第45話 昔話


 ゆらゆらと揺れる意識の中。

 瞼を開いてみればボンヤリと映る誰かが、私の頭に手を乗せていた。


「……お婆ちゃん?」


 それ以外には、無いだろう。

 だって間違いなく治癒魔法を施されているのだから。

 私は魔素中毒者、他者からの魔力を受け取れば身体が拒否してしまう存在。

 だというのに、今掛けられている魔術は非常に暖かくて心地良いと感じているのだ。

 これ程までに“私に合った”魔法を行使してくれるのは、祖母しかいない。

 そう思ったのだが。


「誰が貴様の祖母なものか。あんな奴と一緒にするな、馬鹿者め」


 ぼんやりとしていた視界が戻ってくれば、エルフ先生が此方を見下ろしながら顔を顰めていた。

 ありゃ?


「先生が……実はお婆ちゃんだった?」


「気持ち悪い事を言うな、猫娘。私はローズとは違う、あんな適当な術師と同類にするな」


 頭に置かれている手にミシリと力が入り、いだだぁっ! なんて変な声を上げながら身を起こしてみれば。

 おかしいな、物凄く調子が良い。

 確か記憶の最後では、相手の攻撃を貰って物凄く痛いし、気分が悪くなったと言うのに。

 思わず自らの身体をペタペタ触り、状態を確かめていれば。


「ローズに魔導回路の基礎を教えたのは私だからな。ちゃんと理解していた様で安心した……アイツは昔から適当に魔術を使う癖がある。才能の弊害とも言えるな」


「エルフ先生が……お婆ちゃんの師匠、って事?」


「私が教えたのは魔導回路に関してのみだ、それ以外は……勝手に成長していった。アイツは直感で魔法を使っても上手く行く、訳の分からん奴だからな」


 頭から手を放した先生がチッと忌々し気に舌打ちを溢してから、ベッド脇の椅子へドカッと音がする程の勢いで腰を下ろした。

 この人にしては珍しいと言うか、分かりやすく感情を表に出しているみたいだ。


「え、えっと……あぁ! そうだ! 試合!」


「貴様等の勝利だ。お前が倒れた後、仲間達が圧勝した。魔女の孫だからと言って、あまり自分を特別視しない事だ。貴様の仲間たちは、十分に強い。お前が居なくても、今回の相手くらい余裕で倒してしまうくらいにな」


 その言葉を聞いて、ホッと胸を撫でおろした。

 そうか、勝ったのか。

 なら、安心だ。

 中途半端な所で意識を失っちゃったから、もしもの事があったらどうしようかと思っていたのだが。

 周りのベッドには皆も居ないし、先生の言葉もある以上皆無事なのだろう。


「先生は、何でここに?」


「貴様が怪我をしたからだ。自分が受け持つ生徒な上に、お前は魔素中毒者。他の者に治療を任せて、間違いでも起こされたら困るからな」


 フンッと鼻を鳴らしながら、つまらなそうにそう呟く先生であったが。

 今回の怪我を最初から最後まで治療してくれたのが、間違いなくこの人だと言う事なのだろう。

 正直、助かった。

 だって“貫通魔法”を受けた時とか、背中からメリメリメリって凄い音がしたし。

 骨とかやっちゃってたら、それこそ数ヶ月……背骨をやられていたら一生動けない可能性だってあったのだ。

 でも、今こうして動けている。


「お前の外套、アレもダッグスが作ったものか? 随分とまぁ、頑丈なモノだ」


「えと、はい……ダッグスのおっちゃんに作って貰いました」


 彼の事も知っているとなると、本当にエルフ先生って何者なんだろう?

 そんな疑問が浮かび上がって来る訳だが。

 生憎と私には推測する力は無く、直接言葉にするしか術が残らなかったので。


「先生って、実は凄い人? というか、お婆ちゃん達の現役時代を知っている感じなんですか?」


 何て事を口にした瞬間、エルフ先生の目尻は物凄い勢いで吊り上がった。

 それはもう、鬼かって程に怖い顔を浮かべている。

 こ、これは聞き方を間違えたかなぁ……とか思って、若干視線を逸らしていると。


「先程も言ったが、魔女に魔導回路の基本知識を与えたのが私だ。そしてあの無駄遣いばかりする馬鹿……ダッグスに特殊な陣を道具に掘る事を提案したのも、残念な事に私だ。今では“ロイヤルブラックスミス”と“百戦錬磨の魔女”だったか? 随分と偉くなったものだ。フンッ、俺から言わせればどちらも悪い癖が抜けていない馬鹿共だが。ガキめ」


「先生……今いくつですか? それから、エルフってそんなに長生きするものなんですか?」


 さっきから基準がおかしい。

 魔女であるお婆ちゃんや、ドワーフのおっちゃんですらガキ呼ばわりって。

 思わず頬を引きつらせながらそんな質問をしてみると、彼はふむと悩んだ様な表情を浮かべてから。


「六百を超えて少し……だとは思うが。とはいえ、千は超えていない。あまり老人扱いしてくれるな」


 千は超えていないって。

 それはエルフの中ではジョークだったり、見栄を張る所なのだろうか?

 でも、いやぁ? 六百って。

 しかもソレを超えて“少し”っていうのも、エルフの感覚だと普通に人の一生分の時間を超えている気がしないでもないが。


「な、長生きですね……」


「ハイエルフだからな、しかし最初の数百年は里で無駄に過ごした記憶しかない。現世に関わり、他に興味を持ち始めたのなど最近の事だ」


「そ、ソウデスカー」


 なんかもう規模が凄すぎて話に付いて行けなくなり、冷や汗を流しながら視線を逸らしてみた訳だが。


「だからこそ、お前の様な“魔素中毒者”には驚かされたものだ。まるで生命を掛けてまで世界に抗っている様で、この世界に馴染む筈の無い個体に生まれながら抗ってみせる。その一生は非常に短いながらも、特殊な何かを持っている事が多い」


 彼の言葉に、思わず乾いた笑い声が響いた。

 だって、そんな大したモノじゃないんだ。

 私達は、抗ってなどいない。

 “足りない”からこそ、苦しんでいるだけなのだ。


「買いかぶり過ぎだよ、先生。私達は普通の人にはあるものが無いから、苦しんでいるだけ」


「そうかもしれないな。だがしかし、才能が特出しているのは確かだ。魔導回路の話をすれば、本来必要なソレが無いが故に新しい図面を描ける。そう言ってもおかしくない者達が度々確認されている。それらは、歴史に名を残す程の成果を上げているのだからな」


 そうじゃないのだ。

 魔素中毒者にとっては、今生きている時間こそ貴重であり、“特別”なのだ。

 誰かから評価して欲しい訳じゃない、特別に見られたい訳じゃない。

 本当なら、“普通”として見て欲しい。

 でも、ソレが叶わないから。

 私達は、病人という扱いを受けている。

 ソレを利用する中毒者も居ると言う話を聞いた事もあるけど。

 自らが魔素中毒者だとあえて公言し、周囲の注目を集める者達が居るのも確かだ。

 だけど、私は。

 本当にこの症状に悩んでいる者達は。

 自らの寿命が短いと分かっているからこそ、生まれつき他の人とは違う何かを背負っているからこそ。

 “普通に”生きたいのだ。

 特別扱いされる訳ではなく、皆と同じ様に。

 学園に通って、友達を作って。

 笑って、勉強して、たまに愚痴を溢したりなんかして。

 そういう“普通”の生活が送りたいから、私みたいなのはこういう場所に憧れるのだ。


「魔素中毒者が、普通の生徒になるって……やっぱり難しいですかね」


 今回だって皆に迷惑を掛けたし、怪我をしてしまえばこうして特別扱いを受ける。

 これは“普通じゃない”からこその処置であり、他の生徒だったら先生もここまではしないだろう。

 そんな事を思いながらグッと奥歯を噛みしめてみれば。


「お前は自分が特別だとでも思っているのか? 調子に乗るな、勘違いするな猫娘。貴様だから私が助けたのではない、貴様が私の受け持つクラスの一員だからこそ、私はこの場へ足を運んだ。ただそれだけだ」


 そんな事を言いながら、先生は私の事を睨んで来た。

 えっと? えぇと?


「例えばミリアだ、アイツが大怪我をしてこの部屋に運ばれたとしよう。間違いなく私はすぐにこの部屋へと足を運んだ事だろう。ハッキリ言って、この学園の治癒術師より私の方が有能だからな。だが、他のクラスの生徒なら知らん。私の管轄外だ」


 フンッと鼻を鳴らしながら顔背ける先生だったが、いつもより……何と言うか、人間味が感じられたと言うか。


「先生ってもしかして、結構子供好きですか? だから物凄い存在なのに、教師をしてるとか……」


「別に好きではない。しかし、これでも立場がある身の上だからな。それなりの席は用意される、それは間違いない。だがしかし……想像してみろ。俺よりも見た目が老けている若造が、偉そうに自らの魔術論文を口にする挙句、いくら教えても理解しようとしないと来た。だったら、お前等の様な若い連中に教えた方が吸収も速いし、素直だ。尚且つグダグダと持論を述べる事もない。どっちが楽だと思う?」


「歳を取ると、楽してお金を稼ぐようになるって本当だったんだ……お婆ちゃんが言ってました」


「失礼な奴だな。私は楽などしていない、仕事は山の様にある。だがまぁ老け顔の若造を相手にするより、お前達の方が可愛げがあると思っただけだ」


 とんでもない意見を放ちながら、エルフ先生は再び私に治癒魔法を掛けてくれるのであった。

 なんかもう、何て言うか。

 昔の魔法使いって、こういう人ばっかりなのかな。

 凄い術師に関しては、こういった気分屋しか見たことが無い気がする。

 ウチのお婆ちゃんも、まさにこれだし。


「そんな理由で、学園の教師してたんですね……」


「そういう席を蹴ったという意味では、貴様の祖母の方が酷いぞ? あまりにも理解しようとしない相手にブチ切れた挙句。“禿げるくらい悩んでも理解出来ないのなら才能がない、諦めろ。育毛の魔術でも開発したらどうか”と国のお偉いさんに盾突いたくらいだ。アイツに比べれば、ずっとマシだ」


「スゥゥ……普通打ち首じゃんそんなの」


「首を刎ねた所で分体では意味がないと、いい加減国が理解したのだろうな」


「お婆ちゃんが実力で分からせにいっちゃってた……」


「最初は、いちいち追われるのが面倒で森の中に引き籠ったという話だったな」


 何かもう聞けば聞く程此方がダメージを負う羽目になるのだが。

 お婆ちゃん、昔はヤンチャだったんだね。

 そんな感想を抱きつつ、先生の治療を受け続けるのであった。

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