家庭であると言う事は、その分教育が行き届いていると言う事。
礼儀作法なんかだったらどうでも良いが、高位の魔術教師を雇っていてもおかしくない。
更に言うなら、公爵なんてふざけた地位に居る相手だ。
幼い頃から、様々な技術を習っていても不思議ではないのだ。
つまり、頭の出来という意味で圧倒的に不利。
「相手の不得意な部分とか、逆に得意な魔術とか知ってる訳?」
呆れたため息を溢しながらエターニアに問いかけてみれば、彼女は視線を逸らし。
ガウルさえも気まずそうな顔で俯いてしまった。
おっとぉ……何か不味そうな雰囲気出てるぞ。
「相手が得意とするのは、中距離から近距離に関しての近接魔術。光の刃を作り出し、前衛をねじ伏せる事が得意とされていますわ。しかしながら……遠距離でも私と同等の魔術が繰り出せる。つまり……手加減しながら相手を叩き潰しても、それ程の実力という訳ですわ」
「なんでそんな化け物と婚約を結んじゃったかなぁ!?」
「仕方ないではありませんか! 実家の権力と相手を比べれば、私が我儘通す訳にもいかなかったのですわ! だから特殊な条件を出しましたが、相手のお誘いを全て無下にすれば、私だけではなく一家そのものに影響するのですよ!? むしろこんな条件を飲んだ上に、それだけの自信がある戦闘狂という事ですわ!」
「うわぁぁぁ! めんどくせぇぇぇ」
もはや頭を掻きむしりながら、テーブルに突っ伏してしまった。
コレ本当にどうしよう。
負けてやるのが一番手っ取り早いが、その場合エターニアは結婚。
しかも私達には、修理費諸々がダッグスさんから請求されるのだ。
つまり、負ければ破産。
しかし勝った所で……学園を卒業した後に何をされるか分かった物ではない。
立場を利用しての嫌がらせ、関係各所に対しての迷惑行為などなど。
貴族のイメージってそんな感じなので、実際にどうというのは分からないが。
もっというなら近距離術師って。
それだけでも強さの証明じゃないか。
詠唱が短い、術の行使が速い。
術師なのに単騎でも闘えると言っている様なモノだ。
「勘弁してよ……まだアリスだって帰って来てないのに……」
「悪い条件ばかりが揃ってしまっているのは分かっています。ソレを招いてしまったのも私、ごめんなさいミリア……」
非常に申し訳なさそうに頭を下げるエターニアに、難しい顔を浮かべているガウル。
あーくそ、最悪。
希望的な想像をするなら、相手がそこまで性格悪くない人で、勝ってもお咎めなしってのが最高。
でも実際問題、そういうトラブルが発生した場合はどうなるんだろう?
此方の実家は遠いし、領地には他の権力者も関わっているから直接的に手を出し辛いかもしれない。
今後相手の視界に入らない様にさえすれば、何とかなるのか?
アリスの実家で言うなら、何か個人で事業をしている訳でもないみたいだし。
何より魔女の一家だ。
権力者が何を言った所でねじ伏せられる実力は持っている様に思える。
だとすればあまり難しく考えず、叩き潰してしまって大丈夫なのだろうか?
戦果を残せれば、エターニアも婚約破棄まで持って行く事も可能。
この場合一番影響が出そうなのがガウルになってくるのだが、「今回は手を出すな」なんて言った所で聞く耳は持たないだろう。
というかそもそも、そんなに上手く事が運ぶかって話になるのだが。
いや、うん。
全然分かんない上に、こんなの都合の良い想像でしかない気がして来た。
「とにかく、勝たないとエターニアはその人と結婚する事になる訳だ。一応聞くけど、チームとしての勝利で問題ない訳?」
「問題ありませんわ。幸い相手はリーダーを務めていますし、此方が勝利すれば己の指揮能力が足りなかったという事になります。欲を言うなら、“圧勝”が望ましいですわ」
圧勝とは……言ってくれる。
対戦表に改めて視線を落としてみれば、もはや溜息しか出ない。
相手の人数、こっちの三倍だ。
この時点で既に厳しいのに、圧勝って。
更には先程も考えたように、貴族同士のトラブルが発生する可能性があるのだ。
エターニアは当人同士の問題だから良いのかもしれないが、ガウルに関しては不味いかもしれない。
勝てば後のトラブルの原因になりかねないし、負ければエターニアに御祝儀を渡す羽目になる上に、武器の件で借金地獄。
これまでの実績を見ても、私達のパーティは余裕がある訳ではない。
特に上級生相手となると、どうしても経験の差が有り過ぎる。
実力差がかけ離れていた場合、此方の得意分野を振り回すだけでは相手にもならないだろう。
それこそ本来は、上級生に“胸を借りる”という意味でこういう試合が発生する訳だし。
だからこそ可能性があるのは、意表を突く事。
正当方では、多分実力と人数によって押し負ける。
「厳しいわね。私達と比べて、先輩達は場数を踏んでいる。私達に都合の良い状況で勝てる相手じゃ無いわ。そもそも勝てるかさえ怪しい」
「ミリア! 諦めるのですか!?」
「アンタのお家事情は色々あるのかもしれないけど、そればっかり意識してたら普通にすら戦えないって言ってんの。もちろん負けるつもりは無いけど、負けたら金銭的にヤバイし」
そうは言うモノの、どうしたら良いのやら。
どうせ御貴族様の都合なのだ、私には関係ない。
なんてスッパリ切り捨てられるなら良かったのだが。
彼女だって今は私のパーティメンバー。
つまりその要望を聞く義務もあるし、叶える努力はするべきだ。
ソレが、リーダーの務めなのだから。
「でも、そう言った物を含めても。仲間には本当に甘い奴も居るのよね……アリス、おかえり。行けそう? 相手は私達より数段上の術師。それを相手に、アンタはどれくらいやれる自信がある?」
「ただいま~復活したよー!」
今でも病室に籠っていると思っていたソイツが、姿を見せたのだ。
エターニアの後ろで、呑気に手なんか振ったりして。
「もう大丈夫なの?」
「平気平気! そんでもって、私達なら何とかなるって! “普通”の真正面からの試合だったら、私は何人でも相手にするよ。それに皆が居るなら、絶対やれるよ! それ以外だった場合は……いつもより頑張る!」
にへへっと緩い笑みを浮かべる彼女は、エターニアの腰にくっ付いた。
つまり、いつも通りって事か。
本当に単純思考だし、今回はソレが通用するかも分からないのだが。
「とはいっても、実際負ける訳にはいかないのよねぇ……相手は上級生だし、こっちより人数も多いし。何より情報が少なすぎてどうしたら良いのかも分かんないし。昨日までの他の試合とかは見た?」
「後方術師からの攻撃を連続で使用。リーダーであるアルバンと、前衛組は動いてすらいませんわ」
「つまり他の面々も強力って訳ね。一戦目と似た様な状況ではあるけど、戦力的には桁違いと思った方が良いって事か」
やれやれと首を振りながら、改めて試合相手の名簿を眺めてみれば。
多いなぁ……十二人。
学園内で許された最大人数まで突っ込んで来るか。
では何故私達が未だに四人なのかと言えば、友達が少ないから!
という冗談はさておき、学生程度の指揮官などたかが知れている。
見栄を張って人数ばかり増やしても、制御しきれなくなってしまう。
だからこそ、多くても八名程度のパーティが多い。
それ以上にした所でしっかり仲間を扱えていないと、実戦形式の試験などで減点対象になるのだ。
しかし相手は最大まで集めた十二名のパーティ。
つまりその人数全てに対し、正確に指示を出す能力を持っていると言う事に他ならない。
やっぱり今回の相手は、頭の出来が違うと思って挑んだ方が良さそうだ。
「アリス、ローズさんから色々言われているんだろうけど……今回は間違いなくブラックローダーを使って貰うわ」
「理由を、聞いても良い?」
前回と違って、彼女の表情に迷いはない。
殺し殺されの戦闘になる、とは想像していないのだろう。
しかしながら、大正解だ。
「相手は相当立場のある人間、人死にが出た所で問題はないかも知れないけど“気にはする”。立場のある人間ってのはイメージも大事みたいだからね。だからこそ、最後までの潰し合いにはならないと予想した上で……」
ピッとアリスに指を向けてから、彼女が迷わなくて済む言葉を選んだ。
「今回アンタが相手するのは、相手の“魔術”。ブラックローダーなら、それが出来るでしょ? 私やエターニアの魔術を、あの剣はぶった切った。今回はソレを最大限活用する。残りは……私達でどうにかするわ」
「ミリア、俺は……」
「アリスが対処しきれなかった攻撃への対処。今回は本気で防御のみ、そっちに集中して。何か悪印象が残った時に、立場上一番問題が発生するのはガウルよ。多分」
そんな訳で、粗削りではあるものの行動方針は決まった。
かなりアリス任せというか、完全頼り切りになってしまうが。
そんでもってアリスが活躍できた場合は、相手の性格が悪くない事を祈ろう。
性悪だったら、平民程度簡単に叩き潰されてしまうので。
「頼りにしてるわよ、アリス」
「まっかせとけ!」
小さい相棒は、小さい胸をドンと叩くのであった。
全く、怪我して戻って来たばっかりだというのに。
そんな奴に頼る私も私で、リーダー失格も良い所だが。
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